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第57話 VTuberを侮るなかれ ①

「夏之くん。お願いがあるの」


 誰も居ない小型会議ブース。

 社内に存在する単人作業用部屋だ。

 その1畳もないスペースに春子は夏之を呼び出していた。


「な、なんだい?」


 真剣な表情の春子とは対照的に、夏之は狭い個室に美人と二人きりという状況にドギマギしていた。


「小林ディレクターが翠くんにインタビューした時さ、夏之君カメラマンしていたんだよね。その時の映像記録を私に貸してほしいの」


「そ、それはまた、どうしてだい?」


「実はね、知り合いに機械に強い人がいるんだけど、その人が無償で音声データの復元に乗り出してくれているの」


 その言葉を聞いて夏之の表情が険しくなる。

 あの日、確かに夏之はカメラを撮っていた。

 でも突然夏樹翠が暴れだし、その時受けた損傷で音声データだけが消え失せた。

 それが春子達の認識である。


 夏之は春子達がその出来事が事実かどうか怪しんでいるのだと理解した。

 夏之的にはあの日の出来事を春子達に知られるのはまずい。

 でもここでデータを渡さないのは都合の悪い事実を隠しているように見えてしまう。


「わかったよ。後でデータをキミに送っておこう」


 夏之は笑顔で春子の要求に答えていた。

 その表情には余裕が垣間見えた。


「(くっくっく。そのカメラ記録には元々音声データなんてないのさ)」


 あの日、夏之は元々無音・・設定で映像のみ撮っていた。

 つまり、どんな凄腕なメカニックが居たとしても、元々音声データなど存在しないのだから復元させることなど不可能なのだ。


「じゃ、よろしくね。夏之君」


 春子は夏之の肩をポンッと叩き、ニコニコしながら出ていった。

 一人、個室に残された夏之はボソッとつぶやく。


「……めっちゃいい匂いした」







 その日、SNSにて意味深な告知が飛んでいた。


羽嶋春子 @haruko-h-haruharu . 3分

【緊急告知】&【拡散希望】

 本日21時よりお友達がVTuberデビューします!

 その正体はなんと暴露系VTuber!?

 極秘情報を暴露しちゃうんだって!

 何を暴露されちゃうのー!? ぶるぶるっ

 春夏秋冬ファンは必見だからね! みんなで一緒にVTuber見よ♡

リンクはこちら(httq://kabeanaV.cc.jp)



如月冬康 @huyuyassan . 4分

【緊急告知】&【拡散希望】

 僕の知り合いが暴露系VTuberとしてデビューします

 春夏秋冬に関わる情報を暴露するらしいのだけど……

 ちな、僕も内容は知りません!

 放送が終わった後、炎上してませんように(震え)

リンクはここから(httq://kabeanaV.cc.jp)



 佐伯千秋 @saeki-chiaking .4分

【緊急告知】&【拡散希望】

 お知り合いがVTuberとしてデビューするらしいです

 友達として応援してあげたいのですが……暴露系VTuberとしてデビューってなんですか!?

 何を暴露されるのか気になって仕方ありません! 

とりあえず私の私生活を暴露したら刺すからね!?

 気になりすぎるので私も配信を見に行きます。21時から配信開始らしいです!

リンクはこちらです(httq://kabeanaV.cc.jp)




 春子、冬康、千秋がほぼ同時にSNSに意味深な告知を発信した。

 元々人気があり、SNSでフォロワー数も多い3人。

その同時発信の呟きは瞬時に広がりを見せ、ファンの間で話題を呼んでいた。



 『VTuber? なんで?』

 『暴露系Vねぇ あんまりいい印象ないけど気になるな』

 『春夏秋冬の極秘情報は普通に気になる』

 『今日の21時からか 急だな まあ見るけど』

 『この事務所、タレントVTuberとかいたっけ?』

 『普通に個人の友達とかの可能性もあるだろ』

 『VTuber好きの俺歓喜 お前らまだ視聴予約してないの?』

 『千秋たん達も出演するのかな?』

 『どうかな 声だけのゲスト出演とか普通にありそう』

 『Vのキャラビジュがシークレットなのが興味をそそるな』

 『VTuberのデビュー配信ってわくわくするよな』



 春子達は横のつながりも厚く、有名作品の著名人や大物声優なんかも拡散してくれていた。

 ファン達の期待や憶測の呟きでSNSは大盛り上がり。

呟きから3時間後には『謎のVtuber』というワードがトップトレンドに上がるほどだった。

 その謎のVTuberは配信開始2時間前にも関わらず5千人を超える人数が配信待機をしてくれている。

 配信開始時間になれば恐らく視聴人数は1万を軽く超えるだろう。


「なんだ……これは……」


 やがて謎のVTuberの情報は小林忠文の耳にも入ってくる。


「暴露系VTuber? まさか井内さんのゲス性を他人に暴露させるつもりなのか?」


 小林忠文は師である井内監督を追い込みたかった。

 井内さえ引退すればポスト井内として映画ディレクターの権利を自分が得ることができるからだ。

 どうやって引退させてやろうか毎日のように考えていた。

 だから敢えて夏樹翠の前で羽嶋春子への裏接待の話題を持ち出したのだ。

 夏樹翠は絶対に春夏秋冬メンバーへ通達すると思ったし、正義感が人一倍強い春子は絶対に井内と対立すると睨んでいた。


 それを羽嶋春子は自身の口から世間に発信する。

 前科のありすぎる井内はすぐにボロを溢す。

 井内の悪質性が広まれば、ファンは春子を支持し追い風が吹く。

 やがて井内は失脚し、春子の評価も上がる。

 春子の評価も上がれば相乗的に春夏秋冬の評価にもつながり、夏之の名誉にもなる。

 仮に失敗してしまった時は春子一人に全ての責任を押し付ければいいだけの話。

 それが忠文の描いていたストーリーだったのだが……

 その過程で謎のVTuberが出てくるなんてまるで想定していなかった。

 これでは井内を追い込めても春子の評価にはつながらない。夏之の名誉にもつながらない。


「どうして自分の口から暴露しない……馬鹿なのか? こいつら」


 実際に被害を受けそうになった春子が自ら情報を発信した方が信憑性も得られるし、確実に井内を追い込める。

 それなのになぜ第三者に暴露させるのか。

 どうしてそんな成功率を下げるような真似をさせるのか。


「何を考えている? 羽嶋春子」


 直接聞きに行ってやろうかとも思ったが、それは出来なかった。

 そんなことをしてしまったら翠斗を利用して井内を追い込もうとしていたことがバレる危険性があるからだ。

 今の忠文に出来ることは成り行きを見守ることだけ。

 そこはかとない嫌な予感に包まれながら、忠文は謎のVTuberの配信開始をじっと待ち続けるのであった。


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