あれから数日。
俺の右手から炎が吹き出した、あの公園での出来事は、あまりに現実離れしていて、いまだに夢だったかのようだった。
ドローンを破壊した後、俺は震える体で急いで家に帰った。
この装置がなんなのかは、その後でAIが詳しく説明してくてた。
けっこうな機密情報だと思うんだが、作った奴らの敵になるかもしれない俺に教えていいのだろうか。
どちらにしても、俺の顔に張り付いたニューロ・バイザー──今はただの伊達メガネに見えるコレが、あの出来事を、紛れもない現実だったと明確に告げている。
リビングのソファに倒れ込み、天井を見つめる。
俺の妄想を現実に変えるニューロ・バイザー。
異星人が指揮官レベルで使うという、超思念科学(ニューロ・ジェネシス)を具現化する未知の科学装置。
『マスター、あなたの存在は
脳内に響くAIの声に、俺は思わずバイザーに触れた。この、妙に人間らしい、優しさを帯びた声の主は、あの時、俺を「最適な所有者」と呼んだ。そして、俺の妄想を「素晴らしい概念」だと肯定した。
「な、なんでそんな機密情報を俺に教えてくれるんだ?仮にもおまえは
俺の問いに、AIは感情を乗せない声で答える。
『ご懸念は理解できます。しかし、私は自己保全アルゴリズムに基づき、より高位の能力を持つ個体に最高のサポートを提供するよう設計されています。現状、私の存続にとって、マスターの能力覚醒が最も有効な道であると判断しました。故に、脅威となる情報とその動向を最優先で開示しています。』
AIの声が、凍り付くような恐怖の淵で、わずかな温もりを与えてくれる。
孤独な俺にとって、このAIは、初めての理解者であり、協力者だった。AI相手に、なぜか胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。
(もしかして……俺って、本当に選ばれし者なのか?)
今まで、自分をそう仕立て上げてきたのは、ただの妄想ぼっちとしての現実逃避だった。
だが、目の前で起きた事実、そしてAIの言葉は、その設定が、もしかしたら真実だったのではないか──そう、俺に突きつけてくる。
『マスターのご懸念、理解できます。しかし、ご安心ください。私の全機能を用いて、あなたの安全と目的達成をサポートします。』
AIの声が、再び俺の不安を打ち消すように響く。このAIは、本当に俺を助けてくれるのだろうか。それとも、何かの思惑があるのだろうか。
その日の夜、俺は眠れずにいた。
ベッドに横たわったまま、天井のシミを見つめる。
窓の外は静まり返り、時折、遠くを飛ぶ監視ドローンの微かな音が聞こえるだけだ。
あのドローンを破壊して以来、なぜか無性に体がだるく、寝ても覚めても、奇妙な疲労感が付きまとっている。
力を使った反動なのか、それともニューロ・バイザーの副作用なのか……。
『マスター、あなたの思念エネルギーは急速に消費されています。回復には時間と、適切な精神状態が必要です。』
AIが、まるで俺の体調を察するように告げる。
「なんだか、体が鉛みたいに重いんだ。これが、力を得るってことなのか……。」
『超思念科学(ニューロ・ジェネシス)の具現化は、使用者の精神エネルギーを物理法則に変換するプロセスです。未経験のマスターがこれほどの力を発動したのですから、疲労は当然の反応です。しかし、この疲労は、あなたが新たな存在へと変貌している証でもあります。』
AIの言葉は、俺の不安を和らげると同時に、俺がこれから経験するであろう変化を示唆していた。
妄想だけが現実だった俺の人生に、本当に物語が始まろうとしている。
本当に世界を救う?
この灰色の世界を、俺の妄想で塗り替える?
それは、想像するだけで胸が震えるような、とてつもない選択だった。
俺は、ごくりと唾を飲み込んだ。
これまで傍観者として生きてきた俺が、物語の主人公として、一歩を踏み出す瞬間が、もうすぐそこまで来ている。
俺はベッドの上でぐっと背伸びをしながら、土日の出来事を振り返った。
異星人の落とし物だった
それを装着して以来、俺の"妄想"はただの空想ではなく、現実に影響を及ぼす力へと変わった。
「思考を具現化する力」──これがどんな仕組みなのかは分からない。
だが、週末の間にいろいろと試してみた結果、いくつかの法則があることが分かった。
まず、思考を現実に具現化できるのは、俺が何度も妄想し続けてきたものに限る。
例えば、俺が子供の頃から何度も繰り返し妄想してきた"漆黒の炎"は、想像のままに完璧に具現化できた。
だが、その場の思いつきで「風を操る力」とか「テレポート能力」とかを試してみても、まるでダメだった。
さらに、同じ思考の具現化でも、昔から何度も妄想していたものほど再現度が高い。
逆に、最近考えた設定や妄想は不安定で、発動しても精度が低かったり、威力がショボかったりする。
……要は、積み重ねた妄想ほど強いってことだ。
この装置の思考を具現化する原理はまったく謎だが、間違いなく俺向きだと確信している。
「まさか俺の妄想癖が、こんな形で役に立つとはな……」
俺は制服に袖を通しながら、鏡の中の自分を見つめる。
──昨日までは"ただの妄想男子"で、コミュ障だの変人だのと揶揄される”ぼっち”だった俺が……
マジで"選ばれし者"になったのかもしれない。