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第七話「新たな旅立ち、そして冒険者ギルドへ」

王太子との婚約が正式に破棄された翌日、私は自室で荷造りをしていた。


「お嬢様、本当に出て行かれるのですか?」


専属メイドのミレーヌが心配そうに尋ねる。


「ええ、決めましたの。私自由になるって」


私は微笑みながら答えた。


「このまま貴族社会に留まっていても、私の才能は活かせませんもの」


「ですが、お嬢様は公爵家の令嬢でいらっしゃいます。そんな簡単に外の世界で生きていけるものでは……」


「大丈夫ですわ。私はもうただの令嬢じゃございませんもの。婚約を破棄された、少しばかり強いだけの”元”貴族令嬢ですのよミレーヌ」


私は荷造りをしながら自信に満ちた笑みを浮かべ答えた。


「それに私には《剣聖》のスキルがありますもの。どんな困難も乗り越えてみせますわ」


ミレーヌは私の言っていることを理解できなかったのかしばらく沈黙していたが、やがて深いため息をつき、


「……お嬢様がそこまでお考えなら、私は何も申し上げません。ただ、お気をつけて」


「今までありがとう、ミレーヌ。貴女には感謝していますわ」


私は彼女に感謝の意を伝え、荷物をまとめ終えた。


こうしてエルフェルト公爵家を出た私は、まず最初に冒険者ギルドを目指すことにした。


貴族令嬢としての生活しか知らない私にとって、外の世界は未知の領域だ。

しかし、冒険者として生きることで、きっと新たな経験と知識を得られる。

それを祈って──


---


「……ここが、冒険者ギルドですのね」


──貴族令嬢が、冒険者になる。


それは、貴族社会ではあり得ない選択だった。

貴族令嬢とは、優雅に舞踏会へ出席し、社交界での評判を気にしながら、政略結婚の道を歩むもの。

しかし、私は違った。


──貴族の檻から抜け出し、自由な道を歩む。


そもそも私は令嬢なんて柄じゃなかった。ただのしがないOLだった。

貴族令嬢に転生して夢のような優雅な生活なんてものは元より私には似合わなかったのだと思う。


「ふふ……なんだか、気分が高揚してきましたわね」


私はギルドの入口で深呼吸をした。

周囲には、さまざまな装備を身につけた冒険者たちが行き交い、酒の匂いとともに喧騒が満ちている。

普通の貴族令嬢なら、この空間に足を踏み入れるだけで震え上がるだろう。


だが、私にとっては違った。

この場所は、未知の世界への入口。

束縛のない、新たな人生の幕開けを意味する場所だった。


「……さて、参りましょうか」


私は意を決し、ギルドの扉を押し開けた。


ギルド内部は、想像以上に活気に満ちていた。


掲示板の前で依頼書を眺める者、酒場で仲間と談笑する者、新たな装備を吟味する者。

それぞれが己の目的を持ち、このギルドという場に集っている。


その中で、一際目を引いたのは──


「……へえ、女の冒険者希望か?」


カウンター付近にいた、屈強な男の声。

筋骨隆々の体躯に、無造作に生えた髭。

鎧の隙間から覗く無数の傷が、彼が歴戦の冒険者であることを物語っていた。


「へっ、嬢ちゃんみてぇな華奢な体で、冒険者とは大した度胸だな」


男がにやりと笑い、隣の仲間と肩を揺らす。

その言葉に、周囲の冒険者たちも興味を引かれたのか、私へと視線を向けてくる。


──なるほど、これは試されているのですわね。


貴族令嬢が冒険者ギルドにやって来た。

当然、誰もが興味を抱き、そして「どうせすぐに諦めるだろう」と決めつけている。


──ならば、証明するしかありませんわね。


私は微笑みながら、ギルドのカウンターへと歩み寄る。


「冒険者登録をお願いしたいのですが!」


私は勢いよくカウンターに乗り出し言う。冒険者達の注目をわざと集めるかのように。


「ではお名前とこちらの冒険者登録書に記入をお願いします」


受付嬢は驚くことなく、にこやかに対応してくれた。


だが、私が名を告げた瞬間──


「リリアナ・フォン・エルフェルトですわ」


ギルド内の空気が、ぴたりと止まった。


「エルフェルト公爵家の令嬢……!?」


「マジか……あの公爵家の……」

「なんで、こんなところに……?」


ざわめきが広がる。


「ほう……あの名門貴族のお嬢様が、冒険者になろうってのか」


先ほどの筋骨隆々の男が、興味深そうに目を細める。


私は動じることなく、書類に必要事項を記入し、受付嬢へと手渡した。


──その時だった。


「おいおい、嬢ちゃん。ここはお貴族様の遊び場じゃねぇんだぜ?」


先ほどの男が、カウンターに肘をつきながら、私を値踏みするように見つめた。


「冒険者ってのは、命のやり取りが当たり前の世界だ。貴族令嬢様のおままごとじゃねぇ。悪いことは言わねぇ。痛い思いしたくなければ、とっとと帰んな」


「……」


「どうせ、ちょっと怪我でもしたら泣いて逃げ出すんだろう? ははっ」


周囲の冒険者たちが、笑いを堪えるようにしているのが分かる。


……なるほど、完全に侮られていますわね。


私はゆっくりと男へと視線を向ける。


「……そうですわね」


私の言葉に、男は一瞬驚いたように眉を上げた。


「確かに、冒険者の世界は甘くないでしょう。貴族令嬢には不向きかもしれません」


私は、静かに続ける。


「ですが、それを決めるのは貴方ではなく、私自身ですわ」


男の表情が変わる。


「……ほう?」


「証明いたしますわ。私が、冒険者として相応しいかどうか」


受付嬢が微笑みながら、私へと視線を向ける。


「リリアナ様、でしたらギルドの規定に従い、簡単な実技試験を行いますがいかがでしょうか?」


「ええ、もちろんお願い致しますわ」


「それでは、こちらへどうぞ」


私は案内に従い、ギルド内の訓練場へと向かった。

背後では、先ほどの男や、他の冒険者たちが面白そうに私を見つめている。


「試験ってのがどんなもんか知らねぇが……楽しませてくれよ、お嬢ちゃん」


私は、微笑みながら答えた。


「ええ、ご期待に添えますわ」


──こうして、私は冒険者としての第一歩を踏み出した。


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