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第4話 妄想英雄「妄想が現実になる世界」

「さて……今日からどうするかな」


 俺はベッドの上でぐっと背伸びをしながら、土日の出来事を振り返った。

 異星人の落とし物だった支配者オーバーマインドのバイザー。

 それを装着して以来、俺の"妄想"はただの空想ではなく、現実に影響を及ぼす力へと変わった。


 「思考を具現化する力」──これがどんな仕組みなのかは分からない。

 だが、週末の間にいろいろと試してみた結果、いくつかの法則があることが分かった。


 まず、思考を現実化できるのは、俺が何度も妄想し続けてきたものに限る。


 例えば、俺が子供の頃から何度も繰り返し妄想してきた"漆黒の炎"は、想像のままに完璧に具現化できた。

 だが、その場の思いつきで「風を操る力」とか「テレポート能力」とかを試してみても、まるでダメだった。


 さらに、同じ思考の具現化でも、昔から何度も妄想していたものほど再現度が高い。


 逆に、最近考えた設定や妄想は不安定で、発動しても精度が低かったり、威力がショボかったりする。


 ……要は、積み重ねた妄想ほど強いってことだ。


 この装置の思考を具現化する原理はまったく謎だが、間違いなく俺向きだと確信している。


「まさか俺の妄想癖が、こんな形で役に立つとはな……」


 俺は制服に袖を通しながら、鏡の中の自分を見つめる。


 ──昨日までは"ただの妄想男子"で、コミュ障だの変人だのと揶揄される”ぼっち”だった俺が……


 マジで"選ばれし者"になったのかもしれない。


 俺は登校する支度を済ませ、バイザーを地味なメガネに擬態させると、鞄を肩にかけて玄関を出た。


「……うわ、雨かよ」


 空はどんよりとした灰色に染まり、小雨が降りしきっていた。

 地面には無数の雨粒が弾け、アスファルトの反射がぼんやりと揺らいでいる。


 傘を持って出るのも面倒だ。

 ……なら、試してみるか。


「天候操作!」


 俺は軽く手を掲げ、"空を晴れににする"イメージを思い浮かべた。


 ──が、何も起こらない。


(やっぱりな)


 天気を自在に操る力なんて、俺の妄想リストにはなかったからな。

 こういう『その場の思いつきで考えた現象』は、いくら願ってもやっぱり起こせないのだ。


 だが──俺が雨の日にいつも妄想していたことなら?


 俺は目を閉じ、幼い頃から何度も思い描いてきた"ある妄想"をイメージする。


「反重力フィールド、展開──」


 瞬間、俺の周囲に目に見えない空間の揺らぎが生じる。

 そして、降り注ぐ雨粒が、俺の頭上でぴたりと静止した。


 それはまるで、透明なドームのように俺を包み込み、『俺が歩く場所だけ濡れない"空間のトンネル"』を形成していた。


 俺はそっと手を伸ばし、指先で空中に浮かぶ雨粒をなぞる。

 すると、表面張力で膨らんだ雨滴が、ゆっくりと弾ける。


 「おお……できた」


 小学生の頃から俺はよくこの妄想をしていた。


 「もし俺が雨に濡れないフィールドを作れたら、傘なんていらないのに」と。


 具体的に何度もイメージしたとはいえ、あれはただの空想だったはず。


 だが、今──現実になった。

 なんという快感だろうか。


 試しに、一歩踏み出してみる。


 すると、俺の移動に合わせて"反重力フィールド"も動き、相変わらず俺は濡れないままだった。


「ふっ……完璧じゃないか"反重力フィールド"」


 さらにもう一つ、昔から妄想していた「アレ」を試してみたくなった。


「俺が歩く先で、信号がすべて青になる──」


 すると……俺の妄想の指示に応じ、目の前の交差点の信号機が、俺が渡るタイミングに合わせてすべて青へと変わる。


 突然の青信号に困惑する車や歩行者を他所に、一切立ち止まることなく平然と歩く俺。


 ってなんかカッコイイじゃないか……


「ふっ……誰も俺を阻むことは出来ない」


 これだよぉこれ!……外を歩く度に何度も妄想してきたことが、現実に起こせてる。


 やはりこの力は──


 俺が繰り返しイメージしてきた妄想ほど、確実に具現化できるんだな。


 しかし、俺が歩き続ける中、突然──


 ズキンッ!


 右腕に、鋭い痛みが走った。


 見ると、右手の甲に"異形の刻印"が光を帯びて浮かび上がっている。


 ──これは、俺の中に眠る"漆黒の力"が超覚醒を求めている兆し……(の設定)!


 俺は、物心ついた頃から"右腕に封じられた破壊の力"の妄想は欠かさず続けてきた。

 右手首に巻いたリストバンドの"封印"によって抑えられている(風呂でも外さないこだわり)……もしこれを外したら全身に超常的な力が駆け巡り、壮絶なパワーが発動する(ことになってる)。


「まさか……この"抑制装置リストバンド"が、本当に役立つ日がくるとはな」


もし、ここで封印を解けばどうなるんだ──


 正直言って俺自身、この力を制御できるかどうか分からない。もし暴走すれば、この世界すら破壊しかねない。


 とまぁ、設定上はそうなっているんだが……まさかこの力も本当に具現化されている?


「いや、さすがにそれはないだろう……」


 とはいえだ、念の為に封印の扱いには慎重になった方がよさそうだ。


(そういえば他にも封印している設定の能力があったよな)


 そんなことを考えていると──


「やっと見つけましたよ、『黒翼の使徒』」


 突然、どこからともなく響く、透き通る声。

 ハッとして顔を上げると、そこには──


 長いツインテールの銀髪をたなびかせ、青紫の瞳を輝かせた少女が立っていた。


 透き通るような白い肌に、儚げな雰囲気をまとった美しい顔面。

 しかも彼女の背には──透明な羽のような光のエフェクトが浮かんでいる。


 「わたくしは精霊アマデル。今日こそあなたの従者として、闇の組織を倒し世界を救うお手伝いをさせてください」


 ……またコイツか。


「精霊アマデルよ、何度も言わせるな……俺は力を封印し、人間として普通の日常を生きているのだ。時が満ちるまで、お前に協力するつもりはない……」


 こいつは俺が幼い頃から"設定"していた、闇の組織と戦う勇者を探しているという光の精霊アマデル。


 何度も俺のもとに現れては(妄想の中で)協力を求めるので、それを断るまでがいつものルーティンなのだ……


 ──いや、ちょっと待て。


 おい。


 おいおいおい。


「え?精霊アマデルが本当に……居る?」

「わたくしはいつも側に居るではないですか」


 だめだ、俺の妄想と現実との境界が崩れかけている。もはや自分でもどこまでが妄想か現実か自信がなくなってきた。


「ていうか、なんでうちの制服着てるの?まさか一緒に登校するつもりか?!」


「はい、従者として目立たぬよう生徒に偽装してまいりました」


 そう言うとアマデルは貴族の挨拶のごとくスカートを両手で持ち上げ深々とお辞儀した。


 こんな、いかにも厨二病な美少女キャラを学校に連れていけるわけないだろ……


「とりあえず、俺に構うな」


 そう言ってアマデルを無視し、学校に向かうが……彼女は後をぴったり付いてくる。


「ついてくるな!」


 俺は全力でダッシュした。こう見えても足の速さには自信があるほうだ。あんなチビでガキみたいな女子なら余裕で撒ける……はずだった。


「始業時間までまだ7分あります」

「はあはあ……そ、そうだな……」


 俺は逃げるのを諦め、精霊アマデルと一緒に登校することにした。


 ええい!もうどうにでもなれ。


(続く)



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