──長い旅だった。
一週間かけて辿り着いたこの場所。
ミレーヌを助けるために、必死に駆け抜けた時間。
だが、わたしはようやくここに戻ってきた。
ギルドの前に立つと、扉の向こうから喧騒が聞こえる。
この街の活気は変わらず、いつものギルドそのものだ。
「よろしいですか?」
隣で立つ彼に私は尋ねる。
「ええ、いつでも」
彼は穏やかに頷いた。
そして──
「皆様、ただいま戻りましたわ!かの優秀なヒーラーを連れて参りました!」
勢いよくギルドの扉を開け、堂々と宣言する。
だが、予想していた歓声も驚きの声も返ってこなかった。
ギルドの冒険者たちは、一様に沈黙し、呆然とこちらを見つめている。
(……あれ?なんで?わたし何か間違えた?)
ざわつくことすらない静けさが、妙に不気味だった。
「お姉さん?受付のお姉さん?」
わたしはカウンターの奥にいる受付嬢に声をかける。
「あ、はい。ここに、リリアナ様……」
(なんだ、いるじゃないの)
「えっと、連れてきましたの。長い長い旅でしたわ。時には心が折れかけた……いえ、正直折れてしまいました。でも諦めない心が大事だと──」
「あの、リリアナ様」
「はい?なんでしょう?」
「その……
「……はい?」
言葉の意味がすぐには理解できなかった。
(え?一日?今なんて?)
「そ、その筈はありませんわ!私は現に一週間ほど掛けてこの方を探して来ましてよ!?」
動揺を隠しきれずに強く言い返す。
けれど、受付嬢は困惑したように眉を寄せたままだった。
「……えっと、そちらの方は?」
(あ、すっかり忘れてた)
「初めまして、僕の名はアスフィ。一応、回復魔法が使えます。この度、リリアナさんのご友人が目を覚さないという事で、やって来ました」
「あ、貴方がっ!?」
受付嬢は目を見開き、驚いたようにまじまじとアスフィを見つめる。
その瞳には……明らかに憧れの色が滲んでいた。
(いや、違う。これは乙女の目ですわ)
リリアナは受付嬢の表情を見て察した。
(この方があの噂のアスフィ?すごくイケメンですわ!?)
……ええ、そういう反応だと思いましたわ。
わたしも最初に見た時、そう思いましたもの。
(もう心の声が漏れてるから、お姉さん)
アスフィは咳払いをし、本題へと話を戻す。
「それで、その方は今どちらに?」
「あ、はい。ミレーヌは今リリアナ様の部屋で眠っています」
(……あれ?お姉さんって、ミレーヌのこと呼び捨てだったっけ?)
小さな違和感が胸をよぎるが、今は気にしている場合ではない。
「分かりました。では急ぎ向かいましょう」
そうして受付嬢の案内で、わたしたちはギルドの奥へと向かおうとした、その時──
「──待ってくれんかっ!」
酒場の一角から、掠れた老人の声が響いた。
「何故……あなたは本当にあのアスフィであるのか!?」
そこにいたのは、かつてわたしが"アスフィ"という名前を知るきっかけをくれた老人だった。
「何故未だ姿はそのままなんだ!おかしい!ワシはこんなにも年老いたというのにっ!」
彼の目は信じられないものを見るように見開かれている。
そして、その視線の先には、アスフィ。彼は老人の声に振り返り──
「すみません、僕は貴方を知りません。人違いかと」
その答えは、あまりにも淡々としていた。
「……そうか。すまんかった……若いの」
老人はたったそれだけ言うと、再び盃を傾け、静かに酒を飲み始めた。
まるで、全てを納得したかのように。
(え、それだけ?)
「……よろしかったのですの?」
わたしは思わずアスフィに尋ねる。
彼は、微笑みながらもどこか遠くを見るような目をしていた。
「まさかリリアナさんも、僕があの方と知り合いだと?あのご老体の言葉は、まるで自分だけ年老いているような言い方でした」
(いや、まるでどころかその通りでしたけど?)
「……だとすれば、僕もあの方と同じ歳でなければおかしいでしょう?」
「え、ええ。そうですわね」
確かに、論理的にはそうなる。
けれど……何かが腑に落ちない。
(アスフィさん、貴方は……一体?)
深く考えたいところだが、今はそれどころではない。
今すぐにでも、ミレーヌの元へ──
「行きましょう、リリアナさん」
「ええ!」
わたしたちは、ギルドの二階へと足を踏み入れた。
そこに、彼女が待っている。
長い旅の果てに、ようやく──
彼女を、ミレーヌを目覚めさせる時が来た。