テレビの光が、小さな部屋を弱々しく照らしていた。葵はその光の中でニュースチャンネルをじっと見つめていた。一方、レン――今や操り人形となった彼――はテーブルの上に置かれたまま、ぬいぐるみのような瞳でスクリーンを見つめていた。そこには、白熊魔法学園の開会式がライブ中継されていた。

画面には、色とりどりのローブをまとった生徒や教師たちの姿が映し出されていた。中央の壇上に立つ大柄な人物が、学園の明るい未来について語っている。操り人形となったレンは、その光景を興味深そうに見つめていた。魔法が当たり前のように存在するこの世界に、彼はまだ戸惑いを隠せなかった。技術が進化したテレビの存在も、彼にとっては驚きの一つだった。

「さあ、新しい才能たちの登場です！」と、司会者の声が響き、若い生徒たちが舞台で魔法を披露する様子が映し出された。物を浮かせたり、炎を生み出したり、幻想的な光景を作り出す彼ら。司会者はさらに続けた。「彼らの中から、やがて大魔導士や国を守る騎士が誕生するでしょう！」

葵は腕を組みながら画面を睨みつけ、不機嫌そうに眉をひそめた。「くだらない…」と、小さく呟く。彼女のその態度は、レンには理解し難いものだった。レンのいた世界では、魔法や魔術的な能力は非常に特別なもので、誰もが憧れる存在だったからだ。しかし、葵はそれに全く興味がないどころか、不愉快そうですらあった。

「なんでこんなに嫌そうなんだ？」とレンは思ったが、操り人形の体では声を発することができない。思考だけが静かに頭の中を巡るだけだった。

葵はレンの視線に気づくと、鼻で笑いながら顔を向けた。「なに？じっと見てくるなっての。」その声色にはいつもの子供っぽい傲慢さがあったが、どこかしら不安げな響きも含まれていた。

彼女は突然立ち上がり、レンを掴んでテーブルから持ち上げた。「テレビなんかもういいでしょ。退屈だし…」と言いながら、彼を手の中で回した。

「ねえ、どうせなら君で遊んじゃおうかな？」葵はニヤリと笑みを浮かべ、悪戯っぽい表情を見せた。その言葉にレンは少し身構えた。遊ぶ？どういう意味だ？

葵はレンをソファに持って行き、操り人形の穴に指を入れた。「これで…こうして…ほら、どう？『僕はレンです。イケメンでクールな男さ！』なんちゃって！」彼女はレンをまるでおもちゃのように操りながら、自分の声を当ててふざけていた。

しかし、その瞬間――レンの中で何かが変化した。突然、彼の中で眠っていた力が目覚めたように、紐のようなものが自ら動き出した。彼の意識が人形の体全体に行き渡るような感覚が走る。そして、レンは信じられないことを試みた――声を出すことだ。

「…あ、葵…」掠れた弱々しい声が彼の口から漏れた。

「えっ！？」葵は目を丸くして硬直した。その瞳は驚きと恐怖に満ちていた。

レンはさらに言葉を続けようとしたが、その奇妙な感覚が体を支配していて、簡単にはいかなかった。必死に口を動かし、「…痛い…」と、かすかな声を絞り出した。

「きゃあああ！」葵は悲鳴を上げ、レンを思わず手から放してしまった。操り人形の体は空中を舞い、壁に叩きつけられた。「ドンッ」という音を立てて床に落ちた。

「な、なに…？今、喋った…？」葵は震える声で呟き、壁際に倒れているレンを凝視した。その顔は真っ青だった。

レンは壁にぶつかった痛みを全身で感じながらも、なんとか動こうとした。しかし、彼の力は限界を迎え、再び体を動かせなくなってしまった。

「レン…？壊れちゃったの？」葵は恐る恐る彼に近づき、床に座り込んだ。その表情には、彼女自身も気づいていない優しさが垣間見えた。

レンは動けないままだったが、不思議なことに葵の表情を見て安心している自分がいた。彼女はただのツンデレな少女ではなく、その奥に何か深いものを秘めているようだった。

「この子…ただの人形じゃない…」葵は呟きながらレンをそっと拾い上げた。

レンは心の中で思った。「僕はここにいる…まだ終わりじゃない。」

「レン？」葵は顔を青ざめながら、人形に身を寄せて小声でつぶやいた。

「レン、壊れてしまったの？」

こうして、操り人形としての彼の奇妙な冒険は続いていくのだった。

第3章 終了