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第三十話「時を超えた再会」

 ──長い旅だった。

 一週間かけて辿り着いたこの場所。

 ミレーヌを助けるために、必死に駆け抜けた時間。


 だが、わたしはようやくここに戻ってきた。


 ギルドの前に立つと、扉の向こうから喧騒が聞こえる。

 この街の活気は変わらず、いつものギルドそのものだ。


「よろしいですか?」


 隣で立つ彼に私は尋ねる。


「ええ、いつでも」


 彼は穏やかに頷いた。


 そして──


「皆様、ただいま戻りましたわ!かの優秀なヒーラーを連れて参りました!」


 勢いよくギルドの扉を開け、堂々と宣言する。

 だが、予想していた歓声も驚きの声も返ってこなかった。


 ギルドの冒険者たちは、一様に沈黙し、呆然とこちらを見つめている。


(……あれ?なんで?わたし何か間違えた?)


 ざわつくことすらない静けさが、妙に不気味だった。


「お姉さん?受付のお姉さん?」


 わたしはカウンターの奥にいる受付嬢に声をかける。


「あ、はい。ここに、リリアナ様……」


(なんだ、いるじゃないの)


「えっと、連れてきましたの。長い長い旅でしたわ。時には心が折れかけた……いえ、正直折れてしまいました。でも諦めない心が大事だと──」


「あの、リリアナ様」


「はい?なんでしょう?」


「その……


「……はい?」


 言葉の意味がすぐには理解できなかった。


(え?一日?今なんて?)


「そ、その筈はありませんわ!私は現に一週間ほど掛けてこの方を探して来ましてよ!?」


 動揺を隠しきれずに強く言い返す。

 けれど、受付嬢は困惑したように眉を寄せたままだった。


「……えっと、そちらの方は?」


(あ、すっかり忘れてた)


「初めまして、僕の名はアスフィ。一応、回復魔法が使えます。この度、リリアナさんのご友人が目を覚さないという事で、やって来ました」


「あ、貴方がっ!?」


 受付嬢は目を見開き、驚いたようにまじまじとアスフィを見つめる。

 その瞳には……明らかに憧れの色が滲んでいた。


(いや、違う。これは乙女の目ですわ)


 リリアナは受付嬢の表情を見て察した。


(この方があの噂のアスフィ?すごくイケメンですわ!?)


 ……ええ、そういう反応だと思いましたわ。

 わたしも最初に見た時、そう思いましたもの。


(もう心の声が漏れてるから、お姉さん)


 アスフィは咳払いをし、本題へと話を戻す。


「それで、その方は今どちらに?」


「あ、はい。ミレーヌは今リリアナ様の部屋で眠っています」


(……あれ?お姉さんって、ミレーヌのこと呼び捨てだったっけ?)


 小さな違和感が胸をよぎるが、今は気にしている場合ではない。


「分かりました。では急ぎ向かいましょう」


 そうして受付嬢の案内で、わたしたちはギルドの奥へと向かおうとした、その時──


「──待ってくれんかっ!」


 酒場の一角から、掠れた老人の声が響いた。


「何故……あなたは本当にあのアスフィであるのか!?」


 そこにいたのは、かつてわたしが"アスフィ"という名前を知るきっかけをくれた老人だった。


「何故未だ姿はそのままなんだ!おかしい!ワシはこんなにも年老いたというのにっ!」


 彼の目は信じられないものを見るように見開かれている。

 そして、その視線の先には、アスフィ。彼は老人の声に振り返り──


「すみません、僕は貴方を知りません。人違いかと」


 その答えは、あまりにも淡々としていた。


「……そうか。すまんかった……若いの」


 老人はたったそれだけ言うと、再び盃を傾け、静かに酒を飲み始めた。


 まるで、全てを納得したかのように。


(え、それだけ?)


「……よろしかったのですの?」


 わたしは思わずアスフィに尋ねる。


 彼は、微笑みながらもどこか遠くを見るような目をしていた。


「まさかリリアナさんも、僕があの方と知り合いだと?あのご老体の言葉は、まるで自分だけ年老いているような言い方でした」


(いや、まるでどころかその通りでしたけど?)


「……だとすれば、僕もあの方と同じ歳でなければおかしいでしょう?」


「え、ええ。そうですわね」


 確かに、論理的にはそうなる。

 けれど……何かが腑に落ちない。


(アスフィさん、貴方は……一体?)


 深く考えたいところだが、今はそれどころではない。


 今すぐにでも、ミレーヌの元へ──


「行きましょう、リリアナさん」


「ええ!」


 わたしたちは、ギルドの二階へと足を踏み入れた。

 そこに、彼女が待っている。


 長い旅の果てに、ようやく──


 彼女を、ミレーヌを目覚めさせる時が来た。

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