俺は、真面目に物理の授業を受けていた。
こう見えて理科系の科目は得意なほうなのだ。
(……いや、別にクラスメイトに話しかける相手がいないから授業に集中するしかないってわけじゃないぞ?)
俺はそんな言い訳を自分にしながら、ノートに数式を書き写していた。
アマデルも人間の授業に興味があるのか、教科書も開かず(そもそも持ってないんだが)じっと話を聞いている。
まあ、大人しくしてくれていればこっちとしては助かる。
教室の黒板には、「E=mc²」 の数式が白く残っている。
教師はチョークを置き、相対性理論についての説明を終えた。
そのとき、前の席から質問が飛ぶ。
「先生、相対性理論が正しいなら、異星人が地球に来たことって説明つかなくないですか?」
(お、いい質問だ)
教室がざわつく。
たしかに、異星人と言われる
しかも、超常的な科学力をもって地球を制圧したわけだが……
現代物理学の常識に当てはめると、彼らがここに来られたこと自体が"あり得ない"。
教師はゆっくりと板書を始めた。
「例えば、地球に似た環境の惑星としてケプラー452bがある。地球から約1400光年の距離だ。つまり光速で移動しても、片道1400年かかる」
(1400年……そんな時間がかかるなら、来た頃にはもう文明が滅んでるだろ)
生徒たちが困惑した表情を浮かべるのも当然だ。
「じゃあ、もっと近い星なら?」
別の生徒が手を挙げる。
「プロキシマ・ケンタウリbなら4.2光年。光速なら4年で来れるんじゃ?」
「たしかに、そこなら距離的には現実的だな」
教師は黒板に「4.2光年」と書き込み、再びチョークを置いた。
「だが、ここで問題がある。光速に近づくほど、必要なエネルギーは無限に増大する。今の物理学では、人間を乗せた宇宙船を光速で飛ばすのは不可能なんだ」
教室が静まり返る。
(じゃあ異星人は、どうやってこの星にやってきたんだ?)
すると、最前列の席から椅子を引く音がした。
俺たちの学校の生徒会長であり、帝大物理学志望の超天才学生 白石アキラ が、静かに立ち上がる。
「先生、私からも質問を」
教師は彼の目を見つめ、うなずいた。
「……いいぞ、白石」
白石は一呼吸置いて、ゆっくりと口を開く。
「私はずっと考えていました。光速の壁は、本当に超えられないのでしょうか?」
生徒たちは一斉に白石を見つめる。
(また、こいつの超科学論が始まるぞ……けっこう面白いんだよな)
白石の頭の中は、一般的な受験物理の枠を完全に超えている。
天才は天才なりに、普通のやつとは違うことを考えているらしい。
「例えば……もしこの世界が、ゲームやVRのようにデータの集合体だったとしたら?物理法則は“プログラム”であり、意識がそのコードを書き換えられるとしたら?」
教室がざわめく。白石は続ける。
「量子もつれは、距離に関係なく即時に影響を与えます。もし、宇宙そのものが“
俺は思わずペンを止めた。
(……待て、それってつまり、異星人はここに移動やワープしたわけじゃなくて、情報として“そこにいる”ってことか?)
教師が腕を組む。
「白石が言いたいのは……つまり、異星人は、空間を移動したのではなく、量子的な方法で地球と接続したと?しかしそれを証明するには……」
白石は、まるで確信を得たかのように、静かに言った。
「先生。彼らが存在することこそ証明なのでは?4次元すなわちミンコフスキー空間の本質が”思考科学”だとすれば……我々の物理学は、根本から覆る……いや飛躍するのでは?」
教師はゆっくりと頷き、最後にこう答えた。
「……その可能性は……あるかもしれないな」
その時、俺の背中に再び悪寒のような、嫌な予感が走る。
アマデルも何かに気がついたようにスッと立ち上がり、窓の方へと歩いていく。俺もアマデルに続くように席を立つ。
(——なんだこの感じ、何か危険が迫ってるのか?!)
窓の外を見ると。校庭に、異様な雰囲気を醸し出す集団が見えた。
黒い繋ぎ服に紅ベレー帽を被った男たちが、銀色の盾と警棒を持って整列している。
(……あれは、
すると、先頭に立つ大柄の男が持つ拡声器が、ハウリングのような不快な音を響かせる。
「我々は
教室内は、ざわめきが広がり始めていた。
「該当者は今すぐここに出頭しろ!待っても 出てこなければ、我々は強制捜査を行う!」
生徒たちが一斉に息を呑む。
「なんで
「異星人に媚び売って人間を監視するクソどもが……」
「あの盾、異星人からの支給品で物理攻撃が効かないらしいぜ」
「……でも、うちの生徒にドローンを壊せるやつなんているわけないよな?」
……いや、いるんだよ……ここに。
そう俺が、ドローンをぶっ壊した張本人だ。
心臓がドクンと跳ねる。
(落ち着け……冷静になれ、俺……!)
俺は必死に自分に言い聞かせる。
だが、事態は刻一刻と動いていた。
白石が教師と静かに目を合わせると、無言のまま教室を飛び出した。
(……おいおい、生徒会長が対応するのか?ややこしくならなきゃいいけどな)
俺はこのまま、じっとしているべきか?
それとも……
“漆黒の炎で奴らを潰す”か!?
……いやいや、相手は裏切り者とはいえ、人間だぞ。
(でも、このままじゃ強制捜査……いずれ俺がバレるのも時間の問題だ)
俺は焦燥感を抑えながら、窓の外を睨んだ。
校庭では、数人の教師と白石が、
「私は生徒会長の白石アキラだ。警察でもないあなた達に、強制捜査の権限などないはず。早々にお引き取り願いたい」
静かながらも鋭い白石の声が響く。
しかし、タイタンズの隊長らしき男は鼻で笑った。
「フン……
「法治国家において、憲法、すなわち法を超える権限など存在しない」
白石が冷静に返す。
「法治だと? そんなものはとうの昔に形骸化しているだろう」
隊長はあざ笑うように言った。
「法も、軍も、科学も——すべては
すると、タイタンズの隊員の一人が囁くように言う。
「隊長、この学生……最近話題の超天才、アキラですよ」
隊長の目がぎらりと光る。
「ほう……お前が、あのアキラか。100年に一度の天才らしいな……」
「……それが、何か?」
「もはや役に立たない人間の科学を極めて、何の意味がある?」
隊長は嘲笑を浮かべる。
白石は一瞬、無言になった。
だが、すぐに静かな声で答えた。
「どんなに馬鹿にされようとも、私は科学を追求し続ける。そしていつか、
隊長は一瞬、驚いたように眉を上げた。
次の瞬間、腹の底から嘲笑が響いた。
「ハハハハ! 何を寝言を言っている?」
「
「お前、本当は馬鹿だろ?」
嘲笑が広がる中、白石は揺るがなかった。
「笑われようと、私は、人間の科学が、
「……は?」
「想像できるものは、必ず実現できる。それが——人間だ!」
(……っ!?)
俺の胸に、熱いものがこみ上げた。
(こいつ……まるで、俺じゃないか)
異星人の支配を認めず、"選ばれし者"の設定を妄想し続けてきた俺。
科学を諦めず、未来を信じ続ける白石。
天才でエリートで生徒会長で、俺と住む世界が違う人間だと思っていたけど、根っこの部分は俺と同じじゃないか——。
選り好みせずに話してみたら、案外あいつと友達になれたりするのかもな。
——その時だった。
隊長の目が鋭く細められる。
「なるほどな……その反骨、いや、反抗心……どうやら、お前が怪しいな」
隊長はニヤリと笑い、手を振り上げた。
「こいつを連行しろ!」
「待て!ドローンを破壊したのは私じゃない!」
白石が叫ぶ。
だが、隊長は薄笑いを浮かべながら、冷たく言い放った。
「……そんなことはどうでもいい」
「
白石の腕が、タイタンズの隊員にねじ伏せられる。
「くっそ……なにもかもが理不尽だ!」
地面に顔を押し付けられた白石が、悔しそうに歯を食いしばる。
……ここで黙って見ているのか? 本当にいいのか?
その時、俺の拳が、無意識に強く握り締められた。
気がつくと俺は廊下に飛び出し、階段を駆け上がっていた。
——屋上へ!
屋上のドアに辿り着くが、当然に施錠されている。
俺はドアに手をかざすと「
するとカチリと錠が外れドアが自動ドアのように開いた。
風が吹き抜ける屋上。
校庭を見下ろすと、白石がタイタンズに引きずられそうになっている。
俺は、すぐそばに佇むアマデルに視線を向けた。
「……おまえ、
「もちろん、シン。学校ごと隠しますか?」
「頼む……俺が出ると同時に、学校全体をドローンから隠してくれ!」
「容易いことです」
アマデルが微笑むと、彼女の周囲に柔らかな光が満ちる。
俺は、ゆっくりとメガネを黒い仮面に変えた。
「……よし、行くか!」
屋上の手すりに足をかけ、校庭へと飛び降りる。
「反重力フィールド、展開——!!」
俺の体が、重力の呪縛を解き放たれ、ふわりと宙を舞う。
ゆっくりと降り立つ俺を、タイタンズたちが見上げた。
同時に、アマデルのスキルが発動し、学校全体が光学迷彩のような半球に包まれる。
これで誰にも、外からは見えない。
俺は静かに、タイタンズの隊長へと視線を向けた。
「なあ……探しているのは俺じゃないのか?」