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第63話 春夏秋冬の終わり

 忠文による翠斗へのインタビュー動画。

 音声データがなかった為に翠斗が全員の声色を真似て作ったもの。

 警察に捕まった忠文はきっとすぐに釈放になる。

 その時に再び業界へ戻らせない為の切り札としてあの動画は作られた。


 ならばなぜそれをメンバーシップ公開にしなければいけなかったのか。

 それにはいくつか理由があった。


 一つ。

 目敏い人はアレを『収録されたモノ』と気づく可能性があった為。

 それがバレてしまった時点で全てが終わる。

 だから動画を見る人は少ない方が良いと判断した。


 二つ。

 忠文への制裁は社長が全て終わらせてくれたから。


 頭の良い忠文はきっと四季の正体を察し、慌てて会社に乗り込んでくる。

 何を暴露されるのかわからないという恐怖を与え、冷静になれなくなった忠文を挑発し、怒らせて手を上げさせる。

 忠文は暴行の現行犯となり、失脚。

 実はあの場にいた全員が隠し持っていたスマホで録音を行っていた。

 仮に暴れることがなかったとしても怒り狂った忠文は絶対に暴言を吐く。

 それを四季が生配信で暴露するというのも案の一つでもあった。


 だけど翠斗達は自分たちのトップを侮っていた。

 社長が身体を張って自分達を守ってくれた。

 あの一件において間違いなく最大の功労者は社長だ。

 社長が格好良く終わらせてくれたから、これ以上自分達が何かをする必要はないと思った。

 堂々と戦った社長の姿があまりにも眩しかった為、裏でこそこそ策を嵩じていた自分達が恥ずかしくなったというのも理由である。


 忠文が声優事務所で暴力を奮ったという噂はあっという間に業界内に広がった。

 そこからメンバーシップに公開されている動画にたどり着いた関係者が更に悪評を広める。

 更に、翠斗達も知らなかった余罪が次々と判明されることとなり、拘留期間を終えた忠文にもはや居場所などなかった。







「そ、それでは、ええっと、今日はゲストの春海鈴菜さんに作品の見どころを紹介して頂こうと思います」


「あ、あのぉ~、鈴菜は妹なんですけど。私は姉の春海ナズナ」


「うわわわっ! し、失礼しました! 春海ナズナさんに来てもらっています! 春海さん! 一言で表すとこの映画はどんな作品なのでしょうか?」


「ひ、一言で? きゅ、急にリハーサルと違う質問されてビックリなのですが……」


「す、すみません! やっぱり一言じゃなくていいです! 存分に語ってください!」


 その後、衝撃な事実が明らかになった。

 小林夏之の無能っぷりである。

 長身でイケメンな夏之は人気がある。

 だけど、能力はない。

 父の言う通りに生きてきた夏之はただのマリオネットだった。

 その糸を操る存在がいない今、ぽたりと落ちた哀れな人形なのが今の彼だ。

 まともな司会一つも出来ない体たらく。

 最初の内はフォローしていた春子達も徐々に彼を見放すようになってしまい、今も呆れたような視線を夏之に向けていた。


「アレ、本当に春夏秋冬なのか?」


「新メンバーが駄目過ぎる」


「段取り悪いよな」


「夏樹君が居た時はこんなこと全然なかったのに。夏樹君になら安心して司会を任せられたのになぁ」


 スタッフ達に呆れられる春夏秋冬。

 春夏秋冬に仕事を与えるくらいなら春子達個人に出てもらった方がずっと良い。

 それは徐々に現実となっていき、新・春夏秋冬は2カ月もしないうちに解散された。

 そして各々がソロの道を歩んでいくことになった。

 羽嶋春子、佐伯千秋、如月冬康、小林夏之。

 誰がソロで成功し、誰が消えてしまうのか。

 それはもう語らずとも分かるだろう。


 春夏秋冬が落ちていく中、ひっそりと夏樹翠は再評価されていた。

 実力があり、誠実で、気配りも出来る夏樹翠。

 もし彼が戻ってくるならば春夏秋冬にもまだチャンスはあったかもしれないが……

 夏樹翠が声優業界に復帰することはなかった。







「翠くん。本当に考え直してくれないかな?」


「そうだよ翠。キミが辞める必要なんてどこにもなくなった」


「お願い翠さん。また……一緒にやりましょう?」


 夏之がボロを出している間、他のメンバーは一度だけ翠斗に会っていた。

 退職処理を終え、引っ越しをする前日に春子達が会いに来てくれたのだ。

 『また一緒にやろう』という言葉は嬉しかったが、翠斗はゆっくりと首を横に振った。


「今回の一件……さ。俺が足を引っ張っていたことも悪かったんだって思っている。ゲス文に『お前はいつ人気声優になるんだ?』と言われた時、ギクリとした。あの一言、実は滅茶苦茶効いていたんだ。その弱さに付け込まれた。もうみんなに迷惑を掛けたくない」


「迷惑なんかじゃない! 私の方が翠くんと一緒がいいって思っているの!」


「……ごめんな春子。俺はもう自信を無くしちゃったんだ」


 春夏秋冬という超人気グループに属しているにもかかわらず、声の仕事が掛かってこなかった翠斗。

 他の声優よりもアドバンテージを得ているのに仕事がないというのは才能がないということだ。

 だから努力して成り上がってやろうと思っていた矢先に忠文が付け込んできた。

 忠文とのインタビューで努力を全否定され、心の奥底でメンバー達を見下していたという自覚が傷心の気持ちにトドメをさした。

 だから忠文との一件に片が付いたら自分も終わりにしようと心に決めていた。


「少し疲れちゃってさ。声優から離れたい」


「翠くん……」


 見たこともないような憔悴した表情に、春子達はもう何も言えなくなってしまう。

 だけど、瞳の奥底にはまだ光が灯っている気がした。


「もし……もしまた俺が声優に戻りたいと思えるようになったら……その時は——」


「その時は何でも協力する!」


「僕に出来ること何でもするよ」


「微力かもしれないけど、翠さんの力になりたいから」


 春子、冬康、千秋は翠斗の手を握りながら再起の協力を約束する。

 いつの日か、翠斗が声の世界に戻ってくれることを心から願って。


「ありがとう。皆のこと心から応援しているよ」


 それが夏樹翠としての最後の言葉。

 そして本当の意味で春夏秋冬の終わりでもあった。



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