──あまりの驚きの連続で、頭の処理が追いつかないんだけどっ!?
爆ぜるような破裂音とともに、窓が蹴破られる。
砕けたガラス片が月光に反射し、鋭い刃のように宙を舞った。
その中を、銀髪の青年が舞い降りる。
風になびく銀の髪。
鍛え抜かれた体躯は、まるで彫刻のような美しさを誇る。
そして、その瞳には、誰もが目を逸らしたくなるほどの"静かな決意"が宿っていた。
──ユウ。
彼の名を知る者たちは、揃って息を呑む。
空気が、一瞬にして凍りつく。
宿の一室に渦巻いていた狂気じみた熱気が、一瞬にして冷却されたかのようだった。
「……ユウ、やはり来たのだな」
静かに言葉を紡いだのは、アレクシスの隣に立つ老人──アルフォード。
鋭い眼光。
長年戦場を生き抜いた男の鋭さを宿しながら、その奥底には"迷い"が見え隠れしていた。
「あなたを止められるのは、僕しかいないから」
ユウは淡々と言い放つ。
その声に、迷いはない。
剣を握る両手は微動だにせず、彼の呼吸は極限まで研ぎ澄まされている。
(──いや、違うな)
リリアナは直感する。
これは"ただの戦い"じゃない。
"止める"。
彼がそう言った意味を、言葉の奥にある真意を、ユウ自身が本当に理解しているのかは分からない。
だけど、彼の剣は既に──"殺しの域"に達していた。
「……師匠、やはりここにいたんですね」
ユウの瞳が、静かにアルフォードを映す。
それは、かつて剣を教わった者が、師を見る目ではない。
かつての誇り高き"剣士"としてではなく、"討つべき敵"として捉える目。
(僕の方こそ師匠、貴方が来ると思っていた……だって貴方は、
二人の間に、言葉は不要だった。
視線が交わる──その瞬間。
両者の剣が、一気に閃いた。
「はああああああああっ!!」
「せえええええええいっ!!」
雷鳴のような剣撃。
交錯した刃が火花を散らし、宿の一室を震わせる。
空気が震え、壁が罅割れ、床板が弾ける。
この瞬間、ここは"戦場"に変わった。
(……剣聖のスキルがなければ、二人の動きはまるで見えない)
刹那の交差が、死を分ける攻防。
どちらかの一撃が僅かでも遅れれば、その瞬間に"決着"はつく。
「……あの時、逃げたのは負けると思ったからですか、師匠」
ユウの問い。
それは、淡々としたものだった。
「たわけ。私はアレクシス様の
アルフォードは一歩も引かない。
その剣には、かつての"誇り"が宿っていた。
「……ユウ、ここは退け」
「嫌と言ったら?」
「……仕方がない」
二人の剣が再び激突する。
その余波で、宿の壁が完全に崩れ、外の夜風が吹き荒れた。
──そして、その時。
「──よそ見をするんじゃない、偽物っ!」
突如、アレクシスの声が響く。
リリアナは、その声に反応し、視線を向ける。
──その瞬間、視界に映ったのは。
銃口。
冷たく、無機質な金属の塊。
死の匂いを漂わせるそれが、リリアナに向けられていた。
「そんなおもちゃで、わたしを倒せるとでも?」
リリアナは、嘲るように笑う。
「……おもちゃ、か」
アレクシスは呟く。
手に持つ銃を、慈しむように撫でながら。
「こいつは、父上が僕が七つの頃に誕生日としてプレゼントしてくれたものだ。確かに"おもちゃ"といえば、そうなのだろう」
(……七つの誕生日に拳銃!?この世界の常識どうなってるの!?)
「……だけど、僕は本気だ」
銃口が、再びリリアナへと向けられる。
「君は強いと報告を受けている。だが、この距離で弾丸を避けるのは不可能だ」
アレクシスは、残酷な笑みを浮かべた。
リリアナは、その銃口の先に"死"を見た。
(……避けられない)
ならば──
次の瞬間。
──銃声が響いた。
宿の一室に乾いた音が炸裂する。
閃光。
火薬の燃えた匂い。
弾丸が空気を裂き、一直線にリリアナへと向かう。
それは、"避けられない"死の宣告。
(来るっ!!)
だが、リリアナは動じなかった。
「ご覧の通り、わたしにそのおもちゃは通用しない」
放たれた弾丸は、彼女の視界の中で"スローモーション"になっていた。
剣聖のスキルが、彼女の感覚を極限まで研ぎ澄ませている。
次の瞬間。
彼女の剣が閃いた。
──鋼鉄の弾丸が、空中で砕け散る。
「なっ!?この距離で避けただとっ!!?バカな!?」
アレクシスの顔が歪む。
それは、"ありえない"という現実を突きつけられた者の表情だった。
この距離で。
銃弾を弾くなど、人間にできるはずがない。
……なのに、彼女はやってのけた。
彼の脳が、理解を拒否する。
「だから、投降しなさい」
リリアナは静かに言い放つ。
「クソッ!バカにしやがって……僕を誰だと思っている!」
「
──その瞬間、アレクシスの顔が怒りに染まる。
血管が浮き上がり、目が充血し、全身が憤怒に震えた。
彼の脳が、"冷静"を捨てる。
そして──
「僕はアレクシス・フォン・ルクセリア王太子だあああああああ」
銃口が、未だ状況を理解できずにいるミレーヌへと向けられる。
「なっ!?こいつっ!!」
リリアナの脳が、瞬間的に警鐘を鳴らす。
──引き金が絞られる。
「させませんわああああああああっ!!」
雷光のようにリリアナの剣が閃く。
次の瞬間。
「んぎゃあああああああああああああああああっ!!!!」
鋭い閃光が走った瞬間、アレクシスの左腕が宙を舞った。
骨が砕け、肉が裂ける鈍い音。
断面から噴水のように赤黒い血が噴き出し、床に大きな血溜まりを作る。
──指先まで綺麗に切断された腕は、ベッドの上に転がった。
その指が、ピクピクと小刻みに震えている。
「きゃああああああああああああ」
ミレーヌの悲鳴が響く。
彼女はベッドに転がり込んできたアレクシスの腕に、目を見開いたまま硬直する。
「な、な、な……血がっ!!血があああああああああっ!!!」
アレクシスは震える右手で、切り落とされた肩口を押さえ込む。
だが、それが逆効果だった。
圧迫された傷口から勢いよく血が噴き出し、指の間をすり抜け、滴るどころか"吹き出して"いく。
「痛い痛い痛い痛い痛いいいいいいいいっ!!!!」
悲鳴とともに、彼の身体が痙攣する。
焼けるような激痛が脳を焼き、視界が真っ赤に染まる。
体のバランスが崩れ、彼は血溜まりの中に崩れ落ちた。
「嫌だっ!!いやだいやだいやだいやだあああああっ!!!」
彼の失われた左腕──
それはもう、そこには存在しないのに。
脳は"そこにある"と錯覚し続ける。
ありもしない指先が焼かれ、千切られ、骨を砕かれる様な痛みが、失われた腕の先から襲い掛かる。
それは、ただの痛みではない。
"何もない"という絶望とともに、彼に鋭利なナイフで肉を抉られるような錯覚を与える。
「うぐっ……ひっ……があああああああっ!!!!」
床をのたうち回るアレクシス。
血まみれの右手で床を叩きつけ、爪を立てて引っ掻く。
──爪が剥がれる。
さらに、血が滴る。
だが、その痛みですら、"喪失"に比べれば微々たるものだった。
「たすけてっ……アルフォードォォォォォォォォォッ!!!!」
彼は助けを求めるように、血まみれの右手を伸ばす。
「──アレクシス様ッ!?」
アルフォードが駆け寄ろうとする。
しかし、その時。
「だからよそ見はいけないってば、師匠」
ユウが静かに呟いた。
「あなたは優しすぎる。それがあなたの
ユウの剣が、雷光を纏いながら煌めく。
「『
次の瞬間──
アルフォードの胸が十字に切り裂かれた。
「が……はっ」
老人の身体が、ゆっくりと崩れ落ちる。
「終わりです、師匠。あなたの優しさが、あなた自身を敗北させた……」
ユウは、静かにそう告げた──。