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第十二話「Bランク依頼と、圧倒的な実力」

 冒険者ギルドの掲示板は、朝から多くの人々で賑わっていた。


「さて、今日の依頼はどれにいたしましょうか?」


 私は掲示板に並ぶ依頼書の中から、目を滑らせていく。


 【盗賊団の討伐】

 【遺跡の探索と護衛】

 【大型魔獣討伐:ストーム・ウルフ】

 【魔導植物の採取(要護衛)】


 どれもCランク以上の依頼ばかりだ。先日のフォレスト・グリズリー討伐によって、私が新人冒険者としては破格の実力を持つことが知られたためだろうか。受付嬢からも「もっと難しい依頼でも大丈夫でしょう」と勧められていた。


しかし、それによって他の冒険者が現在迷惑被っている状態。多方面から愚痴が聞こえ、誰も掲示板を見ようともしない。それもそのはずである。今までCランクの依頼なんてものはあっても一つか二つ程度。それが新米の冒険者。それもお貴族の令嬢が初の依頼でCランクの相当の依頼をクリアしてしまったのだ。


(外野が少しうるさいですわね)


私がそう思っていると、受付のお姉さんがギルドに響き渡る声で冒険者全員に聞こえるように言う──


「口だけは達者な冒険者の皆様!口ばかり動かしていないで依頼を受けてください!ここは冒険者ギルドであって飲食や愚痴をこぼす場ではありません!依頼はまだまだあるのです!それでもこのまま依頼を受けないと言うなら……皆様の冒険者資格を剥奪──」


と言いかけたところで今まで掲示板に見向きもしなかった冒険者達が掲示板に集まってきた。


「あの……お嬢様、本当に大丈夫でしたか?ここはあまりお嬢様に相応しくない場かとミレーヌは思います」


 隣に立つミレーヌが、不安げに私を見る。


「大丈夫ですわ。そんな事より」


「そんな事……」


「私、次はもう少し難易度の高い依頼を試してみたくて。Bランク、これを受けましょうミレーヌ」


私は先ほどの声を上げた受付のお姉さんに依頼書を手渡した。


「これをお願いしますわ」


「 ストーム・ウルフですね。かしこまりました」


「先ほどのお姉さんの喝はとても賞賛に値するものでしたわ」


「リリアナ様にそう言われるとは、光栄です」


受付のお姉さんはにっこりと笑った。


「そんなに畏まらなくてもいいのですのよ。今の私はただの冒険者リリアナ。貴族の身分ではありませんのよ」


「それでも、尊敬に値する方であるのは間違いありませんので」


(見かけによらず頑固ですわね……)


「そう、ならお好きに呼んでいただいて──」


「あなたは分かっているのですね!お嬢様の凄さを!」


突然ミレーヌが受付嬢の手を取った。


「え、ええ」


「……ミレーヌ。お姉さんが困っていますわよ?」


「あ、申し訳ありませんでした!私としたことが……」


ミレーヌの取り乱すところなんて初めて見たかもしれないですわね。


「それにしてもお嬢様。その……Bランクの依頼は、Cランクとは比べ物にならない危険があると聞きました。お嬢様、どうか無理だけはなさらないでください。お嬢様がお強いのは存じ上げていますが、流石に……」


 ミレーヌの心配は当然だった。冒険者の世界では、ランクが一つ上がるだけで危険度が飛躍的に増す。


 だが、私は確信していた。


(今の私なら、きっと──)


 それに私はすでに掲示板の中央に貼られていた一枚の依頼書を受付に手渡している。今更キャンセルはできない。


【指定の魔獣討伐:ストーム・ウルフ】

 報酬金額:金貨200枚

 難易度:Bランク

 依頼内容:街道付近に現れる風属性の魔獣「ストーム・ウルフ」を討伐せよ


「ミレーヌ、大丈夫ですわ。そのストーム・ウルフとやらをパパッと倒して祝賀会?でも上げましょう?」


(貴族の間では何て言うのかしら)


OLだった私にはせいぜい打ち上げという言葉しか出てこなかった。


(……打ち上げかぁ。懐かしいですわねぇ)


久しぶりに前世のことを思い出した。それもあまりよくない思い出の一つを。


そんな私が思い出に耽っている時だった。


ギルド内にざわめきが広がった。


「お、おい……今度はあの嬢ちゃんBランクだとよ!?」


「あのフォレスト・グリズリーを倒したって噂の子か……!?でも、いくらなんでも早すぎるだろ!」


「普通、Bランクの依頼なんてベテランでも苦戦するんだぞ!……いや待て、しかも今回はもう一人連れていくようだ。一人じゃないぞ!」


「まさか、あのメイドの嬢ちゃんも実力者なのか……?俺、もう自信無くなってきた」


「気が合うな、俺もだ。もう引退かな……」


 冒険者たちの視線が一斉に集まり、そのほとんどが驚愕の顔に染まっていた。


「お嬢様……」


 ミレーヌが心配そうに私を見上げる。


「ご安心なさい、ミレーヌ。私は大丈夫ですわ。……それに、貴女も一緒に来るのでしょう?」


「ええ、もちろんです!お嬢様の護衛として、私もお供いたします!」


 その言葉に、私は心の中で小さく笑った。


(護衛……ね。ふふ、きっと驚くことになりますわよ)


 ---


 私はミレーヌと共にギルドを出発し、街道へと続く森の中を歩いていた。

ミレーヌも同行のために冒険者登録を済まし、短剣を装備していた。

お嬢様を守るためと、私がつい最近稼いだ報酬金よりも高くて良いものを……。


(主人より良いものを買うとはやりますわね。ミレーヌ……)


「ストーム・ウルフは通常の狼と違い、風の魔力を操る。そのため、素早さが桁違いだとお姉さんが言っていましたわ」


「はい、魔力によって体を加速させるため、動きが予測しづらいとかも……。お嬢様、くれぐれもお気をつけて!」


「大丈夫ですわ。心配には及びません」


 私は腰の剣にそっと手を添えた。


 ──その時。


「──来ましたわ!」


 茂みの奥から風を裂くような唸り声が響いた。

 木々がざわめき、枯葉が渦を巻いて舞い上がる。


「お嬢様、後ろへ!」


 ミレーヌが素早く前に出て短剣を構える。


 ──だが、私はその肩に手を置いた。


「心配には及びませんわ。ここからは私の仕事ですので」


「お、お嬢様……?」


 その時、茂みを突き破って銀色の影が飛び出した。


 ──ストーム・ウルフ。


 その体長は人間の二倍はあろうかという巨体に、銀色の毛並みが風に揺れるたびに淡く輝いて見えた。


「グルルルル……!」


 目は獲物を見据える獣のそれ。牙が鋭く光を反射し、一歩踏み出すごとに大地が震える。Bランクで大地が、風が、草木が震えている。


(Aランクはどれほど強いのかしら)


私はすでに次の事を考えていた。


「……来ますわね」


 私は剣を抜き、静かに構えた。


 スキル発動──《剣聖》


 視界が広がり、周囲の動きが鮮明に見える。


「グアァァァッ!!」


 次の瞬間、ストーム・ウルフが咆哮と共に風を巻き上げて襲い掛かってきた。


「速いっ……!」


 ミレーヌが息を呑むのが分かった。


 ──だが、私にとっては遅すぎた。


「はあああっ!」


 私は一歩踏み出し、最小限の動きで狼の牙をかわすと、その横腹へ剣を叩き込んだ。


 ザンッ!!


「ギャウッ!?」


 銀色の毛皮が裂け、血飛沫が舞う。だが、これで終わりではない。


「まだですわ!」


 私は一気に懐へと飛び込み、狼の顎を避けながら胸元へと剣を突き立てた。


「──斬界・弐式!」


 剣に込めた力が爆発し、狼の巨体が吹き飛んで地面に叩きつけられる。


「グルル……ガァァッ!!」


 それでも、ストーム・ウルフは立ち上がった。だが、その足元はすでにふらついていた。


「お嬢様……!あのような魔獣をお一人で……!?」


 ミレーヌが息を呑む中、私は最後の一撃を放つために跳躍した。


「これで終わりですわああああっ!」


 スキル発動──《武神》


 全身の筋力が限界を超え、剣が風を切り裂く。


「斬界・終式!!」


 剣が風を裂き、狼の首を一閃。


 ──ドサッ。


 ストーム・ウルフの巨体が地に沈んだ。


 ……そして静寂。


「お、お嬢様……!」


 ミレーヌが駆け寄ってくる。


「そんな顔をしなくても無事ですわよ」


「でも、あんな魔獣をお一人で……」


「ふふ、これくらいはまだ序の口ですわよ?」


 私は剣を収め、狼の毛皮を討伐の証として切り取った。


 ---


 ギルドに戻ると、再び冒険者たちの視線が私に集まった。


「今度はBランクの依頼を……?」


「まさか、もうBランク魔獣まで討伐するとは……」


「これで二回目だぞ……しかも、まだ冒険者になって間もないのに……!」


 その声は驚愕と、そして尊敬に変わりつつあった。


「お、お嬢様……すごいです!流石です、私ミレーヌ、感激のあまり失心しそうです!」


 隣でミレーヌが目を輝かせている。


「それは迷惑ですからやめなさいミレーヌ。でも……これで、私も少しはこの街で名前を覚えてもらえたでしょうか」


 冒険者としての道を歩み始めて、わずか数日。

私は着実に冒険者リリアナとしてこの国に名を刻み始めていた。


だが、それを”よく思わない者”が居るのを忘れてはいけない。


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