ギルドの朝は、いつもより一層賑わっていた。
「さて、次はどの依頼にいたしましょうか?」
私は掲示板の前に立ち、慎重に依頼書を選んでいた。周囲の冒険者たちの視線がこちらに集まっているのを感じるが、もう気にすることはない。Cランク、Bランクと立て続けに依頼を成功させたことで、私の名前はこの街でもかなり知られるようになっていた。
──だが、今日はさらに上を目指す。
「お嬢様……まさか、次はAランクの依頼を?」
隣に立つミレーヌが心配そうに私を見上げる。
「ええ、もちろん次はAランクですわ。今の私ならきっと──」
その時だった。
ギルドの扉が大きく開き、数人の兵士が堂々と歩み入ってきた。重い鎧の音が床に響き、周囲の冒険者たちが次々と道を空ける。
「なんだ……兵士か?」
「いや、あの紋章は……まさか王宮の近衛騎士団か?」
ざわめきの中、先頭の男が一歩前に出た。
「リリアナ・フォン・エルフェルト殿!」
その呼びかけに、私は眉をひそめた。
(私をフルネームで呼ぶ者……只事ではありませんわね)
「……私に何の御用でしょうか?」
「王太子殿下が貴殿にお話があるとのことです。至急、王宮までご同行願います」
その言葉に、ギルド内が一瞬で静まり返る。
「王太子……?まさか、あの婚約破棄したっていう……?」
「なんで今さら……?」
「しかも、冒険者として活動してるお嬢ちゃんを呼びつけるなんて……」
冒険者たちの声が耳に入ってくるが、私は動じずに兵士を見つめた。
(確かに婚約は破棄されたはず……なぜ今更?)
「……分かりました。ご案内をお願いいたします」
「お、お嬢様……」
「大丈夫ですわ、ミレーヌ。少しお話をしてくるだけですから」
私はミレーヌを安心させるように微笑み、兵士たちの後を追った。
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馬車に揺られながら、私は窓の外の景色を眺めていた。街並みを通り抜け、やがて視界に現れたのは、白亜の壁と尖塔がそびえる壮麗な王宮。
かつて、王太子との婚約者として何度か訪れたことのある場所──だが、今の私は冒険者だ。
(……今さら、何の用かしら?)
馬車が止まり、私は兵士に案内されて王宮の広間へと足を踏み入れた。
──そして、そこに立っていたのは。
「……久しぶりですね、リリアナ殿」
青のタキシードを纏い、冷静な瞳でこちらを見つめる男。
アレクシス・フォン・ルクセリア王太子。
かつて私の婚約者であり、そして「剣を握る者が王妃に相応しいとは思えない」と告げた人物だった。
「お呼びだと伺いましたが、いったい私に何の御用でしょうか?」
私は一礼し、淡々とした声で問いかけた。
「……先日から貴女の噂を耳にしました」
「噂……?」
「フォレスト・グリズリー、ストーム・ウルフ──いずれも、並の冒険者では成し得ない討伐だ」
アレクシスは一歩近づき、その瞳に何かを宿しながら続けた。
「……私は考え直したのです、リリアナ殿」
「考え直したとは?」
「そうだ。私はあの時、貴女を正しく評価できなかった。しかし今、貴女の力を知り、もう一度申し上げたい」
一拍置き、彼は告げた。
「──婚約破棄を、訂正させていただきたい」
その言葉に、私は目を見開いた。
「……婚約を、訂正?」
「貴女ほどの才を持つ者こそ、この国の未来を共に歩むべきだと悟ったのです。私の隣で、王妃として共に生きてほしい」
アレクシスの声は真剣だった。以前のような迷いや疑念はなく、ただ一つの決意を伝えようとしていた。
だが、私は目を伏せ、静かに息を吐いた。
「……申し訳ありませんが、その申し出はお受けできませんわ」
「なっ……?」
アレクシスの目が揺らぐ。
「私は今、冒険者として生きています。貴族令嬢としての道を捨て、この力を人々のために役立てることを選びました」
「しかし、それでも王妃として──」
「いいえ、それは貴方の望む“理想の王妃”ではありませんでしょう?」
私は彼の瞳をまっすぐに見つめ、言葉を続けた。
「私が剣を握ることを否定したのは、誰でもない貴方です。それを今さら、その力を知ったからといって都合よく求められても──私はもう、貴族として生きるつもりはありませんわ」
その声には迷いも後悔もなかった。私はすでに、歩むべき道を決めているのだから。
「リリアナ殿……!」
「どうか、私ではなく国のために相応しい方をお探しくださいませ。私はもう、貴方の隣には立ちません。私は冒険者の道を行くことを決めましたので」
私は深く一礼し、踵を返した。
王太子の声は、私を追ってこなかった。
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再び馬車に揺られながら、私は静かに目を閉じた。
(これで、もう過去に縛られることはない……)
婚約という名の鎖は、完全に断ち切られた。
私は自由だ。剣を握り、この力を信じこれからは冒険者として生きていく。
「──次こそ、Aランクの依頼を達成してみせますわ!」
そう心に誓い、私は冒険者としての未来へと進むと誓った。
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「チッ、リリアナ・フォン・エルフェルトめ。この僕自らの申し出だぞ!ふざけるな!」
アレクシスは王宮の壁を蹴り上げた。
「アレクシス様、どうかお気を鎮めてくださいませ」
黒の正装に身を包んだ老人が、アレクシス王太子を宥める。
「黙れアルフォード!元はといえばお前がやつの能力を把握出来ていなかったからだ!全てお前の責任だ!」
アレクシスは王宮に響き渡る声で執事のアルフォードに怒鳴り散らかした・
「……そうは言われましても、ほんの少し前までは確かにリリアナ・フォン・エルフェルトはなんの力もない非力な娘でした」
「ならそんな非力な娘がなぜあれほどの名声を得ているのだ!ただ剣を少し扱えるだけの娘だと思っていた……だが、今や彼女はこの国の第一級冒険者だ!僕もまだにわかには信じ難いが、この国ではもう彼女の話題で持ちきりだ!何とかして彼女を手にいれるぞ、アルフォード」
「しかし、どうなさるおつもりで?」
「……僕に良い考えがある。リリアナ・フォン・エルフェルトを確実に僕の手にする方法がな」
リリアナが冒険者として名を馳せる一方で、その裏では彼女を狙う手が密かに動き出していた。