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ウサギメイン
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假名正稱
現実世界スポーツ
2025年03月02日
公開日
1.3万字
連載中
未来の野球は衰退を乗り越え、ベイスボールとして再び普及している。 まだ雪が解け切らない四月。とある北国の学校で、新体制となったティームが発足した。 男女混成の中学ベイスボール部に、異色のバッテリーが組まれようとしていた。 大柄な女子部員で控えのキャッチャー・嶋と、軽量な男子部員で控えのピッチャー・卯佐木。 どちらも二年生だ。他にも、網越、上川、キース、甲田、薩田、玉置、代田、服部、日比。 ……三年生はいない。 一年生は三人。保木、ロドリゲズ、王。 顧問の先生と監督は、昔の野球を知るおじさん(中年)とおじいさん(高齢者)。 おじいさん監督の嶋と卯佐木を組ませる企ては、部員たちには理解できない。やわな子どもたちは、物好きではあるが、それはベイスボールをやっているわけで、野球をしようとしているおじいさん監督との間には、世代以上の違いがある。 それでも、軍隊めいた太古の競技という印象は、世間一般には未だに残っていた。部員たちは、野球を知らない世代ならではの雰囲気でスポーツを満喫――とはいかない。 卯佐木は、去年から感じるようになった自らの能力に、確信を持ちながらも悩みを独りで抱えていた。それを周囲に知らせないつもりだったが、次第にそれがベイスボール部を変化させていく。 その一方で、捕手による投手の催眠(?)がバッテリーの究極形だと思っている嶋。負け試合の登板自責点ゼロの卯佐木は、控え捕手の嶋のサインには応えようと見栄を張る。嶋はマウンドの卯佐木を催眠術にかけられたことをきっかけに、勝ちが見込める試合で、卯佐木に負けている状況だと思い込ませることを思いつくが……。

第1話 未来のやわな子たち

 未来のな子たちはまだ、ヤキューを知らない……


 未来の野球は長かった衰退期を乗り越え、ベイスボールとして再び普及している。大まかに言うと、こうなる。

 何事も山あり谷あり、


 スリーアウツ! チェインヂ!


 そうなるまで、競技人生楽ありゃ苦もあるさ。攻守交替に十年以上かかることもある。試合再開したら競技の名称が変わっていることもある――これはあくまで、たとえ話であるが。


 なぜ衰退していたのか、その原因や詳しいことは敢えて伝えなくても分かるかもしれない。


 むかしむかし、ベイスボールがかつてヤキューだったころ、北国の学校は気候変動のせいもあり、競技人口が多かったらしい。

 その経緯とは、南方では雨が多くて試合にならないとか、温暖化がピーク時の炎天下では9回まで選手と観客がもたないとか……。

 ヤキューをはじめ、あらゆるアウトドアスポーツは民族大移動し、北上した。大げさにすれば地政学のような、単純にならば避暑のようなわけ。


 温暖化のピークが過ぎて数年後、一時的に気候は四季があった状況に戻っている。


 現在、まだ雪が解け切らない四月。北国の地方都市・奥府おうふ市。

 街には季節を忘れた、初夏の草木がすでに萌えている。住人にも季節感がまるでない着こなしが、あちこちに、ちらほら見える。寒そうなのに、習慣というのは奇妙なもの。


 市立大甕おおみか中学校の新年度が始まった。この時期を生徒、教員一同が揃って冬服で迎えるのが、ずいぶん珍しいという。これは入学式、始業式で校長先生に恰好のネタにされた。

「先生たちが、君たちと同じ齢だったころ、いっつも毎年のようにですね……」

 その談話は3人目の途中離脱により、強制終了となった。この事態は始業式に発生、戦慄を覚えた生徒も少なくないという。


 校長談話の所要時間:十七分。

 途中離脱者:3名(原因:疲労1名、貧血1名、寝不足のよる立ち寝姿勢から後ろへ倒れ、後頭部強打1名)。


 そのせいか、校長の長話ながばなしの内容が生徒たちには、特に響かないものだった。数人の先生には、まあ……それなりに。

 なにせ、生徒たちには、他に気がかりがある。

 これからの授業のレヴェルの上がり方。

 学級内での経験値稼ぎ。

 追加要素のクラブ活動――。

 追加要素はあくまで一要素いちようそ。必須ではない。ただし、物好きは、いつの時代も居るわけだ。

 そして、だといっても、クラブ活動を通し、長話に耐える体力をつけて顔色一つ変えなかった生徒たちが、そのな物好きだ。

 そんな物好き集団の一つ、ベイスボール部の新体制となったティームが発足した。


 そのティーム編成を、登場人物紹介も合わせて見ていこう。

 顧問の先生と監督は、昔のヤキューを知るおじさ中年んとおじいさ高齢者ん――なので、とても心が痛むが割愛かつあいする。

 部員たちは、背番号順でいこう。


【1】玉置 制(たまお・せい)

 大甕おおみか中・二年生。男子部員。背番号1。ピッチャー。右投げ左打ち。ベイスボール歴5年。直球の伸び、一通りの変化球の質も平均水準を上回る。本人はキャッチャーのミットを動かさせない投球にこだわるため、全力で投げない。なおかつ体力がなく、温存されるエース。

 監督から一言「でも、でもないんだった。いつも間違えてばかりで、すまん」

 部員たちから一言「得意球とくいだまは、球を置きにいくような投球?」「たまおっ球遅せーぃ!」「やめろぉ、玉置制の制はね、制球の制なのね!」


【2】甲田 順一(こうだ・じゅんいち)

 大甕中・二年生。男子部員。背番号2。キャッチャー。右投げ右打ち。ベイスボール歴5年。どのポジションもそこそこ。

 監督から一言「甲子園の甲が付いている。うらやましいよ」

 部員から一言「好打順の先頭打者になれない宿命さだめ


【3】網越 晴(あみごし・はる)

 大甕中・二年生。男子部員。背番号3。ファースト。右投げ左打ち。ベイスボール歴4年。選球眼が良い。その親戚はみんな、網越しに応援!

 監督から一言「ネット際のファウルボールをむやみやたら追うな……!」

 部員から一言「ファウルの名人!――ある意味」


【4】上川 眠麗(かみかわ・みんれい)

 大甕中・二年生。女子部員。背番号4。セカンド。右投げ両打ち。ベイスボール歴4年。副部長。クラスで性別にかかわらず親しまれる、丸い表情と性格の優等生。校内にコアなファンも多い(教師含む)。

 監督から妄言「わいの孫にしたい……」

 部員たちから戯言「ねむさま」「ねむれぃ~」「今度は一緒にあそぼね?」「上川良神可愛いいよー!」


【5】服部 長助(はっとり・ちょうすけ)

 大甕中・二年生。男子部員。背番号5。内野手。右投げ左打ち。ベイスボール歴4年。ベイスボール部の新部長。長身で、よく顧問と間違われる。

 監督から一言「わいの親父と名前が一緒だ」

 部員たちの狂言「ふくぶちょうすけ!」「せーんせえ、あ」「おい、先生が来――て、ぶちょお!」


【6】卯佐木 要(うさぎ・かなめ)

 大甕中・二年生。男子部員。背番号6。ショート。軽量ピッチャー。左投げ左打ち。ベイスボール歴3年。持ち前の運動神経で、全身を使った守備や投球の動作を繰り出すが、声は小さい。セイフティバントや盗塁がうまい。無表情なので意図が見えないのが、その成功率の高さの要因か。

 監督から一言「逆球ぎゃくだまさえ投げなければ……!」

 部員から一言「うさぎ並の脚力と聴力」


【7】日比 照人(ひび・てるひと)

 大甕中・二年生。男子部員。背番号7。レフト。重量ピッチャー。両利き。ベイスボール歴3年。左投げもいまいちで、右投げでも制球が乱れがち。投球モウションがワインドアップだったりクウィックだったりする。飄々としていて、優柔不断。それでも、淡々と試合に臨む。

 監督から一言「早く投球フォームを固定できれば……!」

 部員たちから一言「びびってるひと……ではない」「いやまったく、そう」


【8】カサリン・K・キース(Catherine K. Keith)

 大甕中・二年生。女子部員。背番号8。センター。ピッチャー。右投げ右打ち。ベイスボール歴5年。バッターとしてはピッチャー返しが多い。ピッチャーとしては緩急をつける器用さと、フォークボールを使う大胆さがある。とにかく「ドクターKしたい」(本人談)。留学生。北エールとアイルランドに両親がいる。

 監督から一言「暴投は、忘れた頃にやってしまう……!――お、五七五……!」

 部員たちから提言「CatherineのCもKにすれば?」「KKKケイ・ケイ・ケイ」「そうすれば三者三振だね」

 顧問から一言「それは、よそで言わないでおいてください」


【9】代田 表護(だいだ・ひょうご)

 大甕中・二年生。男子部員。背番号9。ライト。右投げ右打ち。ベイスボール歴3年。肩が強い。数字に執着しやすい。

 監督から一言「打席に立ったあとの守備も、安定してくれれば……」

 部員から一言「5回表の守備につくとき、緊張しすぎだよ」


【10】薩田 羊平(さつだ・ようへい)

 大甕中・二年生。男子部員。背番号10。サード。右投げ右打ち。ベイスボール歴3年。主将。数字に無頓着。

 監督から一言「アウトカウントの概念を理解してるんかい?」

 部員たちから不満「体格いいけど、算数いい加減」「勝手にカウント増やすんじゃねえ」「今年こそは、有言実行でたのむわね。……キャプテン」


【11】嶋 天韋皇(しま・ていこ)

 大甕中・二年生。女子部員。背番号11。大型キャッチャー。右投げ右打ち。ベイスボール歴3年。普段はおっとりしているが、部活動は真剣で、素質もある。バッティングはまだ未熟。

 監督から一言「指名打者制が捕手にも適用できれば……!」

 部員たちから一言「しまっていこー締まって行こー!」「今度、うらなてね」


【12】ロドリゲズ 朗一(ろどりげず・ろういち)

 大甕中・一年生。男子部員。背番号12。ベイスボール未経験。運動が少し苦手。


【13】保木 璦猫(ほき・えねこ)

 大甕中・一年生。女子部員。背番号13。ベイスボール未経験。ボール遊びが好きで、動くものに跳びつくことがよくある。


【14】王 磨利(わん・まーりー)

 大甕中・一年生。女子部員。背番号14。サブマリン投法のピッチャー。両投げ両打ち(両利きではないらしい)。ベイスボール歴2年。保木とは、いとこ同士。脱臼の治療中。


 途中に、監督のボヤキ、部員の野次のような声が混じったが、部内の雰囲気を感じることができるので、割愛はしなかった。


 監督から伝えられたのは、次の試合のスターティングメンバーと、そのポジションだった。打順は変動するものなので発表されないのが通例。

 ショートに卯佐木が選ばれたのは、ほとんどのメンバーにとって意外だった。

 そして、さらに監督が告げた。

「卯佐木くんがマウンドに立つときだけんど、キャッチャーには変わってもらおうか、ね」

 このベイスボール部を変えるきっかけになる、新たなバッテリーが組まれようとしていた。

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