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第62話 夏の終わり

「動画……か」


 四季のメンバーシップに公開された一つの動画。

 物凄く嫌な予感に包まれた夏之は気が付けば四季の有料会員になり、動画を見る権限を会得していた。

 夏之は手を震わせながら動画の再生ボタンをクリックする。

 そこには自分の父が映っていた。


「これは……あの日の——!!」


 それは忠文が翠斗にインタビューした日の映像だった。

 確かに春子に頼まれて映像は渡した。

 でも映像記録だけで音声はないはずだ。

 こんなもの有料会員で見せられてもリスナーは意味不明なはずだ。


『さて、最初の質問だ。春夏秋冬のお荷物の夏樹君。自分だけ置いて行かれて今どんな気持ちかね?』


「——えっ?」


 動画から父の声が流れてきて、夏之は仰天する。

 そんなはずはない。

 あの時の音声が存在するはずないのに、どうして、と。


『ちょ、ちょっと、いくらなんでも、そんな質問——』


『早く答えろって言ってんだよ! 俺らに時間を取らせるつもりか?』


 間違いない。

 あの日の会話だ。


「(なぜ音声データがある!? 僕が間違えて音声データを撮っていた? いや、そんなはずはない。入念に確かめたはずだ! なら……どうしてだ!?)」


 混乱する夏之。

 慌てふためいている間にも動画内の会話は進んでいく。


『次の質問だ。足手まといの夏樹君はいつグループを抜けるのでしょうか?』


『自分はいつまでも春夏秋冬のメンバーです。これからも粉骨砕身の覚悟で活動を行って参ります! ずっと!』


 この会話も覚えている。

 この後、忠文が夏樹翠を挑発し掴みかかる所も。

 そして自分が夏樹を殴り返すところまでしっかりと映り混んでいる。


『すまない夏樹君! でもキミが僕の身内に暴力を奮う姿を静観することなんてできなかった! 自身の不甲斐なさで頭が真っ白になる気持ちはよくわかる。だから……キミの怒りは僕が引き受けよう!』


「僕の……声だ」


 間違いなく自分の声。


 ——本当に?


「……まさか!!!」


 一つの可能性が夏之の脳裏を霞め、ダっと冷や汗が浮かび上がる。

 そんなはずがない。そんなことできるはずがない。


「まさか……『収録』したとでもいうのか?」


 音声データは存在しない。


 ならば『音声データを再び作り上げればいい』

『映像データに合わせて声を吹き込めばいい』


「だけど……ここまで鮮明に僕や父さんの声を真似るなんて、出来るはずが……ハッ!?」


 本来なら出来るはずがない。

 人の声色を100%に近い形で真似るなんてできるはずがない。

 普通の人ならば。

 普通の声優ならばできない。


「夏樹……翠か!!」


 『七色』の声を持つ夏樹翠なら可能かもしれない。

 いや、可能だと悟る。

 夏之は夏樹翠の実力だけは認めているのだから。


「くそっ!! 証拠を作られた・・・・! こんなものが残っているんじゃ……父さんはもう業界に復帰できない!」


 それどころじゃない。

 父に協力していたことがバレた以上、夏之自身のキャリアも危うい。


「くそぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」


 頼りにしていた父は居ない。

 夏之は自分一人ではこの先どうすればいいのか分からず、ただ悲痛に叫び散らすしかない。

 子離れできなかった親。親離れできなかった子。

 共依存していた二人の崩壊はもう始まっていたのであった。


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