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第65話 配信コラボⅥー① 懐かしい顔 (七色みどり×四季)

 七色みどりの配信画面が大きく切り替わる。

 いつもは汎用的なサムネしか使っていなかったが、切り替わった画面に既視感を覚えた人もいるかもしれない。

 画面の4隅に描かれているへったくそな4人のキャラ絵。

 それは半年前に四季がデビュー配信時使っていた手作りの配信画面だった。

 そして今日の特別ゲストが声を揃えてみどりにツッコミを入れる。


「「「遅いよ!!!」」」


 男性一人、女性二人の声がピッタリと重なった。


「翠君! どれだけ待ったと思うの!」


「ごめんごめん。俺も誤算だった。30分くらいで語り終えると思ったんだけど」


 今をときめく超人気声優の羽嶋春子が一介のVTuber相手に親しげにぷりぷり怒っている。

 それだけでリスナーには衝撃の光景である。


「90分経ってますよ? 翠さん、私をそんなに待たせるなんていい度胸ですね」


「まぁまぁ。千秋もそんなカリカリしないでやってくれよ。久しぶりに四人集まれたんだから喜ぼう」


 続いて、歌手声優佐伯千秋とバラエティ声優如月冬康の声が七色みどりの配信に入ってくる。

 それだけでリスナー達は大きくざわめいていた。



  『旧春夏秋冬だぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』

  『え? マジ? 本物?』

  『あばばばばばばばばばば!(失神)』

  『豪華ゲストってレベルじゃねーぞ! なんだこれ! なんだこれ!』



「あっ、みんなー! 初めまして! 暴露系VTuberの……んと……翠君、私の四季での名前なんだっけ?」


「サクラだよ! 自分の名前忘れないで!?」


「そかそか。みんなー! サクラです! 気軽に春ちゃんって呼んでくださいねー!」


「中の人の正体を隠す気がない自己紹介ありがとうね!!」


 やたらテンションの高いサクラ——もとい春子。

 久しぶりに翠斗と話が出来て舞い上がっているようだった。


「一応僕も。暴露系VTuberのツバキです。僕のことも気軽に冬ちゃんって呼んでね」


「その呼び方は初めて聞いたな!? お前ファンからそんな風に呼ばれていたっけ!?」


「最後に私ですね。VTuberの佐伯千秋と申します。よろしくお願い致します」


「V名を言え!?」



  『おもろ』

  『めっちゃ仲良しやんお前らw』

  『思ったよりボケキャラの集いで草』

  『みどりニキの冴えるツッコミの起源はこれだったんだな』



「ねえねえ。夏男くんの自己紹介がまだだよ?」


「自分のV名を忘れているくせに夏男は覚えているんかい!」


 翠斗は軽く咳払いを入れると、当時を思い出しながら夏男の声を呼び起こす。

 少し低めのボイス、男らしい豪傑みたいなイメージで演じていたはずだ。


「あー、こほん。VTuberの夏男と——」


「翠くん。茶番はこの辺にしてそろそろ本題に入りませんか?」


「春子がやれって言ったんですよねぇ!?」


 結局4人は声優としての芸名で呼び合うことに決めた。

 この瞬間、四季とのコラボではなく、春夏秋冬とのコラボに変容する。


「いやー、ビックリしたよ翠。まさか君がVTuberになっているだなんて想像もしていなかった」


「事務所にオファーがあったとき何かの間違いかって思いました」


「あー、うん。色々あってさ。でも皆がこの依頼を引き受けてくれて本当にうれしかったよ」


 いくら企業Vといえど、人気声優とコラボするなんて普通なら不可能だ。

 だけど翠斗は元声優という肩書がある。

 声優事務所とコネがあった故にできたコラボ配信なのだ。


「社長も喜んでいたよ。翠君からコラボの依頼を受けた時涙ぐんでいたし」


「そうか。本当に社長には頭が上がらないな」


「涙ぐんでいたのは皆も同じだろ? また翠と仕事ができるって手を取り合って喜んだじゃないか」


「冬ちゃん! それは内緒にしてっていったじゃないですか」


「冬ちゃん呼びが浸透してる!?」


 みどりが電話でコラボを依頼した時、春子、冬康、千秋の3人はたまたま一緒にいた。

 スピーカー越しに聞こえてきた旧友の声に感情が擽られ、その場にいた全員が小さな涙を瞳に浮かべていた。


「さて、質問です。翠くんからコラボ依頼を受けた時一番泣いていたのは誰でしょうか! リスナーの皆も考えてみてね?」


「勝手にクイズコーナー始まってる!? このゲスト超仕切るやん!」



  『春ちゃん!』

  『千秋は泣かなそう』

  『春子かなぁ?』

  『冬ちゃんに一票』

  『まぁ春子やろな』

  『春子だな』



「ぶぶー! みんな不正解でーす! 一番泣いていたのは社長の佐藤臣でした~」



  『社長www』

  『ざまぁを実行してくれた勇者w』

  『元部下の為に泣けるなんて素敵やん。こういうトップにはついていきたくなる』

  『まだ株を上げる社長が主人公すぎるww』



「翠くんが声優から離れた時さ、もし戻ってくるなら何でも協力するって言ったよね。だから再び声優を目指すって聞いて嬉しかった。社長ほどじゃなかったけど、私もうれしくて大泣きしちゃったよ」


「VTuberとして声優を目指す、でしたよね。すごくすごく素敵な夢だと思います」


「絶対夢を叶えろよな! 俺達、いつまでも七色みどりを待っているからな!」


「……ああ! 絶対に!」



  『泣けるやん』

  『↑お前まだ泣いてないの?』

  『おじさん涙腺崩壊』



「翠くん。私達で力になれることない? あなたの力になりたいの。なんでも言って」


 懇願するように春子は言う。

 かつて自分達が追放してしまったという自責ももちろんある。

 だけどそれ以上に友人として、仲間として、彼の力になりたいという願いがあふれ出ているように思えた。

 その気持ちはきちんと翠斗にも届いている。


「もちろんだ。今日はそのつもりで皆を呼んだんだ」


 いよいよ本題。

 翠斗がこの配信中でやりたかったことの全容がようやく明かされる。


「さっきも言ったけど、俺はこの配信中にチャンネル登録数3万人を達成したいと思っている」


 チャンネル登録数3万人。

 全国Youtuberで1%しか到達していない偉業。


「それはどうしてなの?」


 純粋な疑問。

 当然だ。

 朝霧絵里奈以外の人物はどうして翠斗がそこを目指しているのかを知らない。

 翠斗は大きく深呼吸をする。

 それを明かすということはもう後戻りできない。

 自分の気持ちを——壁穴の向こうの人に伝えることになるのだから。


「俺には好きな人がいる。でも俺は企業Vtuberだからそう簡単に恋愛することを許されない。でも条件次第では認められることになったんだ。それが『チャンネル登録者数3万人』。それを超えたら俺は恋愛することを許可される」



 『好きな人……ね』

 『あっ……(察し)』

 『告白するために数字が欲しかったんだな』

 『やだ。素敵』



「す、翠くん!? き、気持ちは嬉しいけど、そ、その、私もアイドル声優だし、恋愛は、難しいよ? で、でも翠くんとなら……私——!」


「あ、俺の好きな人は春子じゃないよ?」


「私じゃないのぉ!?」



  『春ちゃwww』

  『自意識過剰春ちゃんクッソ可愛い』

  『残念ながらお前は過去の女なんやで』

  『「私じゃないのぉ」←くっそ萌えた』



「えっと……なんかごめん春子」


「翠君なんて知らないもん!!」


 ちょっと前まで翠斗が春子を好きだったのは事実。

 でも今はあの頃抱いていた気持ち以上に気になっている人がいる。


「チャンネル登録者数3万人というのは今の俺には途方もない数字だ」


 現在翠斗のチャンネル登録者数は約900人。

 この配信で急激に増えてはいるが全然目標に届いていない。



 『3万人か。企業勢なら簡単に達成可能だと思うが……』

 『↑大手V事務所所属ならの話だろ? 企業仕立てのVクリエイトでは企業ブーストはそれほどかからない』

 『でもみどりニキならいつか達成できると思うぞ』



「いや、『いつか』じゃダメなんだ。自分は今すぐ告白したい」



 翠斗の想い人はすでに気持ちを伝えてきてくれている。

 だからこそ早急にその答えを返したい。

 彼女の気持ちが昇華されてしまう前に、翠斗はチャンネル登録者数3万達成が急務なのだ。


「春子、千秋、冬康。俺の為になんでもするって言ってくれたよな?」


「「「うん!!」」」


 今からいうことは不誠実かもしれない。

 自分勝手で傲慢な考えかもしれない。

 だけど、なりふりかまってなんていられない。

 格好つけても仕方ない。

 どんな手を使ってでも翠斗は今日中にチャンネル登録者数3万人を達成するつもりなのだから。


「三人の人気を利用させてもらう。その為に今日は皆を呼んだんだ。どうか協力してくれ!」


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