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第二十二話「銀色の微笑」

──ギルドのホールに足を踏み入れると、早朝にも関わらずすでに冒険者たちが集まり始めていた。火の灯る暖炉の前で談笑する者、武器の手入れをする者、そしてカウンターで依頼を確認する者──それぞれの一日が始まろうとしていた。


 だが、私の目は人混みの中を探し続けていた。


「昨夜のことを知っている者がいれば……」


 小さく息を吐き、私は足を進めた。


「昨夜、ギルドの宿で何か物音を聞いた者はいませんか?」


「ん?物音?」


 大柄な男が首を傾げる。


「いや、何も聞こえなかったが……」


「俺もだ。むしろ、随分と静かな夜だったと思うが」


「まさか何かあったのか?」


 周囲にいた冒険者たちが訝しげに私を見やる。


「……いえ、大したことではありませんの」


 そう答えるしかなかった。


(どういうことですの……?)


 あれだけの戦闘があったにも関わらず、誰一人として気付いていない。それは単に彼らの注意不足というだけでは説明できない気がした。


 私はカウンターへと向かうと、馴染みの受付嬢──シエラに声をかけた。


「おはようございます、リリアナ様。ミレーヌ様の容態はいかがでしょうか?」


「それがまだ目を覚ましていませんの……それより、昨夜のことなのですが……」


 私はできる限り昨夜の戦いについて詳細に説明した。だが、シエラの反応は冒険者たちと同じだった。


「それは……確かに大変な状況だったようですね。でも、私も何も聞いていませんでしたし、他の者からもそのような報告はありませんでした」


「そうですの……」


「ですが、そういった特殊な武器を持つ者については聞いた事があります」


「本当ですの!?」


「はい、名は『カゲロウ』」


「カゲロウ……?」


 その名に私は眉をひそめた。


「ええ。裏社会に属する者たちが集う組織です。表向きには存在しないとされていますが、暗殺や諜報活動では彼らの名が度々囁かれることがあります。ただ、詳細を知る者はほとんどいません」


(カゲロウ……)


 その言葉が胸に重く響いた。その者の一人がミレーヌを……。


「ありがとうございました、お姉さん。引き続き、何か情報が入りましたら教えてくださいませ」


「もちろんです。どうかお気をつけて、リリアナ様」


---


 ギルドを出て、朝陽の下を歩きながら私は考え続けた。


(やはり、昨夜の男はただの刺客ではありませんでしたわね。あの気配、あの動き……そして、撤退を繰り返すその行動には何か意図があるはずですわ)


 その考えが重くのしかかる。だが、それ以上に心を締め付けるのは──


「……ミレーヌ」


 名前を口にした途端、胸が痛んだ。


(あの人を探しに行かないと……「アスフィ」という名のヒーラーさえ見つければ、ミレーヌは助かるはずですわ……!)


 心が逸る。だが、その足を止めるのは──


(もし私がこの街を離れている間に、またあの男が現れたら……?)


 その考えが、足に鎖を巻き付けるように動きを止めた。


「でも……っ!」


 思わず拳を握り締める。胸の奥で、感情がぶつかり合う。


(私が動かなければ、ミレーヌはこのまま目を覚まさないかもしれない。でも、私がいなくなれば彼女は無防備なまま……それに、今度は逃さないと約束したのに……)


 思考が堂々巡りを繰り返す中、頭を抱えるように額に手を当てた。


「どうすれば……どうすればいいのですの……」


  その時だった──


「──お困りのようですね。リリアナ・フォン・エルフェルト」


 背後から不意に聞こえた声に、私は振り向いた。


(声を掛けられるまで気配を感じなかった……)


 そこに立つのは、朝陽を背にした一人の男。

 銀色の髪は陽光を受けて柔らかく輝き、端正な顔立ちは静かな余裕を湛えていた。

 白を基調とした服装は洗練されていて無駄がなく、それでいてどこか非現実的な美しさを感じさせる。

 腰には細身の剣が一振り。その佇まいだけで、ただ者ではないことが伝わってきた。


「あなたは……?」


 自然と剣の柄に手が伸びる。だが、男は微かに唇を緩めるだけで一歩も動かなかった。


「その手を下ろしてください、僕は敵ではありません。……あ、そうか、僕としたことが名乗るのを忘れていました。……僕はユウ。まあ、単なる通りすがりだと思ってもらって構いませんよ、お嬢様」


 穏やかな声が耳をくすぐる。しかし、その目の奥に宿る光は、決してただの通行人には似つかわしいものではなかった。


(……イケメンですわ)


 一瞬、そんな場違いな感想が脳裏をよぎるも、すぐに打ち消す。今は目の前の男が何者なのかを見極めるべきだった。  

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