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第十五話「現れたSランク冒険者、王太子の影」

 冒険者ギルドの朝は、今日も活気に満ちていた。

 しかし、いつものざわめきにしては、私を意識した視線が混じっているのを感じる。


(……随分と目立ってしまいましたわね)


 Cランクのフォレスト・グリズリー、Bランクのストーム・ウルフ、そしてAランクのブラッド・グリフォン。

 立て続けに討伐したことで、私の名は今やこの国の冒険者の間でも知らぬ者が居ないほどだ。


「お嬢様、今日はついにSランク依頼を受けるのですね?」


 隣でミレーヌが期待と不安の入り混じった声を上げる。

 私は掲示板に目を向け、慎重に依頼を選んでいた。


「ええ、これまでの戦績を考えれば、次はSランクが妥当ですわね」


 掲示板には様々な依頼が並んでいたが──


【魔導竜の討伐】

【古代遺跡の探索と護衛】

【貴族の要人護衛】

【禁忌の魔法書回収】


 目を滑らせるものの、どれもAランクまでの依頼だ。

 Sランクの依頼は、いくら探しても見当たらない。


(おかしいですわね……これだけの規模のギルドなら、一つくらいあってもいいはずですのに)


 私は受付に向かい、顔馴染みの受付嬢に声をかけた。


「お姉さん、Sランクの依頼はありませんの?」


「Sランクですか……?」


 受付嬢は少し申し訳なさそうに眉を下げた。


「実は、この国ではAランクが最高ランクの依頼となっております。Sランク以上の依頼は、この国のギルドには存在しないのです」


「まあ……」


 私は思わず肩を落とした。


(これでは、もっと上を目指すという目標が……)


「Sランクの依頼を受けたいのであれば、隣国のギルドに登録する必要がありますが、今すぐは難しいかと……」


「そうですのね。ならば仕方ありませんわ。もう一度Aランクを受けることにいたしましょう」


「お嬢様、大丈夫ですか?」


「もちろんですわ、ミレーヌ。これまでもそうしてきましたもの。次は──」


 私は迷わず、掲示板の中央に貼られていた一枚を手に取った。


【指定の魔獣討伐:ダーク・サーペント】

報酬金額:金貨350枚

難易度:Aランク

依頼内容:近隣の湖に現れる巨大水蛇「ダーク・サーペント」の討伐


「よし、これをお願いしますわ!」


私は依頼書を受付に叩きつける。その音に周りの冒険者はもう気にもしない。またか、という反応である。


(流石にもう驚きはしませんのね。皆さんの反応、結構面白かったのに)


「かしこまりました。リリアナ様でしたら、きっとご無事で帰還されるでしょう」


 受付嬢は書類に手際よく記入を済ませ、私に依頼書を手渡した。


「お嬢様、どうかお気をつけてくださいね。今度の相手は水中に生息する魔獣です。地上戦とは勝手が違いますので……」


「大丈夫ですわ。どんな状況であろうと、私の剣は届きますので」


 そう答えると、私はギルドを後にした。


---


 今回の討伐対象の元である湖へと向かう道中、ミレーヌが何度もこちらを気にしていた。


「お嬢様、本当に大丈夫なのでしょうか?今回の相手は水中に棲む魔獣です。地上戦とは勝手が違います……」


「心配には及びませんわ、ミレーヌ。これまでも、どんな相手にも勝ってきましたもの。地上も、空も、水中もさほど変わりはしませんわ」


「でも……」


「それに、今回は私一人ではありませんわ」


 私は優しく微笑んで彼女の肩を叩いた。


「貴女も、もう立派な冒険者ですもの。共に戦えるでしょう?」


「は、はい……!お嬢様の足を引っ張らないよう、全力を尽くします!」


「その意気ですわ!」


ミレーヌはまだ一度も戦闘はしたことがない。全てリリアナが討伐している為だ。

しかし、依頼からリリアナと共に帰還する姿を見る冒険者からすれば、ミレーヌも相当やばい実力者として認知されていたのだった。


 それでも私たちは二人で顔を見合わせ、笑い合う。

 だが──


 胸の奥に、僅かな不安があった。


(……どうしてでしょう。今回の依頼には、これまでとは違う予感がしますわ)


 私は剣の柄をそっと握りしめ、森の奥へと歩を進めた。


---


「ここが、依頼にあった湖ですわね」


 夕陽に染まる湖面は美しくも、どこか不気味な気配を漂わせていた。

 水面が不自然に揺れ、時折何かが動く気配がある。


「お嬢様、気をつけてください!ダーク・サーペントは突然水中から飛び出してくるとお聞きしました!」


「分かっていますわ──来ますわね!」


 その瞬間、湖の中央が爆発したかのように水柱が吹き上がる。


「グルルルルアアアァァァッ!!」


 巨大な蛇の頭が姿を現した。

 漆黒の鱗に覆われた体は湖面を滑るように動き、その瞳は赤い光を放っていた。

 口を開けば鋭い牙が並び、毒を含んだ唾液が滴り落ちる。その唾液はどんなものでも溶かすという。


「これがダーク・サーペント……!」


「お嬢様、私も戦います!」


「いいえ、ミレーヌ!これは私に任せなさい!」


 剣を構え、私は湖の岸辺へと駆け出した。


「さあ、来なさい──!!」


 スキル発動──《剣聖》


 視界が広がり、蛇の動きがゆっくりと見える。

 その巨体が水面を割り、こちらへと突進してくる。


「はああああっ!!」


 私は一気に跳躍し、蛇の頭上へと飛び乗る。

 滑る鱗に足を取られそうになりながらも、剣を振り下ろした。


「斬界・壱式!!」


 刃が鱗を砕き、血飛沫が宙を舞う。

 しかし──


「グルルルアアアッ!!」


 蛇は暴れながら水中へと潜ろうとする。私は咄嗟に剣を振り抜き、その体を体で抑え込んだ。


「武神──発動!逃がしませんわっ!!」


 だが、その時だった──


「ほう……なかなかやるじゃないか、令嬢殿」


 突然、背後から聞き慣れない男の声が響いた。


「……誰!?」


 振り返った瞬間、私は息を呑んだ。


 そこには、漆黒のローブを纏った男が立っていた。

 顔には無数の傷跡が走り、鋭い眼光がこちらを射抜いている。


「名乗る必要はない。だが、貴様の首はいただく。──王太子殿下のご命令でな」


「なっ……王太子!?ってうおあああああっ!?」


ダーク・サーペントが私を振り解き水中に潜ってしまった。


「はぁ、あと少しでしたのに逃しましたわ……誰かは知りませんがあなたのせ──」


「お嬢様、危ないっ!!」


 次の瞬間、男の剣が閃いた。

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