俺の名前は、神崎シン。
教室の誰も、俺に話しかけない。
ていうか机に近寄ろうとすらしない。
人は自分と違う、異様な存在を敬遠するもなのだ。
つまり俺は”ぼっち”だ。
昔からそうだった。
公園で子供たちがキャッチボールをする中、一人だけ木陰に座って空を見上げていた。
──空の向こうには、人類に見えざる天空の城がある。
闇に包まれた次元の狭間。その最奥にある玉座で、封じられし魔王が目を覚ますのを待っている……。
俺には分かっていた。
この世界の裏には"真の理"が隠されていて、俺たちは強力な闇の力によって支配されていることを。
そして、俺こそがその秘密を解き明かす"選ばれし者"だということ。
これは陰謀論じゃない。断じて違う。
俺の中の、この世界の"設定"なのだ。
何を言ってるか分からないって?
つまり俺は、この世界の"設定"を、幼少の頃からひたすら脳内で組み上げ、想像し、その地図を広げ続けているんだ。
幼稚園の頃は、それでも許された。
むしろ、「想像力が豊かな子」として、優しい先生や、好奇心旺盛な女子たちに囲まれることすらあった。
だが、小学生になると──「ちょっと変なヤツ」認定。
中学生になる頃には──「ヤバいヤツ」認定。
そして現在、高校では──「関わらない方がいいヤツ」認定だ。
気づけば、俺の居場所はクラスの隅に"固定"されていた。
誰も話しかけてこない。担任の先生ですらスルーしている。
べつにリア充どもの輪に入りたいわけじゃない。
俺は一人で妄想してるのが好きだし、友達が欲しいとも思ってない。
昼休みに机を寄せ合って、恋愛だのゲームだのしてる連中を見ても、何も羨ましいとは思わない。
むしろ、俺は──そんな"小さな世界"に収まる男じゃない。
何せ、俺は世界を救った英雄の転生者。この体には "魔王" を倒すための偉大な力が封じられているのだからな……。
「──俺の能力が覚醒する時、世界の理は書き換わる……」
そう小声でつぶやいた瞬間、視界の端がぐにゃりと歪んだ。
一瞬、教科書に載っているはずの「
ゾクリと、背筋に冷たいものが走る。
気のせいか?いや、最近、こんな"異常"な感覚が時々起こる。
まるで、俺の妄想が、本当に世界を侵食しようとしているかのように。
「うわ、神崎がまた何かブツブツ言ってるぞ……」
「やっべぇ、本当にあいつ病気じゃね?」
「ていうか《奴ら》に地球が支配されてんのに、まだ妄想とかしてんの?」
──はい、来ました。お決まりの反応。
そして、それを聞きつけた "もう一人" が、俺のそばにやってくる。
「……ねえ、何がアナタをそうしちゃったわけ?」
背後から、呆れたような声がした。
俺は振り返る。
露崎ユリ──俺の幼馴染であり、かつて 『唯一の理解者』だった存在。
今ではクラスカーストのトップ枠に座る "美女" だ。
ユリは、サラサラと風に揺れる黒髪を指先で弄びながら、俺を見下ろしていた。
透き通るような白い肌に、凛とした切れ長の瞳。整った顔立ちは、大人びた美しさを醸し出し、同時にどこか冷たさも感じさせる。
実際、彼女はクールな性格で、表情を大きく崩すことはあまりない。
「……何がだよ」
「厨二病って中学生まででしょ……もう高校生なのに」
「子供の頃はみんな同じように妄想してたろ……特に"おまえ"は」
俺はため息混じりに答える。
「な、どういう意味よ」
「お姫様の"おまえ"が、閉じ込められてる塔に、俺が"勇者"になって助けに行く遊びとか、地球を支配する悪魔を倒すために"秘密基地"でやった作戦会議とか、"おまえ"の身長を伸ばすために"進化の石"を探す冒険とか──ユリ……おまえだって、そういう設定が大好きだったじゃないか」
「ちょ……それは、子供の頃の話でしょ!小さい頃は誰でもそんなものじゃない!」
「つまり俺は変わってない、それを続けてるだけだ。俺以外が、おまえらが変わっちゃったんだよ」
ユリは、じっと俺を見つめた。
その瞳には、冷たさと、わずかな迷いが入り混じっていた。
すると彼女は、一瞬遠い過去を見るような目で、ぶつぶつとつぶやいた。
「あの時の、アナタは、もっと眩しかった……のに」
そして、まるで"答えに詰まった"かのように、一瞬だけ視線が揺れる。
「え?なに」
「……もういい」
ユリはそれ以上何も言わず、くるりと踵を返して去っていった。
俺は小さく笑う。
こんな俺の言葉でも、少しくらいはユリに届いたらしい。
(最後のはなんて言ったかわからなかったが)
だが、それでも彼女は俺の"設定"には、もう帰ってこない。
あの頃の"秘密基地"には俺以外……もう誰もいない。
それでもいい。
何せ、俺は "選ばれし者" だからな。
……こうして、俺の妄想は昔から、常に止まることがない。
そう、俺が変なんじゃない。周りが勝手に、変わったんだ。