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第64話 配信回Ⅱー④ 3万人

「ふぅ~~。長くなってごめん皆。俺が話したかった過去の出来事はこれで全部だ。トイレいく?」



  『俺らの尿意は気にしなくていいからww』

  『壮絶だったわ。ドラマ一本書けるレベルの話だったぞ』

  『本当に気の毒としか言えない。みどりニキ可哀想だわ』

  『声優業界って大変なんだな』



 長くなってしまった過去話を全て語り終え、翠斗は手元のお茶をぐぃっと一気に飲み干した。

 チラッと隣室の様子を伺うと、ささえが涙を浮かべながらこちらを見つめていた。


「(俺のことを思って泣いてくれたのか。嬉しい。本当にいい子なんだな)」


 泣かせてしまったことは申し訳ないと思いながらも、自分の為に泣いてくれたという事実はちょっとだけ嬉しかった。



  『興味深い話だったけど、微妙にモヤモヤが残るな』

  『まぁ、バッドエンドの話だったしな』

  『ゲス文をもっと「ざまぁ」して欲しかった』

  『みどりニキには折れずに声優として頑張って欲しかったな』



「あー、この過去話に置いてその辺りはそんなに重要じゃないんだ」



 忠文への制裁とか翠斗が辞めることになった経緯とかは正直蛇足である。

 別に語る必要もなかった部分であるとも言える。



「この話で皆に知って貰いたかったのは、『俺が夏樹翠という名前で声優をやっていて、大人気ユニット春夏秋冬の一員であったこと』と『謎のVTuberが現れて大きな話題を呼んだこと』。その二つなんだ」



  『??』

  『つまりどういうことなん?』

  『みどりニキはこれから何をしようとしてるんだ?』



 リスナーの頭にクエスチョンマークが多数浮かんでいる。

 この長い過去話は今から行おうとする大きな野望の伏線。

 とても出来っこないと思われるかもしれないが、翠斗はどうしても今夜中に達成したことがあった。

 それは——



「自分は、この生配信中に『チャンネル登録者数3万人』を達成したいと思っている」







 約1ヶ月前。

 Vクリエイトの事務所で七色みどりのガワを貰った日。

 翠斗は朝霧絵里奈にこう尋ねていた。


「朝霧さん。聞きたいことがあります——」


 VTuber活動を行っていく上で聞いておきたいことはないかと問われ、翠斗にはどうしても確かめておきたいことがあった。


「当社はVTuber同士の社内恋愛は認められておりますか?」


「……っ!!」


 翠斗は好きな人が居る。

 その好きな人はこれから一緒に同じ事務所に所属する。

 もし恋愛が成就したらタレント同士の社内恋愛ということになる。

 それって、許されるのだろうか?

 声優時代はそれがNGだった。

 だから翠斗は春子への想いを隠し通していた。

 VTuberも言わばタレント業。

 恋愛NGの可能性は高いと思った。


「ふーむ……Vクリエイトは創設されてまだ間もない。だからその辺りのルールはまだ無いと言えよう」


「なら——!!」


「だが、タレント同士が恋愛することは正直リスクでしかないと私は考える」


「…………」


「なぜだか……わかるな?」


「……はい」


 例えば自分が推しているVTuberが居たとする。

 その推しがもし誰かと恋人関係になったとしたら?

 その事実だけで配信者の人気は激減するだろう。

 チャンネル登録数も減り、収益を得られる可能性も下がる。

 企業にとってそれは致命的だ。

 VTuberの恋愛事情というのは害はあれど得はないといえよう。


「——3万人だな」


「え?」


「チャンネル登録数3万人。これを達成出来たら社内恋愛を認める」


 3万人。

 1か月で300人弱しか増えなかった翠斗には桁違いの世界。

 単純計算でもこのペースの増え方で行ったとしたら8年以上かかってしまう。


「なぜ……3万人なんです?」


「チャンネル登録数3万人。そこに到達できるのは全youtuberの何パーセントだと思う?」


「えぇっと……」

 youtuberとして活躍している人は年々増え続けている。

 その中に何人の人がチャンネル登録数3万人に達することができるのだろう?

 正直翠斗には見当もつかなかった。


「1%だ」


「えっ……」


「数年前の統計データだが、チャンネル登録数3万人に到達できる人は全体の1%しかいないと言われている」


 誰でも配信者になれるこの時代。

 その中で自分の配信を見つけてもらうことがまず困難。

 見つけてもらったとしても自分を支持してくれるとは限らない。

 簡単に目移りが出来てしまう世界なのだから。

 だからこそ悩む。だからこそ工夫する。だからこそ面白さを模索する。

 毎日生放送をし、毎日動画を投稿し、空いた時間があれば配信のことにすべてを捧げる。

 そんな絶え間なく努力を続けた人ですら、チャンネル登録者数1000人に達することも容易ではない。


「1%の壁を越えた人間を会社として絶対に手放すわけにはいかない。例え社内恋愛をしていたとしてもな」


「……逆に言えば、その壁に越えられないのでは代わりはいくらでもいるっていうことですね」


「いや、そこまでは言わぬが……だけど、VTuber同士が恋愛するいうことはそれくらいの偉業くらいは達成してもらわねば困るということを言いたい」


「ちなみに聞きたいのですが、当社ではVTuber同士で恋愛したい場合は両者共に1%の壁を超えないとだめなのでしょうか?」


「それはさすがに厳しすぎるさ。片方で十分だ。社内恋愛不可が理由で他社にでも行かれたらたまらんからな」


 つまり翠斗か想い人が3万人を超えれば社内恋愛が可能となる。

 おそらく今作られたルールではあるだろうが、朝霧絵里奈の言っていることはスジが通っていた。


「当面の目標が決まりました。俺はチャンネル登録者数3万人を目指します」


「頑張ってくれ。会社責任者としてきつい言葉を発したが、私個人としてはキミの恋愛を応援したい。そのためならどんな協力でも惜しまぬつもりだ」


 3万人を目指すといったが、今のままでは絶対に不可能だ。

 何らかの方法でバズりを狙う必要がある。

 翠斗が今持っている武器でバズを狙うには……


「朝霧さんにお願いしたいことがございます」


「ああ。なんでも言ってくれ。私でかなえられることであれば助力しよう」







「みんな、実は今日の生放送は俺のソロ配信じゃないんだ」


 1か月前、朝霧絵里奈から社内恋愛の条件を聞いた日から少しずつ準備を進めてきていた。

 全てはとあるVtuberとコラボをするため。

 翠斗がつらい過去の話を配信で語ったのもその布石。



  『どゆこと?』

  『今から誰かとコラボすんの?』

  『ささえやレイン以外にVTuberの知り合いいないだろww』



「いや、いるさ。今言っただろ? 『昔、話題になったVTuberが居た』って」



  『えっ?』

  『まさか……』

  『おいおいおいおいおい』



「紹介しよう! 今日のコラボ相手は超特別ゲストです! 半年前にトップトレンドにも上がった謎の暴露系VTuber『四季』です!!」


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