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第六話「舞踏会での試練、そして婚約破棄の予感」

宮廷の舞踏会。


煌びやかな装飾が施された広間には、王族や貴族たちが集まり、優雅に談笑していた。

豪奢なシャンデリアが照らす中、華やかな音楽が流れ、貴族令嬢たちは色とりどりのドレスに身を包み、優雅に踊っている。


──そんな中、私は緊張した面持ちで立っていた。


「お嬢様、とてもお美しいです」


専属メイドのミレーヌが微笑む。

私が身に纏うのは、エルフェルト公爵家の象徴である深紅のドレス。

胸元に施された繊細な金刺繍が、気品を漂わせる一着だ。


……見た目だけなら、どこから見ても完璧な貴族令嬢。


──だが、私は知っている。


この舞踏会は、単なる社交の場ではない。

王太子・アレクシスによる、私への審査の場であることを。


「お嬢様、王太子殿下がこちらへ向かっておられます」


ミレーヌの囁きとともに、私はゆっくりと顔を上げた。

すると、青のタキシードに身を包んだ王太子が、優雅な足取りで私の前に現れる。


「リリアナ・フォン・エルフェルト公爵令嬢」


「王太子殿下」


私は優雅に一礼した。


彼は私を一瞥すると、静かに右手を差し出す。


「……私と踊っていただけますか?」


その言葉に、周囲がざわめいた。


王太子が正式に舞踏会で相手を指名するというのは、貴族社会において非常に意味のある行為だ。

「お前が次期王妃として相応しいか、この場で確かめる」──そう宣言するも同然なのだから。


私は一瞬迷ったが、断る選択肢はない。


「光栄ですわ」


私は彼の手を取り、ダンスフロアへと向かった。


──そして、舞踏会の音楽が始まる。


優雅なワルツのリズムに合わせ、私は王太子と向き合う。

彼は流れるような動きで私の腰に手を添え、軽くリードした。


私は、内心少し驚く。

王太子は、ダンスが上手かった。


まるで舞踏会の主役のように、彼の動きは洗練されていた。

貴族令嬢たちの憧れの的となるのも納得がいく。


「……意外ですね」


私は思わず呟いた。


「何がです?」


「王太子殿下は、どちらかといえば堅物な方かと」


彼は微かに口元を歪める。


「貴族社会において、舞踏もまた重要な教養の一つです」


「ええ、存じておりますわ」


私は優雅に微笑みながら、彼の動きに合わせた。

自分でも驚くほど、私はスムーズに踊れている。


──だが、それも当然か。


《剣聖》のスキルによる反射神経と動体視力が、私の動きを完璧に調整しているからだ。


もし普通の貴族令嬢であれば、少しでも足を踏み外せば台無しになるようなステップ。

だが、私はまるで剣を振るうように、舞踏の動きを習得していた。


「……」


王太子の視線が、鋭く私を見つめる。


彼は何かに気づいたのか?


私の動きが、普通の貴族令嬢と比べて異様に洗練されていることに。


「リリアナ殿、貴女は剣を握る令嬢だと聞いていますが……舞踏も得意なのですね」


「……さあ、どうでしょう?」


私は微笑んだまま、彼の問いに答えなかった。


舞踏ができるかどうかではなく、これは「私の資質」を問われているのだ。


私は、この場でどう振る舞えばいいのかを考える。


貴族令嬢として相応しくあるべきか、それとも──


「……リリアナ殿」


王太子はダンスの動きを緩め、静かに囁くように言った。


「この舞踏会が終わった後、改めてお話ししたいことがあります」


私は一瞬、眉をひそめる。


「……これは、良い話でしょうか?」


「……それは、どうでしょうね」


彼は、ほんの僅かに微笑んだ。


私は、その表情に確信した。


──これは、間違いなく婚約破棄の話だ、と。


舞踏会が終わり、私は王宮の一室へと案内された。


王太子は静かに椅子に腰掛け、私を見つめる。


「リリアナ殿、単刀直入に申し上げます」


「……はい」


「私は、この婚約を見直したいと考えています」


やはり、そう来ましたか。


私は軽く微笑みながら、彼の言葉を待った。


「貴女の資質は確かに素晴らしい。しかし、王妃となる者は、貴族社会において理想的な令嬢であるべきだ」


「……つまり?」


「剣を握る者が、王妃として相応しいとは思えない」


彼は淡々と告げた。


──ここまで来て、やはりそうなるのですね?


私はほんの少しだけ、期待していた部分があったのかもしれない。

王太子が、私の資質を理解し、剣を振るうことを認めてくれるのではないか、と。


だが、現実は甘くない。


「……分かりましたわ」


私は静かに頷く。


「王太子殿下がそう望まれるのであれば、婚約は解消いたしましょう」


「……」


王太子は、僅かに驚いたような表情を浮かべる。


「……意外ですね。もっと抵抗されるかと」


「私が無理に婚約を続けたところで、未来があるとは思えませんもの」


私は軽く微笑んだ。


「私は、王太子殿下の理想とは違っていた。それだけのことですわ」


──そして、私は立ち上がる。


王太子はしばらく私を見つめた後、ゆっくりと頷いた。


「……貴女は、強い方なのですね」


「いいえ、ただ現実を受け入れただけですわ」


(物理的には強いですが……)


私は優雅に一礼し、そのまま部屋を後にした。


──こうして、私は王太子との婚約を破棄された。


貴族社会では一度婚約破棄された令嬢は、立場を大きく失うことになる。


だが、私は不思議と、何も感じていなかった。


むしろ、これで自由になったのだから──


「……これから、どうしましょうかしら?」


私は、夜空を見上げて微笑んだ。

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