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第14話 気弱克服特訓開始!

 翌朝のこと。馬の支度が済むとすぐ王都に戻るとエリゼ先生がおっしゃるので、私は驚いた。


「魔法学校のお仕事ですか?」

「いいえ」


 先生は厳しい目で私を見つめた。


「昨夜、魔族が出たでしょう? 私を、エリゼ・フローレルの『名前』を追って来た可能性があります」

「そんな……あの魔族自身が違うって言っていませんでした?」

「そうかも知れません。でも、伯爵家の皆様に、万一のことがあってはなりませんから」


 先生は、悔しそうに顔をゆがめた。


「火トカゲの眷属以外は安心だと思っていたのに……飛翔する魔族は厄介なのよ」


 先生、違うんです。

 あのコウモリは、きっと私を追って来たの。

 最初は私の名前を呼んでいたし。


「オーリィ、あなたの魔法力は素晴らしい。すぐにでも弟子に取りたいところです。でも、私が魔族に名を知られ、追われている身……」


 先生は唇を噛んだ。


「弟子も自分の身は自分で守れる程度の力が無いと……」


 だからこれまで弟子も取らなかったと。

 気弱な私には、魔法力は有ってもそれを支える精神力が無いと言うわけですね。


「強く成りなさいオーロール。紅白戦でその力を見せてもらいますよ」


 胸が痛む。

 嘘つき。

 でも、真実はのどにつっかえて言えないわ。


 あの魔族は、きっとオーロール・モランジュという私の名前を追って来たの。


「紅白戦、頑張ってみます」


 玄関で、先生はトランクをおろし、私たちと別れの抱擁ほうようをした。


「待っているわよ」


 先生は微笑んで貸し馬車に乗った。

 御者は居らず、先生自身が馬車を操作できるらしい。

 さすが先生。


「先生、道中でサンドイッチをお召し上がりください!」


 走ってきたウージーヌが、紙包みを差し出した。


「ありがとう、いただくわ」


 先生は包みを受け取ると手綱を引いて、馬車を道の方に向けた。


「……ハイッ!」


 掛け声に反応して、馬車は去っていく。

 私は、お城の敷地の中の道を馬車が小さくなって、植え込みに隠れてしまうまで見送った。


「ウージーヌ、私、自分の弱気を克服したいの。どうしたらいい?」


 彼女は首をかしげて考えた。


「そうですねえ。私は最近のお嬢様を存じ上げないので、正しいかどうかわからないのですが……」

「教えて!」

「そうですね、まずは口癖になっている『すみません、ごめんなさい』ではなくて『ありがとう』とおっしゃってみてください」

「それだけ?」


 私は、拍子抜けした。

 ウージーヌは微笑んだ。


「私めには普通に『ありがとう』とおっしゃいますけれども、魔法学校ではどうでしょう?」

「……う」


 確かに言えてない。

 イライザに「ありがとう」って言える?


「……言えないわ……」

「では、お嬢様、そこからですね」

「……ありがとう、ウージーヌ」

「はい、ちゃんと言えてますよ。お嬢様」


 その日のうちに、私のささやかな「特訓」はお城中に周知徹底されたらしい。

 執事代理が私にお兄様からの手紙を渡してくれた時、思わず「すみません」と口にしたら、


「お嬢様、おそれながら『ありがとう』とおっしゃってくださいませ」


 と、お辞儀をしながら言われてしまった。


「……すみません……」

「いえ、ですから『ありがとう』とお願いいたします」

「ひ、ひゃい、ありが、とう」

「その調子です。お嬢様」


 執事代理がにっこり笑うのを見て、私は少し肩が軽くなったような気がした。


「そう、これ」


 お兄様の手紙を開けた。

 王都の住所から転送されている。


「え、魔族って砲弾に弱いの?」


 魔族の一種、人食い鬼の集団を大砲の一斉砲撃で撃退したお話が生き生きと書かれており、この分なら間もなく人間側の圧勝と信じてしまう。


「お兄様には文才があるわ」


 もはや安全とは言い切れなくなった王都に住む、か弱い妹を心配して出してくれた手紙だから、誇張もあるだろう。砲弾が効かない相手だって居るかもしれない

 それでも読んでいるうちに、心が軽くなるのを感じた。


 父は魔法学校を次席じせきで卒業しているけれど、その才能は兄たちには受け継がれず、二人とも中途退学して軍人の道を歩んだ。


「私が首席と知ったら喜んでくれるかしら」


 でも、私は軍隊に入る気は無いし、魔族の弱点を解明しようともしていない。

 人が魔法をどう使いこなしてきたのかを研究する魔法史の道に進もうとしている。


「長い目で見れば、人の役に立つのは確かなのよ……」


 せっかくの首席が差し迫った戦争の役に立たないというのは、卒業式にいらっしゃる来賓らいひん方には、まどろっこしいに違いない。

 特にアンリ王子殿下……魔法学校は王立なので、五年かけて役に立たない首席卒業生を送り出すとあっては、面白く無いだろう。


「もしかして、私が首席を取っちゃいけなかったかも」


 魔導具の剣無しでもあれだけの成績を挙げたリュックとか。

 魔王討伐パーティに志願すると宣言しているし、首席卒業生が参戦するとなると、士気も高まるだろう。


「最終テストも無くなっちゃったし」


 ふううーっと、ため息をついて、私は兄の手紙を引き出しに入れた。




「お嬢様、頑張っていらっしゃいますね」


 アビゲイルが、紅茶の乗った盆を私の部屋に運んで、声をかけてくれた。


「ありがとう、アビゲイル」

「よくおできになって……さすがお嬢様」


 私は、水晶の振り子を見ながら、精神を集中する訓練をしていた。

 魔法の基礎になる精神力を高める練習は、私の弱気を克服する助けになってくれるに違いない。

 エリゼ先生はあまり当てにしていなかったけれど。


 私は首筋を揉んだ。

 長時間の集中でっている。

 喉も乾いていたので、お茶を一気に飲み干した。


「最近はフェニックスが淋しそうですね」

「……そう?」

「せっかくせせこましくない田舎にいらっしゃるんですから、たまにはホウキの遠乗りで気分転換してください。日中なら魔族の心配も無いでしょうし」


 チクリと胸が痛む。そして恐怖が蘇る。

 魔族は「名前を聞いても悪用しない」という誓いを破って、私を追っている。


 ダリオン……魔王かも知れない魔族。


「フェニックス、おいで」


 しばらく部屋の隅に置きっぱなしにされていたフェニックスは、ビュンと飛んできた。


「よしよし」


 滑らかなフェニックスの柄をなでる。


「フェニックスも乗り気ですし、お嬢様、どうぞ」


 アビゲイルが、窓を開けてくれた。


「ごめん……じゃない、ありがとう、アビゲイル」


 王都の邸宅と違って外にベランダのあるテラス窓なので、私はフェニックスを連れてベランダに出る。


「丘の上のクルミの木まで行ってくるわ」

「行ってらっしゃいませ」


 私はいつものようにフェニックスに横座りに乗ると、フワッと浮き上がった。


 手を振るアビゲイルが下に見える。


 ひとっ飛びでお城の外に出た。

 少し雲は多いけれど雨は降らないだろう。


 収穫後の麦畑が広がっている。


「お城のお嬢様! ようこそ!」


 畑仕事の手を休めて私に呼びかけてくれる人たち。

 父は、不在がちながら良き領主として愛されている。


 かさむ戦費の調達も、自分たちの生活をまず切り詰め、税を上げないように配慮している。

 お城のたくさんのメイドたちも戦争で夫を亡くしたり、身寄りの無くなった女性たちを雇用しているのだ。


 教会の尖塔をグルッと回って、イトスギの並木を越えると、大きなクルミの木が生えた丘がある。

 神をあがめる教会と魔法学校は、魔族という共通の敵を前に共闘を約束している。

 あのエマニュエルは今、どうしているだろう?


「ちょっと高度を上げて」


 フェニックスは滑らかに上昇する。

 この下はブドウの果樹園、そして、ずっと西側に、黄色くかすむ砂漠が見える。


「あの襲撃後、魔族はこの無人の砂漠を通って北上し、仲間と合流した……」


 砂漠を通って北上できるなら、南下もできる。

 そして、ちょっと寄り道をすれば、うちのお城だ。


 背中に冷たいものを感じた。

 魔族が私を襲うとしたら、領地やお城の人に迷惑がかかってしまう。

 朝ごはんも食べずに王都に帰ってしまったエリゼ先生の判断を思い出す。


 私はここに居てはいけない。

 魔法学校も防衛軍もいる王都のほうがずっとマシ。


「自分の名前を、魔族のダリオンに伝えてしまったと、今度こそ白状しよう。その方が良いわよね、お母様」


 ここは母とよく来た思い出の場所だ。 

 クルミの木に触れて、その生命力を感じると、私はまっすぐお城に引き返した。


「……お早いお帰りでしたね」


 こっそりおやつを食べていたアビゲイルが、あわてている。


「ちょっと考えることが有って……」


 なんだろうと、アビゲイルは口をモグモグさせながら私の目を見る。


「なるべく早く、王都に戻りたいの。多少不便であっても」


 私は、アビゲイルに告げた。









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