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第5話 妄想英雄「俺は……目立ちたくない」

高校の門をくぐると、すでに周囲の視線が俺たちに集まっていた。


 なぜなら——銀髪の美少女アマデルが、まるで女神のように微笑みながら俺の隣を歩いているからだ。


 しかも、背中には半透明な光の羽。


 さらに、傘をささずに雨にも濡れていない俺と並ぶ姿は、完全に異様な光景だった。


「おい、妄想の神崎が……銀髪の美少女を連れて歩いてるぞ」

「なんか背中に羽が光ってないか? もしかしてコスプレイヤー?」

「ていうかあいつ、傘さしてないのに濡れてなくない? 」

「ほっとけよ、神崎に関わると変人の仲間だと思われるからな」


 そんなヒソヒソ声が四方八方から聞こえてくる。

 無視して歩く俺だが、確かにこれは目立ちすぎてヤバい。


「『黒翼の使徒・シン』、貴方は静かに暮らしていると言ってましたが……かなり注目されてませんか?」


「俺にも原因はあるが……主にお前のせいだから」


「え? わたくしのせいですか?」


「そうだよ! ていうか、その羽は隠せないのか? 目立って仕方がないんだが」


「光の羽は精霊の誇り、隠すようなものではありませんので」


 あーこいつ……めんどくせぇ。


 でも周りからみたら、こいつみたいに俺も『めんどくせぇ』奴なんだろうな……そりゃ”ぼっち”だわ。と自分を戒めながらのため息をついていると、アマデルはくすっと微笑んだ。


「ご安心ください、シン。わたくしの存在が目立つのは一時的なことです。いずれ、この世界は貴方を中心に動くのですから」


「いや、その未来はねぇよ」


 とりあえずこいつには全く話が通じない。

 ……うん、なるべく会話するのは控えよう。


 っていうか、こいつは本当に俺の妄想の産物なのか?それともただの変人コスプレイヤーなのか。今のところ、どちらにも確証が持てない。


 教室に到着すると、アマデルは当然のように俺の隣の席に座った。


「おい、そこはお前の席じゃないだろ……勝手なことして目立つんじゃない」


 小声で忠告するが、アマデルはどこ吹く風。


 すると、その席の"本来の持ち主"が登校してきた。


「ちょ、君、そこは僕の席なんだけど……?」


 ほら言わんこっちゃない。


 アマデルは一瞬だけ瞳を黄金色に輝かせると、穏やかで優雅な口調で言った。


「ここは今からわたくしの席になりましたわ。貴方は責任者に別の席を用意してもらいなさい」


 その瞬間、相手の男子生徒の表情が一変した。


「……かしこまりました」


 ペコリとお辞儀をして、無表情のまま教室を出て行った。


 こいつ、いま完全に人間の精神にスキルで干渉してたよな……!


「おい……アマデル!精霊従属エンチャントを使っただろ。勝手なことすんなよぉ……」


 間違いない、アマデルが使ったのは人間を意のままに操る「精霊従属エンチャント」、つまり俺が妄想の中で設定した精霊アマデルのスキルだ。


 てことは、やっぱりコイツ、俺の妄想の中の"精霊アマデルそのもの"なのか?本物ってこと?!


 だとしたらヤバいぞ。


 俺の黒歴史ともいえる『あの設定』までもが、高校生活の中で現実になり始めているってことじゃないか。


 すると、そんな俺の思考をぶった切るように、すぐそばから聞き覚えのある声が響いた。


「ねえシン! だれなの、この子?」


 視線を向けると、そこには霧崎ユリが立っていた。

 腕を組み、じろりとアマデルを睨んでいる。


「あら? この方は……?」


 アマデルが首をかしげると、ユリは少しムッとした顔で俺の方を向く。


「シン、説明して」


「……説明もなにも、お前には関係ないだろ」


「ある! だって、”妄想ぼっち”のシンが、可愛い女の子と一緒に登校するなんて、ありえないことなんだから!」


「おま……っていうかうるせぇな」


 俺だって望んでこんな状況になってるわけじゃねぇよ。


「わたくしは精霊アマデル。"黒翼の使徒シン”の従者です」


 アマデルが堂々と宣言する。


「はあ?"黒翼の使徒"!?」


 ユリがぽかんとした顔をする。

 ……いや、まぁ、この反応は当然か。


「……もしかして、この子も妄想の世界の住人?っていうかあなたの同類なの?」


「いや、まあ……たぶん」

「たぶんってなに?」

「俺が聞きたいんだよ!」


 もう完全に会話がカオスになっている。


 そして、俺はここで悟った。


 学園生活であえて"孤高ぼっち"を貫いてきた俺が、アマデルを連れての登場で一気に注目の的になっていることに。


 これは——ヤバい。正直に言うと、俺は中学生のころから同級生では霧崎ユリ以外の生徒と会話した記憶がない。


 つまり、人とまともにコミュニケーションしたことがない。

 この状況について話しかけられても、説明を求められても、うまく受け答えする自信がないというか、たぶんキョドる。


 つまり”孤高ぼっち”状態こそ、俺のアイデンティティを保つ唯一のシールドなのだ。


 俺は一つ深呼吸をしてから、"いつものポーズ"で腕を組み、目を閉じた。


「……フッ。俺は選ばれし者……凡俗とは交われぬ人間だ」


「なっ……!? 何それ!?」


 いつものようにユリが困惑しているが、知ったことではない。

 そこへアマデルが追い討ちをかける。


「そう、黒翼のシンは選ばれし者であり、この世界を救う勇者なのです」


(ていうか、おまえは黙っててくれ!)


 するとユリは、やれやれと呆れた表情を見せ、自分の席へと戻った。


 ──そう、俺は俺の道を行く(誰にも話しかけられたくないから)。


 この高校生活での"静かな日常"を守るために!俺は”孤高ぼっち”を押し通す。



 その時、どこからか、妙な気配を感じ取った。


「……なんか、嫌な視線を感じる」


 ふとした瞬間、ゾワッと背筋が冷たくなる感覚が襲ってきた。まるで、何者かにじっと観察されているような……不気味な違和感。


 俺は何気なく窓の外を見る。


  すると、校庭の向こうに、黒いフードをかぶった人物がじっとこちらを見ていた。


 その場に立ち尽くし、わずかに首を傾げながら……まるで俺の内側を覗き込むかのようだ。


(……なんだあいつ。なんで俺を見てる?)


 その瞬間、俺の視力が拡張しフードの男の表情まで見てとれた。


 心なしか、フードの下で微笑んでいるようにも見える。


 その瞬間、まるでノイズのような「ブツッ……」という音が脳内に響き、影はかき消えるように消えた。


「……っ!?」


 ただの見間違い? いや、でも……今のは……確実に俺を見ていた。


 いや待て、もしかして——俺の妄想が生み出したヤバいやつ!?……それとも、俺が拾ったバイザーを探しにきた異星人か?そもそも奴らのドローンを破壊しちゃったわけだからな。


「シン…… わたくしも感じました……今のは、"侵食者ディヴァウアー"の気配に似ていました」


 その言葉と同時に、アマデルの光の羽がわずかに震える。


「……"侵食者ディヴァウアー"だと?」


「ええ。闇の領域から放たれた監視者。奴らの眼に映った以上、あなたの存在は……いずれ察知されるでしょう」


 アマデルの瞳が、ほんの一瞬、不安げに揺らいだ。


 俺はゴクリと喉を鳴らしながら、改めて思った。


 もう……なんか、目立たずに過ごすなんて無理な気がする。


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