「……つまり、なにが言いたいんですの?」
アレクシスが語り終えた後、リリアナが発した最初の言葉だった。
彼女の声は冷たく、まるで彼の言葉の意味を理解することすら拒むかのようだった。
しかし、アレクシスはリリアナの反応に微塵も動じない。
いや、むしろ"待っていた"かのようにゆっくりと口を開いた。
「……さて、もう一度聞く、お前は誰だ」
「ですから、リリアナ──」
「違うっ!!僕はそんなことを聞いているのではないっ!!」
アレクシスの声が、怒気を孕んで空間を震わせる。
見ると握り締められた拳が小さく震えている。彼の感情が制御しきれなくなっている証だ。
(一体どうすれば……)
「僕の知っている
その言葉に、リリアナは静かに息を吐いた。
(……転生したなんて言っても信じてくれるはずがないし……)
彼の言葉が、苛立ちからくる感情的なものだけではないことは分かる。
確信しているのだ。彼は"本物のリリアナ"を知っている。そして目の前にいるリリアナが、それとは違う存在であることを。
けれど──。
(確かに感じる)
アレクシスが語る"リリアナ"は、確かに実在したのだと。
『彼と彼女の短い物語』。彼がどれほど彼女を"理解していた"のか。
リリアナにはそれが分かる。なぜなら──
(わたしも、この体の本当の持ち主、”リリアナ・フォン・エルフェルト公爵令嬢”の記憶を微かに持っているから)
リリアナはゆっくりと目を閉じた。
瞼の裏に、淡い映像が浮かぶ。
(リリアナは、誰にも認められず、孤独だった)
わたしも、あなたと同じく一人だったよ。
どれだけ努力しようと、誰にも認められず、孤独だった。
(だから、わたしがこの子の体に転生した……?)
何故この子の身体だったのかの理由は分からなかった。それは今もまだ完全には分からない。
けれど、今、なんとなく分かった気がした。
リリアナは、ゆっくりと目を開いた。
アレクシスの瞳を真っ直ぐに見据え、静かに口を開く。
「いいか。これが最後だ。回答を間違えれば君きっと後悔する事になる。……君は誰だ」
その問いに、リリアナは迷わず答える。
「わたしはリリアナ」
彼女の声は、澄んでいて、迷いがない。
「どれだけ努力をしても報われなかった、ただの女の子よ。でも、やっと私達は報われた。友に、仲間に、環境に。今までどれだけ努力しても報われなかった私達に"ミレーヌ"という、自分を慕ってついてきてくれる大切なものが出来たのよ」
その言葉に、アレクシスは小さく鼻を鳴らす。
「……だから、なんだというのだ」
「わたしにお貴族さまの、ましてあなたのような人間の考えていることなんて、尚更分からない。でもそんなわたしでもこれだけは言える」
リリアナはゆっくりと息を吸い込んだ。
そして──
「あなたは
はっきりと、宣言した。
沈黙が流れる。
アレクシスの表情は、静かに歪んでいった。
そして──彼は笑った。
「……そうかい」
その笑みは、ひどく冷たく、どこか壊れているように見えた。
「僕は君を必ずや手に入れる。そう思い、これまで動いてきた」
アレクシスはゆっくりとリリアナに歩み寄る。
その歩みが、妙にゆっくりとしているのが気にかかった。
「けど、もういい」
彼は手を背後に回す。
「僕は手段を選ばないことにする」
リリアナは、その言葉に警戒心を抱いた。
「なにを──」
──その瞬間、鼓膜を貫くような銃声が響いた。
「な……」
リリアナは声を失った。
あまりにも唐突すぎた。
アレクシスの手には、小さな銃。
その銃口の先には──
「はははははっ!!……お前が悪いんだ。……偽物」
ベッドの上、白いシーツを赤く染めながら横たわるミレーヌ。
赤い鮮血が胸の辺りから、じんわりと広がっていく。
「あ……あ……あぁ」
リリアナは震える手で、何かを掴もうとした。
けれど、掴めない。
何も掴めない。
「なぜ……わたしは……」
まただ。
また、大切な人を失うのか。
──また、