目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第三十六話「師弟と令嬢」

◆◆◆


「叶さん、あなたクビよ」


「え……なぜですか?」


「以前言ったでしょう。次はないって」


「確かに言っていましたけど、でもっ!わたしは何も──」


 わたしはずっと、この会社のために頑張ってきた。

 ブラック企業と分かっていても、負けず嫌いだったわたしは成果を出して、同僚達を見返したかった。


 そんなわたしの言葉は勿論届く事はなく──


「あなた、会社のお金を横領したそうね」


「…………え?」


 わたしの頭が、真っ白になる。


「証拠も上がってるのよ」


 社長は一枚の写真を突き出してきた。


「これって……」


 そこに写っていたのは──わたしになりすました誰かだった。


 違う、わたしじゃない。誰……?


「ちょっと待って下さいっ!わたしじゃありません、社長!!」


「どこからどう見てもあなたでしょう」


 写真には、わたしがいつも着用している服やカバン。そして、どういうわけかそこに写っていたのは、間違いなく"わたしの顔"だった。


「そんな……社長!わたしはやっていません!本当です!今まで社長の言う通りやってきました!成果も上げて信じて──」


と、言いかけた所でわたしはその先の言葉を言わなかった。


社長の目がもうわたしを犯人と決めつけている。


 あぁ、そうか。そういうことか。

 わたしが成果を上げることで、妬む者がいた。それだけの話だったんだ。


 今の時代、写真に映る顔を加工するなんて、難しいことじゃない。

 それも、夜に撮られていて暗くてはっきりと写っていない。これなら誰がどうみてもわたしが犯人と言って当然だ。


理解した途端、身体がなんだか軽くなった気がした。


「……分かりました。社長、今までお世話になりました」


「……ごめんなさいね」


 なぜ謝る。なぜ止めない。なぜ信じてくれない。


 わたしが社長室から出ると、周りから笑い声が聞こえてきた。


やっとあいつが辞めてくれた。そんな声だ。


(……ハメられた)


 結局、どれだけ頑張っても、わたしに待っているのは──バッドエンドだけ。


◆◆◆


 意識が戻る。

 視界が揺れながらも、目の前にある"絶望"は変わらない。


 ミレーヌが──撃たれた。


「──まだだっ!まだ諦めるには早いっ!」


 誰かの声が響く。すぐそばから。


(アスフィさん……?)


「無駄だっ!僕は心臓を撃ち抜いたんだ!つまり、もう──」


「それはそこらのヒーラーの話だったら、の話だろう。残念ながら僕は


「は……?何を言って──」


 アスフィが、何かを唱え始める。

 耳にしたことのない言語。まるで、この世界の"理"から外れたような響き。


「……これで状況は完全にリセット。さて、再戦といきましょうか、悪徳お貴族様」


「……ハッまさか治したとでも言うつもりか?僕は確実に心臓を撃ちぬいた。僕の銃の腕は父上のお墨付きだ。ヒーラーというものは傷は癒せても死者を生き返らせることは不可能だ」


(……アレクシスの言う通りだ。死者を救うなんて、不可能)


 だが、アスフィは静かに言った。


「言ったでしょう、僕をそこらのヒーラーと同じにしないで欲しい……リリアナ、今は前を向く時です。彼女はまだ生きている。僕の言葉が信じられないのなら、自分の目で確かめるのが一番早い」


 ──生きている?


 リリアナは、アスフィの言葉を聞き、恐る恐るミレーヌへと視線を向ける。


 わたしの視界に映ったのは──


「ミレー……ヌ……?」


 ベッドに横たわったままだったはずの彼女が、何事もなかったようにゆっくりと起き上がって、こちらを見つめていた。


「バ、バカなっ!!!?ありえない!!ありえないだろ!!??なんなんだお前はああああああっ!!」


 アレクシスの悲鳴のような叫びが響く。


 だが、事態はまだ終わらない。


「アルフォォォォォォォォォォォドッ!!!」


 突然、アレクシスが吠えた。


 ──その瞬間。


 窓が粉々に砕け、黒い影が侵入してくる。


「ここに」


 黒い燕尾服を纏い、白髪を背に流した老人。

 静かな佇まい。しかし、彼の身体から漂う気配は圧倒的で、まるでそこに存在するだけで周囲を支配するような威圧感。


 誰が見ても、只者ではないと理解できるほどの"強さ"を持つ男。


「申し遅れました。私の名は、アルフォード。主、アレクシス様の名により馳参じました」


(強い……今まで戦ったどの魔獣よりも……わたしが手に掛けたあの男よりも)


 その場の空気が、極限まで張り詰める。


 そして──。


 今度は、背後の扉が"蹴り破られた"。


「──遅くなってしまい申し訳ありません、お嬢様」


 まるで白馬の王子のような登場。

 だが、その声の主は──。


「ユウ……?」


 銀髪の青年、ユウだった。


 彼は静かに微笑みながら、リリアナを見つめると、


「助けに来ましたよ、お嬢様」


 ──決戦の幕は、今まさに上がったのだった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?