「翠君。私達はここで失礼するね」
春夏秋冬の裏話などで盛り上がっていた最中、突然春子が終わりを申し出る発言を繰り出してした。
急な終了発言に翠斗は慌てふためく。
「えっ? あ、もう皆は終わりにしないといけない時間なのか。長々と引き留めてしまってごめん」
コラボを申し出た時に大まかな配信終了予定時刻は伝えてあったが、まだその予定時刻より30分は早かった。
「んーん。時間はまだまだ平気なの。なんだったら徹夜に付き合っても良いくらいの気持ちで来たから」
「でもここから先は僕らは邪魔だ。ここからは翠一人で配信を続けた方がいい」
「私達は画面からいなくなるけど、一人のリスナーとして最後まで見届けるから」
春子達は翠斗を思って自ら退こうとしてくれている。
その気遣いが翠斗には本当に嬉しかった。
「……ありがとう。みんなのおかげで……俺……」
「翠君。お礼は3万人を達成したら言ってほしいかな」
「キミの力になれて良かった。僕は今日の自分の行動を誇らしく思うよ」
「翠さん。いつかまたコラボしよ? いつでも待ってるから」
「皆……!」
夏樹翠が終わった日、春夏秋冬の絆も終わったと思っていた。
でも違った。
すれ違いはあったけど、傷つけあうことはあったけど……
絆だけは壊れたりしなかった。
翠斗はありったけの感謝を込めて一人一人丁寧に言葉を渡す。
「千秋。本当にありがとう。キミの歌、今でも毎日聞いているよ。キミの歌には人を元気にさせる力がある。本当にすごい能力だ。素直に尊敬する」
「ありがとう翠さん。私も翠さんの努力家な姿をいつも思い出している。私の方こそ翠さんを尊敬しています。お手本となる姿をずっと見せてくれてありがとう」
“佐伯千秋”
後にアニソン界で大ヒットソングを連発する。
憧れの武道館でソロライブを行う日が来るのはそう遠くない未来。
「冬康。本当にありがとう。この間の雑誌インタビュー見たよ。実写化アニメに出演者として出るんだって? 本当にすごい所まで行ってしまったんだな。映画、絶対見に行くよ」
「ありがとう翠。今の僕があるのはキミのおかげだ。実力派声優夏樹翠の背中をいつもおいかけていた。今だってそうさ。キミが必死だったから僕も必死になれたんだ」
“如月冬康”
実写映画出演をキッカケに俳優業も兼任。
甘いルックスと甘い声が人気を呼び、実写アニメの貴公子と呼ばれることになる。
「春子。本当にありがとう。キミはいつも俺のことを信じてくれた、いつも俺のことを第一に思って動いてくれていた。ありがとうという言葉では返せないくらい俺はキミに感謝している」
「ありがとう翠君。私ね、夢が出来た。七色みどりというVTuber声優と同じアニメに出演すること。みどりくんが主人公で私がヒロインなラブコメとかがいいな。絶対ぜったい叶えさせてよね!」
“羽嶋春子”
ワンパターンな声色しか出せないのは昔の話。
経験を積み重ね、やがて彼女はかつての夏樹翠を彷彿とさせる七色ボイスを習得する。
そして1クール10アニメに出演する引っ張りだこな実力派声優となる。
「じゃあね翠君! じゃあねリスナーの皆! これからも七色みどりをよろしくお願いします!」
その春子の言葉を最後に春夏秋冬とのコラボは終焉した。
だけどみどりには余韻に浸る暇などない。
七色みどりにとってここからが本番なのだから。
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『頼むぅぅぅぅ!』
『いけええええええ!』
『あと500人切ったぞ!』
『伸び方は緩やかになったな……行けるか?』
『行くんだよ!』
『伸びろ伸びろ伸びろ伸びろ!』
七色みどりのファン達が必死に祈る。
誠実で、一生懸命で、楽しくて。
いつもそんな姿を見せてくれているVTuber。
努力の人だと分かっているからこそ報われてほしい。
何が何でも目標に届いてもらいたい。
幸せになってもらいたいから。
だから必死に祈るのだ。
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天の川レインは祈る。
両手を握って神に願うように懇願する。
“お願い“
“彼が報われますように”
“そして——”
「彼と“あの子”が幸せな結末へとたどり着けますように……!」
強く——願う。
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春夏秋冬は祈る。
どうして“夏”だけがいつもこんなに苦しまないといけないんだ。
どうして“彼”だけがいつも苦しい試練を味わっているんだ。
“神様”
“どうか”
“お願いします”
「「「彼がもう苦しまなくて済みますように……」」」
強く——願う。
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朝霧絵里奈は祈る。
自分は彼に無理難題を吹っかけてしまったという自覚がある。
自分の決定が彼を苦しませてしまった自覚がある。
だけど彼は試練を跳ねのけて、とんでもない偉業を成し遂げようとしてくれている。
“がんばれ”
“がんばってくれ”
“偉業を成し遂げて、ドヤ顔で『1日でやり遂げてやったぞ』と私に自慢してくれ”
「彼のすごさが日本中の人に伝わりますように」
強く——願う。
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翠斗のファンたちが祈る。
翠斗の仲間達が祈る。
彼の頑張りが報われてほしいと一心に祈る。
偉業を見届けようとチャンネル登録してくれた者たちが固唾を飲んで見守っていた。
放送枠はとても静かだった。
七色みどりはもう何もしゃべっていない。
リスナー達も今は主の言葉を望んでいない。
望んでいるのはチャンネル登録者数が増えることのみ。
主が何もしゃべらない配信枠なのにその数値は少しずつ伸び続けていった。
チャンネル登録者数カウンターが回る。
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“正直、ここまでできるとは思っていなかった“
チャンネル登録者数カウンターが回る。
現在のチャンネル登録者数:29,911人
“これは春子達の力で伸ばした数値であり、自分の力ではない”
チャンネル登録者数カウンターが回る。
現在のチャンネル登録者数:29,930人
“他人の力を借りて伸ばした偽りの登録者数”
チャンネル登録者数カウンターが回る。
現在のチャンネル登録者数:29,942人
“もしかしたらネットの知らないどこかで自分は叩かれているのかもしれない”
チャンネル登録者数カウンターが回る。
現在のチャンネル登録者数:29,956人
“それでもいい。それでもいいんだ”
チャンネル登録者数カウンターが回る。
現在のチャンネル登録者数:29,961人
“偽りだと罵られてもいい。こんなやり方は汚いと罵られてもいい”
チャンネル登録者数カウンターが回る。
現在のチャンネル登録者数:29,979人
“ちゃんと謝るから。全部終わったらきちんと皆には謝るから”
チャンネル登録者数カウンターが回る。
現在のチャンネル登録者数:29,982人
“だからどうか今だけは皆の力を貸してください“
チャンネル登録者数カウンターが回る。
現在のチャンネル登録者数:29,990人
“だってさ、皆好きだろう?
チャンネル登録者数カウンターが回る。
現在のチャンネル登録者数:29,995人
“こんなご都合主義なハッピーエンドをさ”
チャンネル登録者数カウンターが回る。
現在のチャンネル登録者数:29,999人
“こんな俺を応援してくれて、ありがとう”
チャンネル登録者数のカウンターが
また一つ
回った。
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その数値を目にした瞬間
翠斗は精一杯息を吸い込んで
穴の開いた壁の向こうにいる人にしっかりと届くように
ありったけの大声で叫ぶ。
「ささやきささえさん! 俺は!! 貴方に恋をしています!!! 俺と付き合ってください!!!!」