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第8話 敵でも助ける気の弱さ

 イライザは嫌いだけれども、生命を落としたり大怪我をしたりして良いとまでは思わない。


「彼女、生きて……いるわよね? フェニックス」


 制服のベルトをゆるめようとしているところへ、リュックと先生がホウキに乗って爆速で駆けつけた。


「おお、これはなんという……」


 先生は横たわるイライザのまぶたを開けたり脈をとったりしているようだ。


「すぐに保健室に。看護師に診てもらわなければ」


 先生はグッタリしたイライザを抱え上げた。


「事情を説明できるのは君と僕だけだ。一緒に行こう」


 リュックが強い口調で私をうながした。


「……ひゃい」


 私は自分のホウキ、フェニックスに腰掛けた。


 この間はイライザに使役魔法をかけられて動けなくなってしまったけれど、今日は大丈夫そう。

 自分で飛んできてくれたぐらいだし。


「上空にイライザのホウキがある。僕が回収して行くよ」


 見上げると主を失ったホウキの姿。


「リュック君、頼んだよ。さあ、保健室へ」


 私はムチを制服のベルトに差して、グッタリしたイライザを抱えた飛翔学の先生の後を追った。


 すぐ後ろを、リュックが飛んでいる。


 今、感じているのは彼の視線?

 優しく大きな存在が私を見守っている。


「リュック?」


 声をかけると視線は消えてしまった。


 天体観測ドーム横の独立した棟が保健室だ。

 イライザを抱えた飛翔学の先生を先頭に皆が走り込む。


 イライザは、すぐ、一番奥のベッドに寝かされ、他三人はカーテンの外に追い出された。




 生徒の安否に関わることなので、校長先生まで様子を見に保健室にいらっしゃった。


「……いささか軽率でしたな。魔導具の繊細さは皆が知っておくべきことじゃった。場末の馬車の駄馬でもあるまいに、ムチを入れるとは」

「……はい」


 飛翔学の先生は平謝りだ。


「……校長先生、イライザのホウキ、真っ直ぐ飛べないようです」

「貴重なホウキにも傷を付けて」

「申し訳ない……」


 飛翔学の先生は小さくなるばかりだ。


「なに、わしに預けなさい。晴れた夜に星座を見せて、進むべき道を思い出させてやろう」


 丸っこい手が、ホウキを受け取る。


「先生、フェニックスのときは、私に満月の下で話しかけるようにおっしゃいましたが……」


 どこが違っているんだろう?


「フェニックスとは君のお母さんのときからの付き合いじゃ。持ち主の君の祈りが一番効くはずじゃと思うての。まさか、あんな騒ぎになるとは思わなんだが」


 ブルッと思わず私は震えた。ダリオンと名乗った魔族とのやり取りを思い出したからだ。

 彼は私にトドメを刺さずに魔力抑制で昏倒こんとうさせただけで去って行った。なぜ?


 イライザの目が覚めたとき一人きりでは嫌だろうとリュックが言うので、私と校長先生も保健室に残ることにした。


 もちろん、大事なホウキにこんなことをしたというのを、実物を突きつけてやりたいという気持ちもあった。

 ただ、それが私にできるかどうか……。


「オーリィ、良くやったよ」


 リュックが私の肩に腕を回したので、私はビックリした。


「イライザがこれだけで済んだのは君のおかげだ。間違いない」

「……ひゃい。フェニックスも手伝ってくれましたわ」


 風魔法でイライザを受け止めるために全力を使ったので、私の手足はこわばってしまっている。

 メイドのアビゲイルは気付くかしら。


 初夏の長い昼間もだんだん終わりに近付き、太陽が西に傾く頃。


「君はもう帰ったほうが良い」


 リュックの言葉に時計を見る。


 住民に不満が広まっている今、一人で歩いて帰るのもフェニックスで帰るのも怖い。


「あと五分待って目覚めなければ、馬車を呼びます」

「リュック、オーリィを送って行きなさい。イライザは私が診る」


 と、校長先生。


「はい。オーリィ、昔はよく夕市まで君が送ってくれたっけ」


 甘酸っぱい思い出が蘇る。


 その時。


「娘よ!」


 イライザの両親、デュポン夫妻が駆けつけてきた。


 「大事に寮に入れて預かってもらっていると信じていたのに、怪我ですと!」


 何隻も帆船を持って手広く商売をしている裕福な一家で、身なりは下手な貴族より立派。

 娘を魔法学校にやったりしても商売上は一文の得にもならないはずなのだけれど、魔法を使える子どもがいるというのは世間では自慢の種らしいから……。


「看護師さん、娘は……」

「ホウキから転落したショックで気を失っているだけです。魔素も集められないから、しばらく安静に」

「そんな……卒業式まで一月だというのに……治癒魔法ですぐ治らないんですか?」

「この場合、自然に目覚めるのを待ったほうが予後が良いのです。成長期ですし」


 保健室の看護師にたしなめられる。


 イライザの母親が、顔を上げてキッとあたりを見回した。


「どのホウキなんですか? 大事な娘を振り落としたのは!」


 視線がリュックの持つホウキに集中する。


「このホウキなの? 貸しなさい、二つに折って燃してやるわ!」


 リュックは反論する。


「このホウキにムチを当てて狂奔させたのはイライザの方です」

「ま! 被害者のイライザが悪いような言い方」

「許可したのは自分です。判断が甘かった」


 飛翔学の先生はペコリと頭を下げた。

 母親は調子づく。


「誠意を見せてもらえるんでしょうね?」

「……それは、金銭的にということかね?」

「もちろんそれもありますし……」


 ここでイライザの父親、デュポン氏が私に気付いた。


「モランジュ伯爵のお嬢様!」

「……」

「これは娘が失礼をいたしました。伯爵令嬢の前でホウキにムチを入れるなどもってのほか。娘には良く言って聞かせます」

「あ、いいえ……」


 私が言葉を選んでいるうちに、デュポン氏は妻の頭をぎゅうぎゅう押さえて下げさせた。


「……あなた、何を……」

「おびを言いなさい。こちらはモランジュ伯爵のご令嬢だ」

「ひい。元帥様の……」


 やめてください。

 魔法学校の中は平等なんです。

 外の身分制を持ち込まないで……。


 どう言おうかとまた言葉を選んでいるうちに、


「お止めなさい。魔法諸学の前では皆平等。等しく学ぶことができるのがこの学校です」


 と、校長先生がピシリとおっしゃった。


「けれどもうちの娘が……」

「高位の者にへつらう人間は、下の身分の人間を見下します。それは学校が嫌ういさかいの元」

「は、はい」


 校長先生はなおも言葉を続ける。


「転落したイライザを風魔法で受け止めてくれたのはこのオーリィですぞ。彼女が居なければもっとひどいことになっていたでしょう」


 いいえ、リュックの判断とフェニックスの助けがあったから。私の力じゃない。


「……はい」

「この機会に言っておきましょう。イライザは寮の女生徒をかたらって弱い者いじめをする傾向があります」

「……まさか」


 校長先生はヒゲをなでた。


「本人には担任から指導してきたようですが、今日、邪眼を使おうとしたという報告が上がりました。重大な校則違反ですぞ。罰として退寮……あと一月ということを考慮して退学にはしませんが」


 デュポン夫妻は口を開けて立ちすくんでいる。


 私は黙って聞いていた。

 どうしてこれまでもっと強く指導してくれなかったの? 淑女たれと言うならどうしてイライザの傲慢ごうまんを許してきたの?


「イライザの成績は悪くないのですが、さらに上の者をねたむ気持ちがあるのですかね」

「申し訳ありません」


 校長先生は、私がいじめの被害者だということを伏せるおつもりらしい。

 イライザのことだから、校長先生から叱られたり、退寮をほのめかされたりした原因が私だとハッキリしたら、ヤケになっていじめをエスカレートさせるかもしれない。


「う、うーん」

「イライザ!」


 デュポン夫妻がベッドに駆け寄った。


「お父さん、お母さん……どうしてここに……ここはどこ?」

「学校から会社に連絡のワシミミズクが来てな……」


 不思議なことに、弱々しい彼女の声を聞いたら、憎む気持ちが薄れていった。

 リュックが私をつついた。

 校長先生もうなずいていらっしゃる。


 ここは家族だけにして、帰れということね。


「屋敷まで送るよ」

「……すみません」


 そんなありふれた言葉でしか感謝を示せない自分が悔しくて。


 私たちはそれぞれのホウキを引きずって夕焼けの教室にいったん戻り、カバンを持って唐草模様の校門を出た。


 約束通りに、リュックに送ってもらえて、私は心が踊った。

 一日の終りはきっと楽しくなるわ。






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