「一足遅かったな」
領主の部屋には領主ともう一人の陰があった。
逆光でシルエットしかわからないけれど、椅子に座っているであろう領主と、領主の陰と重なる位置にもう一人いる。
不気味なことに、魔力探知に引っかからない。魔族に魔力がないなんてことはあり得るのか?
「領主に用があったのなら申し訳ない。彼はつい先ほど息絶えてしまってね、要件なら私が聞こう」
紳士的な口調で領主じゃないほうの陰が近づいてくる。領主の執事か何かだろうか。
身長は、私やリュシェよりも高い。180はありそうだ。
「領主はお亡くなりになったんですか? あなたは誰ですか?」
「おや? 名乗っていませんでしたか。これは失敬。私の名はグレイア・ゼリオス」
ゼリオス、リュシェと同じ性。まさか!?
月が雲に隠れ、シルエットに色が加わる。
「――幻魔騎士団団長だ」
こんなところで幻魔騎士団に出くわすなんて、しかも団長に。
魔力探知に引っかか他なかったのは制服のマントのせいか。
領主の屋敷に不法侵入していることがバレれば、即座に殺される。
「領主殿に用があったのですが、お亡くなりになられたのなら仕方ありません。出直してきます」
私は関係者。私は関係者。
自己暗示をかけ、踵を返し、入ってきた扉に向かおうとすると、風を切る音と同時に目の前にグレイアがやってくる。
「要件は私が聞くと言っている」
恐ろしいほどのプレッシャーに足が震える。
自分の一挙手一投足が生死につながるとはこういうことなのか。
落ち着いて状況を整理しよう。
グレイアは私の目の前にいるけれど、間合いにも構えにも
リュシェは私の左にいる。さっきの
無理じゃない? ここからどうあがいてもこいつにつかまる以外の可能性が見当たらない。
投降するしかないのか。こんなところで終わるのか?
死ぬよりはマシか。リュシェには申し訳ないけれど、投降しよう。罪は私一人が被ればいい。
「私は領主を殺そうとしました。隣の彼は私の魔道具で催眠をかけているだけです」
視界の端でリュシェが驚いたような顔で私を見てくる。頼むからバカなことはしないでね。
「投降と受け取っていいのかな?」
私が魔力探知を切り、戦闘の意がないことを示しても、グレイアは隙を見せなかった。
完敗だな。ひざを折り、腰のナイフを床に置く。
「私、リティー・ノアは降伏する」
「わかった。法に則り、捕虜とさせてもらう。けれど、幻魔騎士団の姿を見たのだからもう太陽も月も拝めないよ」
「それでいい」
私には拘束魔法がかけられ、魔力の操作も身体の自由も奪われた。
手刀で気絶させられ、私の復讐と革命の道は途切れた。