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第11話 弟子入りの条件

 翌日も馬車で登下校した。


「過保護なんだから、もう」


 と言いながらも、この間の暴動騒ぎのような目には会いたくないので、おとなしく馬車に揺られている。

 今日も王都防衛軍が辻󠄀ごとに立って周囲を警戒しているし、王都を囲む壁の上に立つ人数も増えた。


「お嬢様はモランジュ伯爵にとって一人きりの女性のお子様でいらっしゃいます。それに」


 コホン、と執事は咳払いをした。


「長く仕えている者は承知しておりますが、お嬢様は亡き伯爵夫人に生き写し。何かあってはご家族の皆様だけでなく、私どもも生きる気力を失ってしまいます」


 ここまで言われてしまうと、反論できない。

 飛ばせてもらえないフェニックスがガタガタ揺れて不満を示しているのでなでてなだめる。


「……あらまあ!」


 教室の前に、イライザと赤毛の女の子が水の入ったバケツを下げて並んで立っていた。

 ひどく叱られたのか、二人とも今にも泣きそうな顔に見える。


 皆普段の彼女らを知っているので、からかったりせず、目をそらして教室に入った。


「どうしたの? あの二人!」


 思わず、クラスメートに聞く。


「あれね、いい気味でしょう? これまでクラスを仕切っていたイライザが、罰を受けてるの」


 クラスメートはクスクス笑う。


「何があったの?」

「昨日見せてもらった魔族の映像、少しだけだったじゃない。他のも見たくて二人で準備室に忍び込んだらしいわ」


 なんてことを。


「これから対戦する魔物を見てみたいなんて、討伐部隊に選ばれる気満々で笑っちゃうわ」


 私もうなずく。クラスメートは遠慮なく言葉を続けた。


「なんたって、身分を超えてアンリ王子殿下とお近付きになるチャンスですもの。あのイライザが放っておくはずないわ」


 今年初めて行われる紅白戦はアンリ王子ご臨席の一大イベント。成績優秀者は、先日の魔族の奇襲に対抗して今回結成される魔王討伐部隊にスカウトされる。


 命がけで魔族と戦ってまで王子様の目にとまりたいのかしら?

 魔王討伐部隊のメンバーを選ぶ紅白戦の詳細なルールさえ発表されていないのに。怪我人必至の実戦形式だというから、私は遠慮したい。


「で、イライザたち見たの? 魔族の、あれ」


 私は怖気おぞけを振るうような魔族の映像を思い出しながら訪ねた。


「無理に決まってるじゃん! あの箱が先生の机の上にあるのを見つけたけれど、イライザの魔法じゃ操作できなくって、まごまごしてるところを取り押さえられたんですって!」

「……まあ」

「あれってエクトールとかいう人の私物でしょ? 魔族生態学の先生が借り物なのにって真っ赤になって怒って、あの結果」


 エクトールって人、とっても怖い人に違いないわ。二十年前のパーティの生き残りって言うだけで、なんだか頑固そうなおじさんの雰囲気があるし。


 一時限目は地理学。

 イライザと赤毛の子はまだ許してもらえず、廊下に立っている。


 先生が黒板に掲げた地図は見慣れたプトレマイオスの世界地図。


「プトレマイオスはこの世界地図以外にも様々な影響を後世に残していますが、このように、世界を緯度と経度で表現したのは彼の大きな業績です」


 そう、大海を超えて航海できるのもこの技術のおかげ。


「今回組織される魔王討伐部隊も、二十年前のパーティが残した足跡をたどりながら北へ遠征することになるでしょう」


 先生は扇形のフレームに細々した部品のついた、手のひらより二まわり大きい金属製の道具を、木箱から取り出した。


「これは六分儀ろくぶんぎです。これで天体の高さを測り、緯度を出しながら北へ進みます。星の光を操作する魔法を魔族が使っても、それを打ち消して、正しい位置に補正できる最新型です」


 イライザが居たら、航海の方法について何か言いそうだけど今彼女は、廊下に立っている。平和だわ。


 地理学が終わって、やっとイライザたちはゆるしてもらえたけど、次の法律学でも痛い目を見ることになった。


「魔導具の扱いは法律で取り締まられています。他人の魔導具に許可なく触ること、魔導具に過分な負荷を与えること、いずれも禁止です。最近、これを破った生徒がいると報告を聞きましたが、悲しむべきことです」


 小柄な法律学の先生は、心から悲しそうな声で、イライザたちのやらかしをとがめる。

 普段声を荒げるようなことは決して無い慈母のような先生に言われて、赤毛の子はしょげているけれど、イライザは黙って教科書をにらんでいる。


「イライザ、あなたがホウキにムチを当てていたと聞いて、私は悲しいのです」


 名指しされてイライザは横を向いた。


「……いずれ分かるでしょう。さて、今日は、法と倫理について学びます……」


 私は上の空だった。

 いけないと思っても、進路の問題が頭から離れない。


 そうだ、お昼休憩になったら、エリゼ先生に弟子入りの許可を貰おう。お父様の許可はもらってあるし。

 先生は準備室にいらっしゃるわね。


 私は授業が終わるとすぐにサンドイッチをポケットに押し込み、魔法史の準備室のドアを叩いた。


「どうぞ」


 エリゼ先生の声。


「失礼します」

「いらっしゃい、オーリィ」


 エリゼ先生は読んでいた本から顔を上げた。


 魔法史の準備室は壁いっぱいに本が並んでいる。貴重な写本から、最近流行りの活版印刷の安い本まで。


「何のご用?」

「あの、先生、私は卒業後も魔法学校に残りたいと思っています。先生のように魔法史を勉強して、ミリエル・デュランの理想とするような……敵、つまり魔族との融和の道を探りたいのです」


 うまく言えた。ここへ来るまでに何十回も練習したとおりに。


 エリゼ先生は、即答せずに、メガネの奥からじっと私を見た。

 ……何かまずいことを言ったかしら? いえ、そんなことはないはずだわ。


 先生は静かに切り出した。


「そう。それで魔法史のどこを学びたいの?」

「えっと、あの、人と魔族が、その、別れたのは何故か……」


 練習していなかった答えはしどろもどろになってしまった。


「魔法史。確かに静かに本を読んだり、資料を検討しているようなイメージがありますね」

「はい、だから、私に合うかなと思って……」


 エリゼ先生のメガネがキラッと光った。


「でも、あなたも私の過去を知っているでしょう?」

「はい。火炎魔法で火トカゲを倒した強い人……」

「ちょっと補足が要りそうね」


 私は昨日見たばかりの映像から、あわてて付け足した。


「二十年前の魔族討伐パーティの一人……」

「そう。あなたが今イメージしているのとは真逆の、最強の魔法使いとしての道を歩んで来たのよ」


 先生は戦ってきて、その知恵を元に魔法史を研究している。これは私には埋められないみぞだわ。


「オーリィ、あなたの成績が優れているのは認めます。でも私は、教室の中だけで成績の良い者を弟子にしたいとは思いません」


 厳しい言葉に私は戸惑とまどう。


「では、どうすれば……」

「今度の紅白戦、知ってますね」

「ひゃい」

「出場しなさい」


 ポカン。あまりな条件に思わず口が開いた。


「……先生」

「そこで良い成績をあげれば考えます」


 これまで弟子を取ったことが無いという噂は本当だったんだ。

 こんな厳しい条件を出されるなんて。


「先生、でも、紅白戦の成績によっては、魔王討伐部隊に参加するんですよね?」

「そうなるかも知れないわね。でもオーリィ、あなたはあの満月の夜、その魔王と遭遇しながら生き残った……私が火トカゲを倒したときと同じものを感じるの」

「あ、あれは……」


 魔王に名前を明かした件は誰にも話していない。


「気弱と呼ばれるあなたの中に、誰にも負けない強さがあると、私は信じています」


 いいえ! 買いかぶりです、先生。

 魔王と出会った夜は思い出しても震えが来るの。もうあんな経験はコリゴリだから、私はただ静かに勉強したくて……。


 エリゼ先生は私が答えを出すのを待っているかのように沈黙を守っている。


「先生……」


 そのとき、控え目なノックの音がして、二人目の来客を告げた。


「オーリィ、良いわね?」

「ひゃ、はい」


 エリゼ先生は念を押すと、ドアを開けた。


「どちら様……まあ!」


 そこには意外な人が立っていた。

 あの反魔法の暴動を扇動した聖職者、エマニュエルだった。





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