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第三十五話「Past Marksman」

「……つまり、なにが言いたいんですの?」


 アレクシスが語り終えた後、リリアナが発した最初の言葉だった。

 彼女の声は冷たく、まるで彼の言葉の意味を理解することすら拒むかのようだった。


 しかし、アレクシスはリリアナの反応に微塵も動じない。

 いや、むしろ"待っていた"かのようにゆっくりと口を開いた。


「……さて、もう一度聞く、お前は誰だ」


「ですから、リリアナ──」


「違うっ!!僕はそんなことを聞いているのではないっ!!」


 アレクシスの声が、怒気を孕んで空間を震わせる。

 見ると握り締められた拳が小さく震えている。彼の感情が制御しきれなくなっている証だ。


(一体どうすれば……)


「僕の知っているは死んだ。そして今、この場にいる君は偽物だ!僕は知っている!僕だけが知っている!何故なら僕が一番の彼女の理解者だったからだ。君はもうリリアナですらない!!」


 その言葉に、リリアナは静かに息を吐いた。


(……転生したなんて言っても信じてくれるはずがないし……)


 彼の言葉が、苛立ちからくる感情的なものだけではないことは分かる。

 確信しているのだ。彼は"本物のリリアナ"を知っている。そして目の前にいるリリアナが、それとは違う存在であることを。


 けれど──。


(確かに感じる)


 アレクシスが語る"リリアナ"は、確かに実在したのだと。


『彼と彼女の短い物語』。彼がどれほど彼女を"理解していた"のか。

 リリアナにはそれが分かる。なぜなら──


(わたしも、この体の本当の持ち主、”リリアナ・フォン・エルフェルト公爵令嬢”の記憶を微かに持っているから)


 リリアナはゆっくりと目を閉じた。

 瞼の裏に、淡い映像が浮かぶ。


(リリアナは、誰にも認められず、孤独だった)


 わたしも、あなたと同じく一人だったよ。

 どれだけ努力しようと、誰にも認められず、孤独だった。


(だから、わたしがこの子の体に転生した……?)


 何故この子の身体だったのかの理由は分からなかった。それは今もまだ完全には分からない。


 けれど、今、なんとなく分かった気がした。


 ──。


 リリアナは、ゆっくりと目を開いた。

 アレクシスの瞳を真っ直ぐに見据え、静かに口を開く。


「いいか。これが最後だ。回答を間違えれば君きっと後悔する事になる。……君は誰だ」


 その問いに、リリアナは迷わず答える。


「わたしはリリアナ」


 彼女の声は、澄んでいて、迷いがない。


「どれだけ努力をしても報われなかった、ただの女の子よ。でも、やっと私達は報われた。友に、仲間に、環境に。今までどれだけ努力しても報われなかった私達に"ミレーヌ"という、自分を慕ってついてきてくれる大切なものが出来たのよ」


 その言葉に、アレクシスは小さく鼻を鳴らす。


「……だから、なんだというのだ」


「わたしにお貴族さまの、ましてあなたのような人間の考えていることなんて、尚更分からない。でもそんなわたしでもこれだけは言える」


 リリアナはゆっくりと息を吸い込んだ。

 そして──


「あなたは


 はっきりと、宣言した。


 沈黙が流れる。

 アレクシスの表情は、静かに歪んでいった。


 そして──彼は笑った。


「……そうかい」


 その笑みは、ひどく冷たく、どこか壊れているように見えた。


「僕は君を必ずや手に入れる。そう思い、これまで動いてきた」


 アレクシスはゆっくりとリリアナに歩み寄る。

 その歩みが、妙にゆっくりとしているのが気にかかった。


「けど、もういい」


 彼は手を背後に回す。


「僕は手段を選ばないことにする」


 リリアナは、その言葉に警戒心を抱いた。


「なにを──」


 ──その瞬間、鼓膜を貫くような銃声が響いた。


「な……」


 リリアナは声を失った。

 あまりにも唐突すぎた。


 アレクシスの手には、小さな銃。

 その銃口の先には──


「はははははっ!!……お前が悪いんだ。……偽物」


 ベッドの上、白いシーツを赤く染めながら横たわるミレーヌ。


 赤い鮮血が胸の辺りから、じんわりと広がっていく。


「あ……あ……あぁ」


 リリアナは震える手で、何かを掴もうとした。

 けれど、掴めない。


 何も掴めない。


「なぜ……わたしは……」


 まただ。

 また、大切な人を失うのか。


 ──また、は何も出来なかった。

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