冒険者ギルドの朝は、今日も活気に満ちていた。
しかし、いつものざわめきにしては、私を意識した視線が混じっているのを感じる。
(……随分と目立ってしまいましたわね)
Cランクのフォレスト・グリズリー、Bランクのストーム・ウルフ、そしてAランクのブラッド・グリフォン。
立て続けに討伐したことで、私の名は今やこの国の冒険者の間でも知らぬ者が居ないほどだ。
「お嬢様、今日はついにSランク依頼を受けるのですね?」
隣でミレーヌが期待と不安の入り混じった声を上げる。
私は掲示板に目を向け、慎重に依頼を選んでいた。
「ええ、これまでの戦績を考えれば、次はSランクが妥当ですわね」
掲示板には様々な依頼が並んでいたが──
【魔導竜の討伐】
【古代遺跡の探索と護衛】
【貴族の要人護衛】
【禁忌の魔法書回収】
目を滑らせるものの、どれもAランクまでの依頼だ。
Sランクの依頼は、いくら探しても見当たらない。
(おかしいですわね……これだけの規模のギルドなら、一つくらいあってもいいはずですのに)
私は受付に向かい、顔馴染みの受付嬢に声をかけた。
「お姉さん、Sランクの依頼はありませんの?」
「Sランクですか……?」
受付嬢は少し申し訳なさそうに眉を下げた。
「実は、この国ではAランクが最高ランクの依頼となっております。Sランク以上の依頼は、この国のギルドには存在しないのです」
「まあ……」
私は思わず肩を落とした。
(これでは、もっと上を目指すという目標が……)
「Sランクの依頼を受けたいのであれば、隣国のギルドに登録する必要がありますが、今すぐは難しいかと……」
「そうですのね。ならば仕方ありませんわ。もう一度Aランクを受けることにいたしましょう」
「お嬢様、大丈夫ですか?」
「もちろんですわ、ミレーヌ。これまでもそうしてきましたもの。次は──」
私は迷わず、掲示板の中央に貼られていた一枚を手に取った。
【指定の魔獣討伐:ダーク・サーペント】
報酬金額:金貨350枚
難易度:Aランク
依頼内容:近隣の湖に現れる巨大水蛇「ダーク・サーペント」の討伐
「よし、これをお願いしますわ!」
私は依頼書を受付に叩きつける。その音に周りの冒険者はもう気にもしない。またか、という反応である。
(流石にもう驚きはしませんのね。皆さんの反応、結構面白かったのに)
「かしこまりました。リリアナ様でしたら、きっとご無事で帰還されるでしょう」
受付嬢は書類に手際よく記入を済ませ、私に依頼書を手渡した。
「お嬢様、どうかお気をつけてくださいね。今度の相手は水中に生息する魔獣です。地上戦とは勝手が違いますので……」
「大丈夫ですわ。どんな状況であろうと、私の剣は届きますので」
そう答えると、私はギルドを後にした。
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今回の討伐対象の元である湖へと向かう道中、ミレーヌが何度もこちらを気にしていた。
「お嬢様、本当に大丈夫なのでしょうか?今回の相手は水中に棲む魔獣です。地上戦とは勝手が違います……」
「心配には及びませんわ、ミレーヌ。これまでも、どんな相手にも勝ってきましたもの。地上も、空も、水中もさほど変わりはしませんわ」
「でも……」
「それに、今回は私一人ではありませんわ」
私は優しく微笑んで彼女の肩を叩いた。
「貴女も、もう立派な冒険者ですもの。共に戦えるでしょう?」
「は、はい……!お嬢様の足を引っ張らないよう、全力を尽くします!」
「その意気ですわ!」
ミレーヌはまだ一度も戦闘はしたことがない。全てリリアナが討伐している為だ。
しかし、依頼からリリアナと共に帰還する姿を見る冒険者からすれば、ミレーヌも相当やばい実力者として認知されていたのだった。
それでも私たちは二人で顔を見合わせ、笑い合う。
だが──
胸の奥に、僅かな不安があった。
(……どうしてでしょう。今回の依頼には、これまでとは違う予感がしますわ)
私は剣の柄をそっと握りしめ、森の奥へと歩を進めた。
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「ここが、依頼にあった湖ですわね」
夕陽に染まる湖面は美しくも、どこか不気味な気配を漂わせていた。
水面が不自然に揺れ、時折何かが動く気配がある。
「お嬢様、気をつけてください!ダーク・サーペントは突然水中から飛び出してくるとお聞きしました!」
「分かっていますわ──来ますわね!」
その瞬間、湖の中央が爆発したかのように水柱が吹き上がる。
「グルルルルアアアァァァッ!!」
巨大な蛇の頭が姿を現した。
漆黒の鱗に覆われた体は湖面を滑るように動き、その瞳は赤い光を放っていた。
口を開けば鋭い牙が並び、毒を含んだ唾液が滴り落ちる。その唾液はどんなものでも溶かすという。
「これがダーク・サーペント……!」
「お嬢様、私も戦います!」
「いいえ、ミレーヌ!これは私に任せなさい!」
剣を構え、私は湖の岸辺へと駆け出した。
「さあ、来なさい──!!」
スキル発動──《剣聖》
視界が広がり、蛇の動きがゆっくりと見える。
その巨体が水面を割り、こちらへと突進してくる。
「はああああっ!!」
私は一気に跳躍し、蛇の頭上へと飛び乗る。
滑る鱗に足を取られそうになりながらも、剣を振り下ろした。
「斬界・壱式!!」
刃が鱗を砕き、血飛沫が宙を舞う。
しかし──
「グルルルアアアッ!!」
蛇は暴れながら水中へと潜ろうとする。私は咄嗟に剣を振り抜き、その体を体で抑え込んだ。
「武神──発動!逃がしませんわっ!!」
だが、その時だった──
「ほう……なかなかやるじゃないか、令嬢殿」
突然、背後から聞き慣れない男の声が響いた。
「……誰!?」
振り返った瞬間、私は息を呑んだ。
そこには、漆黒のローブを纏った男が立っていた。
顔には無数の傷跡が走り、鋭い眼光がこちらを射抜いている。
「名乗る必要はない。だが、貴様の首はいただく。──王太子殿下のご命令でな」
「なっ……王太子!?ってうおあああああっ!?」
ダーク・サーペントが私を振り解き水中に潜ってしまった。
「はぁ、あと少しでしたのに逃しましたわ……誰かは知りませんがあなたのせ──」
「お嬢様、危ないっ!!」
次の瞬間、男の剣が閃いた。