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第十七話 「令嬢冒険者と焔銀の剣」

 ──朝の陽光が街並みに降り注ぎ、石畳の道を歩く人々の足音が心地よいリズムを刻んでいた。


 活気あふれる商店街。焼きたてのパンの香ばしい匂い、果物を並べる店主の威勢の良い声、通りを行き交う人々の談笑──どれもが穏やかで、平和な日常の風景だ。


 ……だが、それが私の気分を晴らしてくれるわけではない。


「さて、今日は剣を見に行きますわよ、ミレーヌ」


「はい、お嬢様!ですが……本当に今までの剣を手放されるのですか?」


 隣を歩くミレーヌが、どこか寂しそうな顔で私を見上げた。


 その視線に、私は一瞬だけ逡巡する。だが、すぐに首を振った。


「ええ、この剣には感謝していますわ。ですがこの剣では限界がありますの」


 私は腰に収めた剣の柄を優しく撫でた。


 この剣は、エルフェルト家に代々伝わる家宝。貴族の象徴としての意味も持ち、私の生まれと立場を示す存在だった。

 だが、貴族の象徴だからといって、それが最強の剣であるとは限らない。


 事実、この剣で私は勝てなかった。


 あのSランク冒険者との戦いで──私は"力不足"を痛感した。


 剣は、折れなかった。だが、私の剣筋が、彼の圧倒的な力の前に折れた。

 このままではいけない。この剣を持ち続けることは、"戦う覚悟がある"などという勘違いに浸るだけの、無意味な誇りだ。


「名刀を持ってしてもお嬢様には合わなかったのですね」


 ミレーヌの言葉に、私は微かに苦笑する。


「いいえ、それは違いますわミレーヌ。この子は本当に頑張ってくれましたわ。ただ、私の体が悪いのですわ」


「お嬢様どこか具合が悪いのですか!?」


「いえ、具合というより……体質ですわね!」


 私は軽く笑いながら答えたが、実際のところ、その言葉には嘘偽りはない。


 ──私は、この世界の人間ではない。


 転生者である以上、ここの"常識"とは根本的に噛み合わない部分がある。

 スキルの扱い、魔力の流れ、肉体の成長速度──あらゆる部分が、"この世界の人間"とは違うのだ。


「まぁそういう事ですので、これからの戦いに備えて、新しい剣を手に入れますわよ!」


「お嬢様ならきっとどんな剣でも使いこなせます!」


 ミレーヌは無邪気に笑うが、私はその言葉に小さく笑みを返しただけだった。


(どんな剣でも……ね。果たして私の力に耐えられる剣がこの街に存在するのかしら)


---


 街の中心部にある鍛冶屋通りは、金属を叩く音と炎の熱気が漂う活気に満ちていた。

 様々な武器や防具を並べた店が軒を連ね、通りには屈強な冒険者たちの姿が多い。


 その中には、戦いに明け暮れた猛者もいれば、これから名を上げようとする新米もいる。

 ……そして、そのどちらにも属さない、"異端"な存在が私だ。


「さて、どこにいたしましょうか……」


 私は目を細め店を見渡す。どの店も優れた武器を取り揃えてはいるものの──


「これだ、という剣はありませんわね……」


 いくら良質な剣が並んでいようとも、"私が扱える剣"でなければ意味がない。

 ただの名刀ではなく、私にとっての"相棒"になり得る剣。


 それを求めているのだ。


 その時──ふと視線の先に、一軒の静かな店が目に留まった。


『カインズ鍛冶工房』


 他の店と比べて華やかさはない。

 だが、店先に並べられた剣はどれも無駄な装飾がなく、実戦向けの機能美を湛えていた。


 装飾が豪華なだけの"貴族向けの剣"ではなく、純粋に"戦うための剣"。


 私は、そこに惹かれた。


「ここにいたしましょう」


 私は扉を押し開き、店内へと足を踏み入れた。


「いらっしゃい」


 カウンターの奥から現れたのは、分厚い筋肉を持つ壮年の男だった。

 短く刈られた髪、煤けたエプロン、そして大きな手には未だ鉄槌の感触が残っているかのようだった。


 鍛冶師として生き、剣と共に人生を歩んできた者の風格が、彼にはあった。


「初めての顔だな。嬢ちゃん、剣を探しているのか?」


「ええ、今の私に相応しい剣を求めていますの」


「ほう、今の自分に相応しい……とは、ずいぶんと大きなことを言うじゃねぇか」


 男は興味深そうに私を見つめ、カウンターから出てきた。


「名前は?」


「リリアナ・フォン・エルフェルトですわ」


「……へえ、あんたが噂の『令嬢冒険者』か。フォレスト・グリズリーにストーム・ウルフ、さらにはダーク・サーペントまで仕留めたっていう──」


「ええ、おかげさまで少しは名前が知られるようになりましたわ」


「ふん……なら、見せてやるか。うちの最高傑作をな」


 男は店の奥へと消え、しばらくして──

 銀色の鞘に納められた一本の剣を手に戻ってきた。


「こいつは『焔銀の剣(えんぎんのつるぎ)』って言ってなぁ。特殊な魔鉱石を鍛えて造った一振りだ。重さは通常の剣の半分以下だが、強度は倍以上。魔力を流せば、刃が赤く輝き斬れ味が増す。これを使いこなす事ができればどんなに硬い魔獣の鱗も断ち割れるだろうさ」


「……まあ」


 私は思わず息を呑んだ。


 剣を握った瞬間、手に馴染むような重みと温もりを感じる。

 まるで、これまでの戦いを理解し、応えてくれるかのように感じた。


「……良い剣ですわね」


「分かるか。だがな、こいつは並の人間には扱えない。こいつの本領を発揮するには魔力を流し続ける必要がある。つまり、強大な力には相応の代償が必要ってことだな」


(魔力……私って魔力なんてもの持っているのかしら?)


 私はその言葉に、僅かに眉を寄せる。


「質問いいでしょうか?」


「なんだ?」


「魔力って……魔法とかに使うアレですの?」


「当たり前だろ。……お嬢ちゃんまさか魔力のこと知らねえのか?」


「え、ええ。魔法が使えるかも分かりませんわ」


 私の言葉に店主は驚きの顔を見せた。


「……魔力ってのはお嬢ちゃんの言う通り、魔法を扱う為に必要なエネルギーのようなもんで、生まれた時に持っているかどうかが決まる。だが、通常魔力は魔法を扱うものに宿るモノだ」


 そして店主は続ける。


「だが、本来魔力が宿ったものは魔法使いとなる。自分の得意分野を伸ばすのは当たり前の話だわな。つまり、この剣を扱えるのは魔法使いであり剣士であるものだけってわけだ」


(剣はともかく、魔法を使えない私には……いや──)


「問題ありませんわ!──私なら、使いこなせます」


 見た目と直感で、私はこの剣を次の相棒とすることに決めた。


「フッ……その目は本気だな。まぁ扱えるかどうかは知らねぇが、気に入ったなら持っていきな。こっちも売れないモンをずっと置いておいても邪魔なだけだからな。値段は──金貨八百枚だ」


「ええ、それなら十分に払えますわ」


 私はこれまでの依頼で得た金貨の一部を取り出し、男に差し出した。


「お買い上げありがとよ!こいつがあんたの新しい相棒になる。──だが、くれぐれも無茶はするなよ。あんたの名を知らぬものはもうこの街にはいねぇ。だがそれはいい話ばかりじゃねぇ」


「ふふ、大丈夫ですわ。私はこの剣と共に、もっともっと強くなりますので」


---


「お、お嬢様!とてもお似合いです!」


 店を出た私の腰には、新しい剣──焔銀の剣が収まっていた。


 鞘の中にある刃は未だ沈黙を保っているが、それでも確信があった。

 この剣なら、私の力に耐えてくれる。

 この剣なら、"私の戦い"に応えてくれる──。


「ありがとう、ミレーヌ。これでもう、あのSランク冒険者にだって引けを取りませんわ」


「ええ、お嬢様ならきっと──あっ!」


 その時、通りの向こうで、黒い外套を羽織った男の影が一瞬だけ視界を横切った。


 一瞬だった。


 だが、それだけで十分に"違和感"が伝わってきた。


「お嬢様、今のは……」


「ええ、見ましたわ。あの雰囲気……ただの通行人ではありませんでしたわね」


 胸の奥に、かすかな緊張が走る。


 ──まさか、もう次の刺客が?


 早すぎる。だが、可能性は十分にある。

 私を狙う者は、一人や二人ではないのだから。


「……いえ、気にしても仕方ありませんわ。それよりも今はこの新しい相棒を手に入れたのですから、早速試し切りにAランク依頼に行きますわよ、ミレーヌ!」


「はい、お嬢様!」


 私は腰の剣を軽く叩き、前を向いた。


 この剣と共に、私は更なる高みへ至る。

 より強く、より遠く──私は、進み続ける。


 そのために。


……

…………

………………


 月光に照らされた路地の片隅。

 誰の目にも留まらぬ闇の中で、一人の男が薄く笑みを浮かべていた。


「……あれがアレクシスの言っていたリリアナか。確かに一見、能天気なように見えてなかなか隙がないやつだ。Sランク冒険者が負けたって話も頷ける。だが、それはただのSランク冒険者なら、の話だが」


 男は、リリアナの姿が消えた道をじっと見つめながら、くつくつと笑う。


「俺様に"敗北"の二文字は存在しない。これまで通り、依頼達成率百パーセントで行くまでだ」


 闇の中で、冷たく輝く双眸。


 彼の気配は、まるで狼のようだった。

 ──いいや、彼は狼そのものだ。


 獲物を狩る、獰猛な捕食者。

 闇に潜み、音もなく忍び寄る影。


 ──Sランク冒険者影狼ガルス・クロウリー。


 その名が、近いうちにリリアナの前に現れることを、彼女達はまだ知らない。


 そしてそれが、彼女にとって"試練"となることも。  

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