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第二十九話「王都の再会──銀髪の剣士と癒し手の邂逅」

──城門前。


「……ここですわ」


リリアナはゆっくりと息を整え、目の前にそびえ立つ巨大な門を見上げた。


「……なるほど、ここにリリアナさんの大切な方がいるんですね」


アスフィの静かな声が耳に届く。

彼の視線もまた、目の前の城門へと向けられていた。


久しぶりに見る王都の城門は、何も変わらない佇まいだった。

だが、今この門の向こうに待っているのは、過去のわたしではなく──

大切な友の命を救うという"使命"を背負った、今の”私”だった。


(……そういえば、ここに初めて来た時は──)


ふと、昔の記憶が蘇る。……昔、と言ってもほんの一ヶ月ほど前の事だ。

まだ冒険者として生きる決意を固める前、貴族令嬢として過ごしていたあの頃。

城下町を見たくて外に出ようとしたわたくしを、慌てたミレーヌが引き止めたことがあった。


『お嬢様!ここから先は危険ですっ!お戻り下さい!』

『少し覗くだけですわ!ほんの少しだけ!ほんの先っぽだけ見るだけですからっ!』

『何を言っているのですか!いけませんっ!お嬢様!』


今思えば、無邪気に騒ぐわたしに振り回されて、ミレーヌも大変だったことだろう。

だけど、それでも彼女はいつもわたしを守ろうとしてくれた。

たった一人の、"令嬢"ではなく、"わたし自身"を支えてくれた存在。


(……だから、今度はわたしがあなたを助ける)


リリアナは胸の前で手を握り、決意を新たにした。

しかし──その時だった。


「……あれ?もう帰ってきたのですか?お早いお戻りですね、お嬢様」


城門がゆっくりと開き、その奥から軽い口調が響いた。

そこに立っていたのは──銀髪の青年、ユウ。


「……どうして貴方がここにいますの?」


思わず問いかける。

ユウは当たり前かのように微笑みながら、涼しい顔で答えた。


「貴女が不在の間、この街には何も起きないと言ったの僕ですから」


さらりと告げられた言葉に、一瞬、リリアナの思考が止まる。

それはまるで、当然のような物言いだった。


(……え?もしかして、ずっとこの街を守ってくれていたの……?)


いや、それどころか。

ユウの後ろには、無数の倒れた人間たちが転がっていた。

その誰もが意識を失い、ピクリとも動かない。


(え……これなに)


「……ところで、そちらは?」


ユウの視線が、リリアナの隣に立つアスフィへと向けられる。


「えっと、こちらの方は、アスフィさんですわ」


リリアナが紹介した瞬間、空気が僅かに張り詰めた。

風の流れが変わった──そんな気がした。


「……初めまして、アスフィです」


「初めまして、僕はユウです」


二人は静かに挨拶を交わす。

しかし、その間に何かが流れたのは、リリアナにも分かった。


──警戒。


(……似ている……いや、この二人何?雰囲気が変わった……?)


「……僕ら、どこかで会いましたか?」


ユウが淡々と問いかける。


「いいえ、初対面ですよ」


アスフィは微笑みを崩さず、穏やかに返した。


「そうですよね。……では僕の役割はここまでのようなので、これで失礼します」


ユウはすぐに踵を返し、歩き出す。

まるで、"もうここには用はない"と言わんばかりの軽やかさで。


「──少しお待ちをっ!!」


リリアナは慌てて声を上げる。


「はい?なんですか?」


「ここに倒れている方々は……まさか、貴方が?」


「ええ。お嬢様を狙う悪い奴を僕がとっちめておきました」


あまりにもさらりと言うので、逆にリリアナは言葉を失った。

それをよそに、ユウは淡々と続ける。


「これでもう、貴女を狙う者はいないでしょう。……ですが、一人だけ逃してしまいました。しかし、無事に戻って来られたという事は、遭遇せずに済んだのでしょうか?」


(逃した……?)


「その者の名と特徴を聞いても?」


「もちろん。逃した男の名は、”《影狼》ガルス・クロウリー”。暗殺を生業とし、卑怯な手を使う非道な者です」


「──っ!?」


リリアナの背筋が凍る。


(わたしは名前すら知らなかったっていうのに)


ユウはそんな彼女に構わず、続けた。


「実は連中の中でも特に厄介な者でして、その手に握る武器は、自らの命を対価に相手の力を奪うというものです」


「……っ!」


(あの武器そんな厄介なものだったの!?)


「実はもう遭遇しまして……」


「そうでしたか。無事で何よりです」


ユウはあっさりと言う。

だが、リリアナの脳裏には、"無事"とは程遠いあの戦いの記憶が蘇る。


(全然無事じゃなかったんだけど!!)


「リリアナさん、早く行きましょう」


突然、今まで黙っていたアスフィが口を開く。


「貴女の大切な方の元へ」


「あっ、そうでした!行きましょう!」


リリアナは我に返り、急ぎ足でギルドへ向かおうとする。

そんな彼女の背を見送りながら、アスフィも静かに歩き出した瞬間──


「──君、この世界の者かい?」


ユウの問いが、アスフィの背中に届いた。

その声にアスフィは足を止める。


「さぁ?世界は広いですから。この、とだけ言われても」


「……そうかい。すまない、引き留めてしまって」


「大丈夫です。ではこれで」


「──でもあえて一つだけ。


その一言に、アスフィは微かに眉を寄せた。


「……用が済んだら、そのつもりです」


そう言うと、彼はユウに背を向け、歩き出した。


「では。リリアナさんが、先程から"早く来い"と街中で大声をあげていますので」


彼は小さく微笑み、足を速めた。


「……はぁ。このまま何も起きなければいいけどね」


ユウは深くため息をつき、彼らの背中を見送った。


──そして、その言葉は実現することとなる。

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