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第十三話「王太子の呼び出しと婚約破棄の訂正」

 ギルドの朝は、いつもより一層賑わっていた。


「さて、次はどの依頼にいたしましょうか?」


 私は掲示板の前に立ち、慎重に依頼書を選んでいた。周囲の冒険者たちの視線がこちらに集まっているのを感じるが、もう気にすることはない。Cランク、Bランクと立て続けに依頼を成功させたことで、私の名前はこの街でもかなり知られるようになっていた。


 ──だが、今日はさらに上を目指す。


「お嬢様……まさか、次はAランクの依頼を?」


 隣に立つミレーヌが心配そうに私を見上げる。


「ええ、もちろん次はAランクですわ。今の私ならきっと──」


 その時だった。


 ギルドの扉が大きく開き、数人の兵士が堂々と歩み入ってきた。重い鎧の音が床に響き、周囲の冒険者たちが次々と道を空ける。


「なんだ……兵士か?」


「いや、あの紋章は……まさか王宮の近衛騎士団か?」


 ざわめきの中、先頭の男が一歩前に出た。


「リリアナ・フォン・エルフェルト殿!」


 その呼びかけに、私は眉をひそめた。


(私をフルネームで呼ぶ者……只事ではありませんわね)


「……私に何の御用でしょうか?」


「王太子殿下が貴殿にお話があるとのことです。至急、王宮までご同行願います」


 その言葉に、ギルド内が一瞬で静まり返る。


「王太子……?まさか、あの婚約破棄したっていう……?」


「なんで今さら……?」


「しかも、冒険者として活動してるお嬢ちゃんを呼びつけるなんて……」


 冒険者たちの声が耳に入ってくるが、私は動じずに兵士を見つめた。


(確かに婚約は破棄されたはず……なぜ今更?)


「……分かりました。ご案内をお願いいたします」


「お、お嬢様……」


「大丈夫ですわ、ミレーヌ。少しお話をしてくるだけですから」


 私はミレーヌを安心させるように微笑み、兵士たちの後を追った。


 ---


 馬車に揺られながら、私は窓の外の景色を眺めていた。街並みを通り抜け、やがて視界に現れたのは、白亜の壁と尖塔がそびえる壮麗な王宮。


 かつて、王太子との婚約者として何度か訪れたことのある場所──だが、今の私は冒険者だ。


(……今さら、何の用かしら?)


 馬車が止まり、私は兵士に案内されて王宮の広間へと足を踏み入れた。


 ──そして、そこに立っていたのは。


「……久しぶりですね、リリアナ殿」


 青のタキシードを纏い、冷静な瞳でこちらを見つめる男。


 アレクシス・フォン・ルクセリア王太子。


 かつて私の婚約者であり、そして「剣を握る者が王妃に相応しいとは思えない」と告げた人物だった。


「お呼びだと伺いましたが、いったい私に何の御用でしょうか?」


 私は一礼し、淡々とした声で問いかけた。


「……先日から貴女の噂を耳にしました」


「噂……?」


「フォレスト・グリズリー、ストーム・ウルフ──いずれも、並の冒険者では成し得ない討伐だ」


 アレクシスは一歩近づき、その瞳に何かを宿しながら続けた。


「……私は考え直したのです、リリアナ殿」


「考え直したとは?」


「そうだ。私はあの時、貴女を正しく評価できなかった。しかし今、貴女の力を知り、もう一度申し上げたい」


 一拍置き、彼は告げた。


「──婚約破棄を、訂正させていただきたい」


 その言葉に、私は目を見開いた。


「……婚約を、訂正?」


「貴女ほどの才を持つ者こそ、この国の未来を共に歩むべきだと悟ったのです。私の隣で、王妃として共に生きてほしい」


 アレクシスの声は真剣だった。以前のような迷いや疑念はなく、ただ一つの決意を伝えようとしていた。


 だが、私は目を伏せ、静かに息を吐いた。


「……申し訳ありませんが、その申し出はお受けできませんわ」


「なっ……?」


 アレクシスの目が揺らぐ。


「私は今、冒険者として生きています。貴族令嬢としての道を捨て、この力を人々のために役立てることを選びました」


「しかし、それでも王妃として──」


「いいえ、それは貴方の望む“理想の王妃”ではありませんでしょう?」


 私は彼の瞳をまっすぐに見つめ、言葉を続けた。


「私が剣を握ることを否定したのは、誰でもない貴方です。それを今さら、その力を知ったからといって都合よく求められても──私はもう、貴族として生きるつもりはありませんわ」


 その声には迷いも後悔もなかった。私はすでに、歩むべき道を決めているのだから。


「リリアナ殿……!」


「どうか、私ではなく国のために相応しい方をお探しくださいませ。私はもう、貴方の隣には立ちません。私は冒険者の道を行くことを決めましたので」


 私は深く一礼し、踵を返した。


 王太子の声は、私を追ってこなかった。


 ---


 再び馬車に揺られながら、私は静かに目を閉じた。


(これで、もう過去に縛られることはない……)


 婚約という名の鎖は、完全に断ち切られた。


 私は自由だ。剣を握り、この力を信じこれからは冒険者として生きていく。


「──次こそ、Aランクの依頼を達成してみせますわ!」


 そう心に誓い、私は冒険者としての未来へと進むと誓った。



---


「チッ、リリアナ・フォン・エルフェルトめ。この僕自らの申し出だぞ!ふざけるな!」


アレクシスは王宮の壁を蹴り上げた。


「アレクシス様、どうかお気を鎮めてくださいませ」


黒の正装に身を包んだ老人が、アレクシス王太子を宥める。


「黙れアルフォード!元はといえばお前がやつの能力を把握出来ていなかったからだ!全てお前の責任だ!」


アレクシスは王宮に響き渡る声で執事のアルフォードに怒鳴り散らかした・


「……そうは言われましても、ほんの少し前までは確かにリリアナ・フォン・エルフェルトはなんの力もない非力な娘でした」


「ならそんな非力な娘がなぜあれほどの名声を得ているのだ!ただ剣を少し扱えるだけの娘だと思っていた……だが、今や彼女はこの国の第一級冒険者だ!僕もまだにわかには信じ難いが、この国ではもう彼女の話題で持ちきりだ!何とかして彼女を手にいれるぞ、アルフォード」


「しかし、どうなさるおつもりで?」


「……僕に良い考えがある。リリアナ・フォン・エルフェルトを確実に僕の手にする方法がな」


リリアナが冒険者として名を馳せる一方で、その裏では彼女を狙う手が密かに動き出していた。

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