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第九話「最初の依頼、そして新たな試練」

──冒険者ギルドの掲示板は、様々な依頼書で埋め尽くされていた。


「……これが、冒険者の世界ですのね」


私は掲示板の前で立ち止まり、一枚、また一枚と依頼書に目を通していった。


【ゴブリン討伐】

【森の魔獣駆除】

【遺跡の探索と護衛】

【魔導書の回収依頼】


依頼の種類は多岐に渡り、報酬金額も内容によって大きく異なる。

簡単な雑用から、命を懸けるような討伐依頼まで──冒険者の世界では実力がすべてだ。


「……最初の依頼ですもの、慎重に選ばないといけませんわね」


私は心の中でそう呟きながら、掲示板に張られた依頼を一つずつ確認していく。


──だが、その時。


「お嬢ちゃん、初心者ならこれくらいにしといたほうがいいぜ?」


後ろから、男の声がした。

振り返ると、粗野な風貌の男が依頼書を一枚手に取り、ニヤニヤと笑っている。


「ゴブリン討伐とか、せいぜい森の小動物の駆除がお似合いだろ?」


周囲の冒険者たちも、面白そうにこちらを見ていた。


(あら、この方々先の戦いを知らない冒険者達ですわね?)


それは訓練場にはいなかった冒険者だった。私の実力を知らなくて当然だ。


「おいおい、やめとけって。お貴族様だって背伸びくらいしたいんだろ」


「ま、本人がやりたいなら止めねぇさ。ただし、森の中で泣き叫んでも誰も助けちゃくれねぇぜ?お嬢さん?」


男たちの言葉に、私は静かに息を吐いた。


──この手の挑発は、冒険者ギルドでは日常茶飯事なのだろう。


だが、それでも。


「……お気遣いありがとうございますわ。でも、私はゴブリン退治程度では満足できませんの」


「はぁ?」


男が眉をひそめる。


私は掲示板の中央に貼られた一枚の依頼書に手を伸ばした。


【指定の魔獣討伐:フォレスト・グリズリー】

報酬金額:金貨100枚

難易度:Cランク相当

依頼内容:近隣の森に現れた大型魔獣「フォレスト・グリズリー」の討伐


「これにいたしますわ」


依頼書を掲げて告げると、周囲の冒険者たちが一斉にどよめいた。


「おいおい、正気かよ!? フォレスト・グリズリーってのは、熟練の冒険者でも手こずるやつだぜ!?」


「そうだぜ、Cランク魔獣なんて、初心者が挑んだら間違いなく死ぬぞ!」


「いくら剣が使えるって言っても、無謀すぎる!やめとけ嬢ちゃん!挑発した俺らが悪かった!流石に死なれちゃ夢見が悪い!」


ギルド内がざわめく中、私は静かに受付へと歩み寄った。


「お姉さん、私これを受けますわ」


受付嬢は一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに落ち着きを取り戻した。


「……かしこまりました。ですが、Cランクの依頼は相応の危険を伴います。無理はなさらないようにしてくださいませ」


「もちろんですわ」


私は微笑んで答えた。


周囲の冒険者たちは、信じられないという顔で私を見送っていた。


──だが、私は知っている。


私の持つ《剣聖》のスキルがあれば、フォレスト・グリズリー程度の魔獣など、決して敵ではないことを。


「では、行ってまいりますわ。皆様」


私は依頼書を手に、ギルドを後にした。


---


「フォレスト・グリズリー。依頼書によるとこの森ですわね」


足を踏み入れた次の瞬間、森の静寂が私を包み込んだ。

森の空気はひんやりと冷たく、葉の隙間から差し込む朝日が木々を金色に染めていた。


「……さて、ここからが本番ですわね」


私は深く息を吸い込み、剣の柄にそっと手を添えた。


フォレスト・グリズリー──その名の通り、森林に生息する巨大な熊型の魔獣だ。

体長は成人男性の数倍にも及び、分厚い毛皮と筋肉で覆われた肉体は、並の剣では傷一つ付けられないとされる。


その上、驚異的な腕力と素早さを兼ね備え、一度狙われれば逃れるのは困難。

初心者の冒険者が相手にするには、あまりにも荷が重い存在だ。


私は依頼書の裏側を見た。


「……あら、あの受付のお姉さん。粋なことをしてくださいますわね」


依頼書の裏には直筆で『どうかご無理はなさらず』。と書いていた。


「ありがたいお言葉ですが、生憎私はフォレスト・グリズリー程度では負けませんわ」


私は地面に足を踏みしめ、周囲の気配を探る。


──風の音、木々のざわめき、枝を踏む小動物の足音。

すべてが鮮明に耳に届く。


これは《剣聖》の効果によるものだろう。

スキルが発動している間、私は周囲のすべてを捉えることができる。


「……あちらですわね」


耳を澄ますと、獣の唸り声が微かに響いた。


私は音の方向へと静かに歩を進める。


──やがて、視界に広がったのは倒木と荒れ果てた草地だった。


「……!」


そして、その中央に佇む影──


体長は三メートルを超え、分厚い毛皮はまるで鋼鉄の鎧のように光を反射している。

その両目は血のように赤く、鋭い爪はまるで刃物のように輝いていた。


──フォレスト・グリズリー。


その圧倒的な存在感に、一瞬だけ背筋が凍る。


だが、私は剣を握り直し、静かに前へと進んだ。


「……貴方が、この森を荒らしているお方ですわね?」


グリズリーの耳がピクリと動き、次の瞬間、唸り声と共にこちらを睨んだ。


「────ッ!」


その瞬間、地面が揺れた。


フォレスト・グリズリーが咆哮を上げ、地を蹴って一気に距離を詰めてきたのだ。


「速い……!」


体格に似合わぬ速度。

しかし──


「それでも、遅いですわね!」


スキル発動──《剣聖》


視界が鮮明になり、グリズリーの動きがまるでスローモーションのように見える。


私は最小限の動きでその巨体をかわし、即座に反撃に転じた。


「──はっ!」


手に持つ剣を横に振り、グリズリーの脇腹を斬る。


だが、分厚い毛皮が刃を弾き、火花が散った。


「……流石ですわね。Cランク相当なだけはありますわ」


私は距離を取り、次の一手を考える。


フォレスト・グリズリーが再び構え直す。

その目には、獲物を狙う獣の本能が宿っていた。


──だが、私に恐れはなかった。


「では、こちらも本気を出しますわ」


私は剣を構え、体に力を込める。


スキル発動──《武神》


全身の筋力と反射神経が限界を超えて高まり、身体が軽く感じられる。


「さあ、参りますわよ!」


私が地面を蹴った瞬間、衝撃波が周囲の草を吹き飛ばした。


一瞬でグリズリーの懐に入り込む。

巨体が振り下ろす爪を紙一重でかわし、その腕を一刀両断──


「──斬界・壱式!」


剣が風を切り裂き、グリズリーの前脚を斬り飛ばす。


「グォォォォォォォ!!」


絶叫が森に響く。


だが、私は動きを止めない。


「これで終わりですわああああっ!」


全身の力を剣に込め、一気に跳躍──


グリズリーの頭部目掛けて、剣を振り下ろした。


「──斬界・終式!!」


一閃。


刹那、グリズリーの巨体が無音のまま地面に沈んだ。


──静寂。


私の荒い息遣いだけが、森の中に響く。


「……ふぅこれで、依頼達成ですわね。これがCランクですのね。確かに、ギルドの中にいた誰よりもお強い方でしたわ」


剣を収め、森を見渡す。


今、確かに私は冒険者としての第一歩を踏み出したのだ。


その実感を噛み締める。ようやく冒険者として依頼を達成した。


「……さて、確かギルドの規定では討伐の証として、魔獣の一部を持ち帰る必要がありましたわね。……どの部分をお持ちすればいいので?」


迷った末、結局私はフォレスト・グリズリーを担ぎ上げギルドへと帰ることにした。

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