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第十六話「迫る刺客」

 ──金属音が森に響き渡った。


「くっ……!ミレーヌ大丈夫ですの!?」


「は、はいお嬢様」


「勝手に前に出てはいけませんわ!私なら大丈夫です!」


「申し訳ありませんお嬢様……」


「でも、私を守ってくれようとしてくれた気持ちは嬉しいものでしたわ。ありがとう、ミレーヌ」


「お嬢様……!」


 私は剣を横に構え、間一髪で男の斬撃を受け止めた。

 剣と剣がぶつかり合い、火花が散る。


(にしてもなんて重さですの……!)


 一撃で腕が痺れるほどの剛力。それはこれまでの魔獣とは明らかに違う。初めての対人戦。

訓練場以来。しかし、実力は今まで見てきた冒険者とは明らかに格が違う。


「……貴方、何者ですの?」


「フン、知らないのも無理はない。俺はSランク冒険者──王太子殿下に”仕える者”だ。それ以上語る理由はない」


「……Sランクですって?」


 その言葉に、胸の奥がざわめいた。


(まさか……この国にはAランクまでしか存在しないはず。それなのに……)


「驚いたか? この国にSランクがいないのは、ただ公にはされていないだけのことだ」


「……つまり、王太子の私兵ということですのね?」


「ご名答。──さて、話はここまでだ。リリアナ・フォン・エルフェルト、貴様にはここで死んでもらう」


「そんなこと、させませんわ!!」


 私は剣を振り払い、男の攻撃を弾いた。


 スキル発動──《剣聖》


 視界が鮮明になり、男の動きがスローモーションのように見える。


「ほう……面白いスキルだな」


 男は口元に笑みを浮かべると、再び刃を振るってきた。


「はああああっ!!」


 私は斬撃をかわし、男の懐に飛び込んだ。

 剣の切っ先をその胸元に突き立て──


「斬界・弐式!!」


「フン、遅い!」


 だが、男は一瞬で後ろに飛び退き、私の攻撃を避けた。


(速い……!)


 これまでの魔獣とは桁違いの反応速度。

 その鋭い動きは、まさに人間だからこそ成せるものだった。


「お嬢様、私も参ります!!」


 ミレーヌが短剣を構え、男の背後に回り込む。


「チッ、小癪な……!」


 男は後ろ手に剣を振り、ミレーヌを牽制した。


「きゃっ……!」


「ミレーヌ、下がりなさい!」


「で、ですが──!」


「これは私の戦いですわ!!」


 その言葉に、ミレーヌは唇を噛んで後退した。


「……さあ、続きをしましょうか、Sランク冒険者さん?」


「ほう……その目、悪くない。だが──」


 男の全身に漆黒の魔力が迸る。

 その剣は魔力を帯び、ただの鉄ではない威圧感を放っていた。


「……来なさい!」


 私は全身に力を込め、剣を構え直した。


 スキル発動──《武神》


 筋力と反応速度が限界を超え、体が軽く感じられる。


「これで決める……!!」


「斬界・終式!!!」


 私は地面を蹴り、男の懐に突進した。


 男もまた、全力の一撃を振るう。


「──死ねえええええリリアナ・フォン・エルフェルトオオオオ!!」


 二つの刃が交錯し、凄まじい衝撃波が森を揺るがした。

 樹々が倒れ、湖の水面が大きく波打つ。


 そして──


「ぐっ……!?」


 その瞬間、男の剣が私の肩を掠め、赤い血が飛んだ。


「お、お嬢様!?」


 だが、私もただでは終わらなかった。

 全身の力を込めた一撃が、男の脇腹を切り裂いていたのだ。


「くっ……!このガキが……!!」


 男は血を押さえ、悔しそうに睨みつけてきた。


「ふふ……これでも、私はただの貴族令嬢ではなく、”令嬢冒険者”ですのよ?」


「クソッ、ここは一旦退く……だが、次は必ずその命、頂く。せいぜい震えて待っていろ」


 男は後ろに飛び退き、黒い煙を巻き上げ姿を消した。


「ちょっと!待ちなさい!!」


 私は男を追おうとしたが、肩の傷のせいで、思うように動かず男を逃してしまった。


「お嬢様、大丈夫ですか!?」


「ええ……心配には及びませんわ、ミレーヌ。少し掠っただけですので」


「ですが、あの男は一体……」


「……王太子が放った刺客と言っておりましたわね。つまり、これからも同じような敵が現れるということですわね……面倒なことになりましたが」


 私は剣を収め、深く息を吐いた。


(……いいでしょう。ならば、私はさらに強くなればいいだけですわ)


「さあ、引き続きダーク・サーペントを仕留めますわよ!」


「はい、お嬢様!!」


 私は再び湖に向き直り、剣を構えた。


 湖から再び夜闇を裂くような咆哮が響き渡る。


「ギャアアアァァッ!!」


 巨大な黒蛇──ダーク・サーペントが、漆黒の鱗を揺らしながらこちらに迫る。その体長は優に十メートルを超え、瞳は血のように赤く光っていた。


「お嬢様、お気をつけて!」


 ミレーヌの声が背後から響くが、私は焦ることなく剣を構えた。


(肩の傷が痛みますが……)


「大丈夫ですわ、これくらい……!」


 スキル発動──《剣聖》


 世界が一瞬で静まり、蛇の動きがスローモーションのように見える。鎌首をもたげた瞬間、私は地面を蹴り、一気に間合いを詰めた。


「斬界・壱式!」


 刃が光を切り裂き、蛇の鱗に衝撃が走る。しかし──


「硬い……!」


 Aランク魔獣の中でも特に防御力に優れるダーク・サーペント。その鱗は鉄のように硬く、ただの一撃では致命傷にはならない。


「お嬢様、後ろです!」


 ミレーヌの叫びと同時に、尾が唸りを上げて襲い掛かる。私は瞬時に飛び退いてかわしたが、地面が爆ぜ、岩が砕け散った。


「これは……少し手強いですわね。あんなのに当たれば致命傷になりかねませんわ……」


 剣を握る手に力を込め、呼吸を整える。


「武神──発動!」


 筋力と反射神経が極限まで高まり、体が驚くほど軽くなる。血潮が滾り、全身が戦いを求めるように熱を帯びる。


「これで終わりですわ!」


 地を蹴ると同時に爆発音が響き、私は一瞬で蛇の懐に飛び込んだ。赤い瞳がこちらを睨みつけ、牙が迫る──だが遅い!


「斬界・終式!!」


 刃が閃き、蛇の巨体を一刀両断する。


「ギャアアアァァッ!!」


 絶叫と共に血飛沫が舞い、蛇の体が地に沈んだ。私は息を整え、剣を収める。


「お嬢様……!」


 駆け寄るミレーヌの顔には、驚愕と安堵が入り混じっていた。


「もう大丈夫ですわ。これでひとまず依頼の方は完了ですわね……」


 私は蛇の牙を討伐の証として切り取り、布で包んだ。


(あの男……それに王太子……嫌な予感がしますわ……)


---


 ギルドに戻ると、いつものように冒険者たちの視線が一斉にこちらに注がれた。

これももう見慣れた光景だ。


「おいおいダーク・サーペントまで討伐しただと……!?水中魔獣でも最強と噂の名高い魔獣だぞ!?」


「いや、もうSランクも夢じゃねぇな……」


「オラァはもう、驚かねぇぜ……」


とジョッキを片手に言う冒険者の手は震えていた。


 その視線はもはや畏敬の念そのものだった。


(よかったですわ。まだ驚いてくれますのね)


私はこの依頼を達成し帰還した後の、冒険者達のリアクションが嫌いじゃない。


「お帰りなさいませ、リリアナ様」


 受付嬢が笑顔で迎え、私は討伐証明を差し出す。


「確かに、ダーク・サーペントの牙ですね。これで依頼は完了です」


「ありがとうございますわ」


 報酬の金貨を受け取り、私は微笑んだ。


「お、お嬢様……本当にすごいです!私、もう感激で言葉が出ません……!」


「ふふっ、これでまた一歩前進しましたわね」


 だが──その笑顔の裏で、すでに次の影が忍び寄っていたことを私はまだ知らなかった。


---


「クソッ!またか!今度はダーク・サーペントだと!?」


 王宮の一室。アレクシス・フォン・ルクセリア王太子は窓の外を見つめながら口元を歪めた。


そこに一人の男が扉を叩いた。


「──アレクシス殿下!話が違うぞ!」


王宮の一室に飛び込んできたのは、顔に無数の傷がある男だった。


「あの女!強いなんてもんじゃない!あのまま戦っていたら俺は確実に死んでいた!何なんだよあの女!殿下!!」


男はアレクシス王太子の足を抱え、言う。


そんな男を見下ろし、


「……まさかSランク冒険者でもあろう貴方が、何の成果もあげずに無様に逃げ帰って来たのですか?」


「い、いいや!あれは無理だ!人間じゃねぇ!誰もあの女には勝て──」


「黙れっ!」


「がはっ!


アレクシス王太子は男を蹴り上げた。


「人間じゃない?ならあの女はなんだ?え?言ってみろ!……それも聞いたぞ”ガイス”。僕の名を出したそうじゃないか。僕は裏から手を回していたのだ。それを自ら名乗るバカがいるか!!」


「あ、あんなに強いなんて聞いていなかったんだ……」


男は口篭った。


「……僕がお前に出した命令は、何だ?言ってみろ」


アレクシスはガイスの頭を踏みつける。


「リリアナ・フォン・エルフェルトの抹殺、および捕獲……」


「そうだ。分かっているじゃないか。なら何故そうしない?今回の件で僕らがやっている事があの女に露見した。それを分かっているのか、ガイス」


「え、ええ。もちろんだ!だがあれは──」


「もういい。言い訳は聞きたくない。アルフォード、この無能は処分だ」


「ちょ、ちょっと待ってください!それは!それだけは!俺はまだやれます!」


ガイスはアレクシスにしがみついた。それにアレクシスは微動だにしない。

そしてそれを見て動いたのは──


「ガイス殿、お見苦しいですぞ。貴殿はもう無用だとアレクシス様に言われたでしょう?」


しかし男はアレクシスの足にしがみつき離さない。


「……仕方ありません。ガイス殿」


アルフォードはアレクシスの足にしがみつくガイスの首元を掴み、軽々と持ち上げ──


「な、何すんだジジイっ!離せ!」


「言葉遣いも乱暴。やはり貴殿は相応しくなかったようです」


「な、何だと!?ジジイ風情が俺を見下してんじゃねぇ!俺はSランク冒険──」


「黙りなさい」


「──ガハッ!?」


アルフォードの拳が持ち上げられたガイスの腹を貫通した。


「な……ジ……ジイ……お前……」


ガイスは息絶えた。


「……アルフォード、掃除は頼んだぞ。ここは僕の部屋だ。汚れたままだと赦しはしない」


「かしこまりました。それと──」


アルフォードが恭しく一枚の書類を差し出す。


「アレクシス様、例の者を手配いたしました」


「ふむ、Sランク冒険者、《影狼》ガルス・クロウリー……か。評判はどうだ?」


「冷徹無比で依頼の成功率は百パーセント。金のためなら手段を選ばぬ男で知られております」


「フフフッ……ではそいつを今すぐ手配しろ。これでリリアナ・フォン・エルフェルトがただの冒険者ではいられなくなるだろう……」


 王太子の笑みは、もはや歪んだ執着以外の何物でもなかった。


 ──そして、その影がリリアナに迫るのは、そう遠くない未来のことだった。

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