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第25話 老戦士エクトール

 王宮前広場に集合する日は、朝からよく晴れていた。


「お父様のお見立て通りなら、すぐ帰って来るから」


 心配する屋敷の者たちにキッパリ「さよなら」を言って歩き出す。

 心配だった衣服も、見聞の広い王都の民にとっては、特に珍しくは無かったようで、ジロジロ見る人もいない。


 私は、制服やドレスの時とは違って、歩幅を広く取って軽快に歩いた。確かに動きやすい。


「ジャンにお別れを言えなかったのは残念だったけど……」


 少し足取りが重くなる。彼はイライザに酷く侮辱されて卒業式のパーティーから逃げ出した後、確かに文房具屋に戻ったらしい。

 でも、お店を訪ねても会ってもらえなかった。

 お屋敷で使う文房具はすべてこのお店で買うとも伝えたかったのだけれど。


「気持ちにムラがあるイライザよりも、ジャンの方が魔法使いとして役に立てると思うんだけどな」


 イライザの反則じみた酷い攻撃が許せない。でも今、彼女はアンリ王子のお気に入り。魔法学校の先生方も手出しできなかった。悔しい。


 背嚢はいのうを背負い、フェニックスをかついで王宮前の広場に参上すると、イライザとリュックはもう来ていた。


「オーリィ、その格好!」


 軍服に身を固めたリュックが声を上げた。

 やはり……は……恥ずかしい。

 思わず膝小僧をくっつけて、短いスカートを押さえる。


「その短いスカートで王子殿下の気を引くつもり?」


 そう言うイライザは長くて黒いマントに、いつものムチではなくて曲がりくねった木の杖を持ち、ビジュアルからして魔法使いそのもの。

 髪型だけは、いつものツインテール。

 そして荷物を持ったお供を連れている。え、お供?


「オーリィ、一人で?」


 そういうリュックにも連れが居る。

 え……エリゼ先生のお話と違うわ?

 エリゼ先生たちは確か五人でダンジョンに挑んだのよね。


「ある程度は軍からサポートしてもらえるけど、それだけの荷物で大丈夫?」

「……ひゃい……これは魔法の背嚢で……装備は一式入っています」

「そんなのがあるんだ!」


 驚くリュックに、こちらがびっくりする。

 魔王城を目標にしたダンジョン・アタックですよね?

 誰からもアドバイスを受けなかったの?


「馬鹿ね、オーリィ、食事の準備は誰にさせるのよ?」

「自分で……」


 魔法薬作りの応用と思えば、料理はそんなに難しくない。美味しく出来るかは別にして。


「食事の準備なんて、ノルの称号にはふさわしくないわ」


 貴族待遇にすっかり染まったイライザ。

 行軍が始まったら、彼女とは距離を置こう。


「アンリ殿下の到着、まだかな?」

「少し遅れているのかも」


 広場に備え付けられた日時計を見る。

 もう十時。

 真夏に近づいて日は長いといっても、こんなにゆっくりしていて良いのかしら?


 さらに待つことしばし。やっとファンファーレが演奏されて、城門が開き、白馬に乗ったアンリ王子が登場した。後ろに兵隊がぞろぞろと続く。


「魔法学校の卒業生はここにいたのか。私とともに先頭に立て」


 え、回復役は後方待機では?


 アンリ王子の側に寄ろうとすると、気難しい顔をした、大柄な初老の男性と一緒になった。

 黒髪には白いものが混じり、同じく黒い目が鋭く私たちをにらんでいる。


「何でこんな子どもがいるんだ。ダンジョンは遠足じゃない」

「なんですって? 私たちは魔法学校の卒業生。魔王と戦うには欠かせない魔法のエキスパートよ!」


 恐れを知らないイライザが食ってかかる。


「……ふん! 形だけは一人前だな」

「無礼者!」


 言い合いに成りそうなところへ、アンリ王子が割って入った。


「待て待て、イライザ・ノル・デュポン、彼はエクトール。二十年前の勇者ルシアンが率いたパーティの生き残りだ」


 私とリュックの口からは「おぉ……」とため息がもれる。

 伝説の、二十年前の先輩。


「はじめまして。リュック・クレモンと申します。ここに居る三人は、皆、エリゼ・フローレル先生の教えを受けました」

「魔法学校で一通り習っただけだろう? エリゼの何を知っている?」


 かたくななエクトールに、リュックは助けを求めるように私を見た。


「……は、はじめまして。あの……私、オーロールと、言いまして、エリゼ先生から『展開!』の魔法を教えていただきました。そして、これも……」


 私は、布に包まれた六分儀を出した。


「まさか! ルシアンの!」

「ひゃいっ!」


 エクトールが私の手から六分儀をむしり取ったので、私は悲鳴をあげてしまった。


「……使い方も教わったか?」

「いいえ。『展開! 水面みなものごとく』だけで手いっぱいで……」

「……エリゼ……『展開!』をものにしていたか……」

「ひゃい、私も水平線が出せます……不安定ですけど……」


 エクトールが私の両手を痛いほど強く握った。


「……ありがとう、お嬢さん、この遠征に参加してくれて……」

「……え……は……」


 へどもどしながら答える私を、イライザがにらんでいる。


「魔法使いは私! その子は単なる回復役よ!」


 エクトールはチラリとイライザを見て、


「魔法の力は実戦で見せてもらおう」


 とだけ言った。


 王子の声が響く。

 こちらで言い合いをしている間に、兵士の整列が済んだらしい。


「よく聞け! 魔王討伐部隊の勇者たちに知らせておこう。敵の首魁しゅかい、魔王の名はダリオンと判明した。無名の通報者に王国は深く感謝するものである!」


 あ、それ、私です……言わないように口を押さえる。

 魔王ダリオンも、私のオーロールという名前を知っているのよね……エリゼ先生が撃退してくれたけれど、コウモリみたいな魔族に実際襲われているし。

 結局誰にも話せないままここまで来てしまったわ。


「魔法学校と我らが情報部隊の協議の結果、敵の魔王城は北緯六十五度、東経十五度と判明した! ここを目的地として進軍する」


 本当に、名前から居場所が分かるんだわ……。

 頼もしいと同時に恐ろしい。


「でもここはどこだい?」と疑問の声が兵士たちから上がる。


「ここは北緯五十一度半、東経一度……シャンドリュー王国天文台基準だとそうなる。二十年前と同じ出発地点だ」


 足を踏みしめ、六分儀を太陽に向けて構えたエクトールが大きな声で宣言した。


「ルシアンの六分儀が帰って来た……ダンジョンの道案内、確かに引き受けた」

「エクトール、それだけではないぞ、この計時器もお前に預ける。国王陛下からのこの討伐隊への下賜の品である」


 アンリ王子に仕える小姓らしい少年が、人の頭が入りそうな大きさの、木とガラスでできた箱をうやうやしくエクトールに渡した。王冠の紋章が陽光に輝く。


「これで、正確な経度が分かるはずだ」


 経度の出し方? 

 緯度は北極星の高さを測るか、南中時の太陽の高さを測って暦と照らし合わせれば分かるけれど……。


「太陽が南中する時の現地の時刻と、シャンドリュー王国天文台との時刻の差から算出するんだ。この計時器は天文台の正確な時刻を示し続ける」


 いまいちよく分からないけれど、大層な品らしい。密閉容器の中をのぞくと、確かに時計が入っている。

 頭が痛くなりそうだから、エクトールに任せることにしよう。私はとにかく測定のもとになる水平線を出すことに専念するわ。


「前回は記録係兼測定係としてルシアンたちを助けた。今回も、前回我々が通ったのと同じ道を進みましょう」


 ルシアンの六分儀を手にして、エクトールは自信満々だ。


 でも、これはいったい……。

 私たちの後に続くのは二百人の軍隊というけれど、その後に同じくらい多い荷物運びの行列がさらに続いている。


「こんなにたくさんの人数でダンジョンへ乗り込むの?」

「味方は多いほうが良いんじゃない?」


 イライザはアンリ王子を擁護する。でも私は心の中の違和感を拭えずにいた。


「さあ行くぞ。目指すは魔王の首だ!」


 王子の馬が進み始めた。

 その旅の行く末がどんなものになるか、私は想像さえできなかった。




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