「へぇ……それで送り出したんだタカオくん」
「すんません勝手して!」
「いやそれは良いんだけど」
そうか……。しまったな。
自分の日々が幸せ過ぎたのと、凛子ちゃんが明るく冗談ぽく言うのとで、未だにそんなにも真剣に想ってくれてるなんて思ってなかった。
完全に私の落ち度だ。
「でもカッコ良いね。凛子さんも喜多おにいさんも」
本日のカウンターを守る愛娘がそんなことを。
まぁ、確かに二人ともカッコいい、か。そうだな。
こんなこと正直言いたくないが、私にはどうすることもできない。
喜多、任せる。頼んだ。
頼むから凛子ちゃんを泣かせないでやってくれ。
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夕方ピーク前に野々花さんには上がってもらった。
タカオくんがカウンター業務もそつなくこなしてくれるのがありがたい。
問題なく日曜の営業も終わってカオルさん達が入院している病院へ直行だ。丸一日この目にできなかったカオルさんの『にへら』を摂取。助かる。
凛子ちゃんと喜多の件、カオルさんに言っておこうかどうか悩んだが、先に来ていた野々花さんがすでに洗いざらいぶちまけてた。
その野々花さんが言う。
「喜多おにいさんと凛子さん、めちゃくちゃお似合いじゃない? 美男美女で」
確かにそうだ。
カオルさんと顔を見合わせて笑い合う。ウチとはずいぶん差がある。カオルさんはともかく私は岩だから。
「それにさ、二人ともちょっと……変なとこあるし」
ほんとそれだ。
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明けて明けての火曜。
野々花さんは学校だし、カオルさんと
早いとこ名前も決めてやらねばならないが、これがなかなか難しい。
土曜の夕方からずっと連絡のない喜多と凛子ちゃんを心配してはいたが、いつも通りに出勤してくれるものと信じて夜明け前から仕込みを始めた。
あれこれと考えながら手を動かしていると、タカオくんもやって来たから仕込みだけでなく手分けして焼成も進めていく。
オープン少し前、どうやら店の前に車が停まったらしいと音で察する。
店前での路駐、さらにはワンボックス。
まず間違いなく喜多の車だろう。
車が離れていく音からそう間を開けず、からんころんとドアベルが鳴り響いた。
「おぃーっす! 今日も元気に働こうぜーっ!」
いつ通りの元気な凛子ちゃんだ。
私もタカオくんも、心からホッとしたのがお互いによく分かるってな表情を浮かべてた。
「おはよう凛子ちゃん。今日も――いや、今週もよろしく」
「おぅよ!」
完全にいつも通りだ。こうなると逆に聞きにくいよな。
と思ったのは私だけだったらしい。
「それでどうだったの凛子ねえちゃん。喜多さんは」
いつだったかもそんなして直球で聞いてたよな。
きっとセンシティブなとこだぞそこらへん。
「どうもこうもねぇよ。あいつアホだろマジで」
続けてボケだの天然だのトロくせぇだのと、
「クッソ面白かったけどな!」
――とびきりの笑顔でそう続けたんだ。
「おっと、遅刻しちまう。着替えてきやーっす!」
バタバタとバックヤードに駆け込んでく凛子ちゃんの背をタカオくんと二人で見送って、目顔でもって意思の疎通を図る。
『どうなんだろ?』
『いい歳した男女が土日月の三泊、っすよ。そりゃ〜……』
『だよねえ』
恐らく百パー伝わってる。
みんな気になるとこだよな。
「よっし! ヤロウども! パン売って売って売りまくるぜー!」
まぁ、詳しく聞く必要はないか。どうやら気晴らしにはなったみたいだしな。
しかし納得しない男がひとり。もちろんタカオくんだ。
「そんで凛子ねえちゃんと喜多さんは付き合うの?」
すげえなタカオくん。ハート強すぎないか。
「はぁ? なんでオレとあのアホが付き合うんだよ」
「いやだって三泊だよ、三泊」
「バカやろう。あれはそんなんじゃねえよ。なんつうか、そう、修学旅行とか合宿みたいなもんだ」
ちっとも分からない。
タカオくんもそうらしく、疑問顔で私のほうに視線をやる。
いや私だって何言ってるか分からないが、どうやら付き合い始めたとかそういう感じではないらしい事だけは分かる。
そんなこんなで時計の針が九時を指す。ロケットベーカリーの開店だ。
そしていつも通りの毎朝最初のお客は千地球のママ。
「聞いたわよ凛子ちゃん! 陽一くんと遊びに行ってたんですって〜?」
賑やかに入って来たママに腕を引かれて喜多も来店だ。
それを見咎めた凛子ちゃんが間髪入れずに口を開く。
「おぅこら
「バっ――違ぇよ! 凛子が車から降りてくの見られてたんだよ!」
なんだか分からないままだが、とにかく凛子ちゃんの壁がすっかり取っ払われたのは間違いないらしい。
「だいたい凛子が車降りてスッと店行かねえからいけねぇんだよ!」
「バカ言ってんじゃねぇ! 陽一が『次いつ遊ぶ?』なんてあんなタイミングで言い出すからだろうが!」
へぇ。次の約束もしてあるんだ。ちょっと意外だな。
「で、凛子ねえちゃんたち次はいつ遊ぶの?」
「ん? 日曜の晩にまた迎えに来てくれるらしいんだ」
「おぅ。火曜の朝にまた店まで送るぜ」
驚きの――またしても二泊。
「あなたたちもう付き合えば良いんじゃない? 気も合うみたいだし」
うんうん、と頷くタカオくんと私。こちらサイド、三人みんなの総意だ。
「オレと陽一が?」
「俺と凛子が?」
二人がお互いの顔を見遣り、そして顔を逸らす。
照れてそうなった、という訳ではなくそれぞれ何かを考えているらしい。
どうやら考えがまとまった二人は順番に言った。
「考えてもみなかった」「俺もだ」
「けど有りか無しかってぇと……」
「「有りだな」」
お、有るんだ!? まさかのカップル爆た――
「けど今は無ぇな」「おぅ、今は無い」
――誕しなかった。
けれど割と重要な、聞き逃せないフレーズがあった。
「今は?」
「おぅタカオ。いらんとこにツッコんでる暇があったらパン焼け」
「そうだそうだ。ゲンちゃんもパン焼けよほら」
ぐっ、正論だ。パン焼こう。
けどまぁ、今はそれで良いんじゃないか?
今の私が
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「けどゲンゾウさん」
「なんですカオルさん?」
仕事も終わって自宅でカオルさんと二人、ベビたん挟んでニヤニヤしてた時だ。
「ちょっと惜しかったな、って思わない?」
「何がです?」
「凛子のこと。あんな綺麗で面白いコなんだもん」
なるほど、そういう意味か。ふむ。
……………………。
「ちょっと改めて考えてみましたけど、全然なかったです。そういう気持ち」
私はやっぱり、心の底からカオルさんだけなんだな。
……あ。
どうやら私がなにを考えていたかバレてしまったらしい。
カオルさんが『にへら』で微笑んで続けた。
「あたし、幸せ者です」
「それを言うなら
なんて頬染めて言い合ってる二人。
それを
つい三年前まで殺し屋だった私なのに。
本当に、心の底から幸せ者だ私は。
《おしまい》