「……は?」
父、小林忠文が警察に捕まった。
その連絡を受け、息子の夏之はしばし呆けてしまった。
経緯を聞き、夏之は戦慄する。
聞けば、ほぼ忠文の暴走が原因で捕まったというじゃないか。
あの頭の良い父がどうしてそんな愚行に走ったのか、父ほど聡明でない夏之にはいくら考えてもわからなかった。
「ぼ、僕は、この先一人で、どうすればいいんだ……!」
小林夏之は父子家庭だった。
母は幼いうちに亡くなり、父には充分の愛情を与えられていた。
今回の春夏秋冬入りもそんな親心からの計画だ。
夏之に成功してもらいたい、最初はその一心だったはずなのに、いつの間にか腹は黒く染まり、思考が行動を暴走させ、最終的に逮捕という結末に至った。
だが、まだ取返しはつくはずだ。
父が行ったことはタレントに軽傷を負わせてしまったこと。
その程度であれば、きっとすぐに出てこれる。出てくればきっといくらでもやり直すことだってできる。
夏之はそう自分に言い聞かせることにした。
——だが、その仄かな思いはすぐに崩れ落ちることになる。
『もうすぐ21時か』
『今日は誰の暴露かな』
『井内のことニュースになってたな』
『配信での暴露が発端で全国ニュースになるなんて』
『VTuberの力ってすげえのな』
『四季のファンアート描いた!』
『↑うんま』
『↑お前が四季のガワ描けよもうw』
昨日の配信を見た者達が四季の配信開始を今か今かと待っている。
それほど昨日の井内の内情暴露は世に衝撃を与えていた。
祭りの予感を聞きつけた者達がネット掲示板で大いに盛り上がりを見せている。
もうすぐ配信予定時刻ということもあり、盛り上がりは最高潮に達していた。
だけど、一つの書き込みが不穏な空気を作る。
『もうすぐ21時だよな? 生放送の枠って見つけられた?』
昨日と違い、生放送の予約枠がない。
そのことがリスナー達を不安にさせる。
『いや。俺もさっきから探しているんだけど見当たらない』
『もしかしてアイツら配信予約忘れたか?』
『ありえるww どこか抜けてそうだったもんな』
チャンネルページを何度更新しても生放送枠のURLが出てこない。
それは徐々に不穏な波紋を呼び、様々な推測がリスナーの間で飛び交っていた。
『もしかして消された?』
『大丈夫? 井内の身内に粛清されてない?』
『まさか井内信者が凸ったりしてないよな?』
『謎のVTuberやぞw どこに凸るんだよ』
『BANとかされてないよな?』
『ひよって暴露するのが怖くなったとかかもね』
リスナーの間で奔る『消された』説。
暴露した相手が大物故に有り得ないことではなく不穏な空気が漂う。
四季を心配する声が殺到する中、ついに21時となってしまった。
未だ生配信のリンクは現れない。
——が、代わりに別のモノがトップページに現れた。
『?』
『え 動画?』
『なんかメンバーシップに動画が一つ現れたっぽいぞ』
『もしかして今日の暴露は生じゃなくて動画なん?』
『ていうかメン限かよ!! 金取るの!?』
『なんか足元見られている感じがしてやだな 結局は金の亡者かよ』
『タダで暴露を見るのは少し烏滸がましいのは分かるけど うーん……』
妙な変化球が飛んできてリスナー達は困惑する。
暴露は気になる。でもお金を払うほどの価値はあるのか?
その葛藤がリスナー達の頭を悩ませる。
『見てきた はっきり言う期待外れ』
『同じく見てきた よーわからんオッサンの悪行暴露だった』
『おっさんが夏樹翠を虐めているだけの動画』
『お前ら 無駄金払わんでいいぞ マジで』
『胸糞悪いおっさんだけどマジで誰だかわからん』
『夏樹翠は可哀想だけど、別にどうでもいい内容だった』
動画を見てきたリスナーが内容を酷評する。
そこには小林忠文という中年の悪行が暴露されている内容なのだが、一般人から見れば『?』状態だった。
忠文がいくら業界内で有名でも一般層から見れば無名もいいところ。
大物映画ディレクター井内監督と比べればその話題性は格段に落ちる。
つまり、忠文の小物っぷりが明らかになるだけの結果しか生まれなかった。
『はぁ~。暴露Vには期待していたんだけどな』
『金の亡者 二度と姿を現すな』
『ファンアートとか描いていた自分を滅したいわ まじで』
『アイツらには期待していたんだけどな はい かいさーん』
期待していたリスナーの熱は一瞬で冷めきった。
チャンネル登録も次々と外され、凄い勢いで数字が下降していく。
そしてこの日を以って暴露系VTuber四季は一切活動を行わなくなった。
メンバーシップにたった一つの動画がポツンと寂しげに残されたまま……