葵は手に持っているぬいぐるみの人形をじっと見つめていた。まるで何か深く考え込んでいるかのように。
「ははは、きっと気のせいだよね」
彼女は誇らしげな笑みを浮かべながら再びレンを持ち直し、小さくつぶやいた。
「人形が勝手に話すわけないじゃない。ここで話してるのは私だけだもん。」
一方、レンは葵の近くにいることで、さっき起きたことを思い返していた。今の自分は人間ではないけれど、妙な感覚があった。動けるだけでなく、周囲と触れ合っているような気がしたのだ。ただ、それは葵が手を中に入れたときだけだった。もしかして、自分が話せるのは彼女が話すときだけなのかもしれない、とレンは不思議と戸惑いを感じながら思った。
そんなことを知らない葵は、楽しげにその状況を堪能していた。
「ねえ、レン」と彼女はぬいぐるみを操りながら、まるで独り言のように語りかけた。
「君って好きだなあ。魔法なんかなくたって、とってもかわいくて美しい女の子だよ。他の子みたいに強くなくても平気。君のために私がみんなを倒してあげる!」
自分の言葉に顔を少し赤らめながら、葵は完全に人形遊びに夢中になっていた。
「そうよ、私はすごいんだから。誰にも負けないわ!」
一方、ぬいぐるみの中で動けずにいるレンは、葵の言葉に思わず赤面した。まるで自分がそれを言っているような気がしてならなかった。
「な、何なんだこれ…」
そう思いつつも、声には出せず、じっとそのままでいるしかなかった。しかし、葵はそんなことには気づかず、レンを通して一方的に会話を続けた。
「どうしたの、レン?褒めたからって、私のベッドで一緒に寝られると思わないでよ!」
葵は驚きと照れくささが入り混じった声を上げたが、それでもレンは、彼女の言葉が自分の感情を映しているように感じてならなかった。
その時、レンはまたあの奇妙な感覚を味わった。恥ずかしさからか、ぬいぐるみの「手」がぎこちなく動き、まるで顔を隠そうとしているように見えた。はっきりとした感情表現はできないものの、その不器用な動きには明らかに照れが滲んでいた。
「え、ちょっと…!」
レンの心の中は混乱していたが、ぬいぐるみの体は小さな動きしかできなかった。
葵はその動きを見て、からかうように笑った。
「ねえ、レン。もしかして私にナンパでもしてるの?」
まるで独り言のように呟いた彼女は、不意に微笑み、続けた。
「ふふ、まあ、そこまで言うなら…ご褒美にキスくらいならしてあげる。」
突然、葵はレンの顔に自分の顔を近づけ、頬に素早くキスをした。ぬいぐるみとしてのレンにとって、それは不思議な感覚だった。人間ではないのに、まるでその行為の温かさを感じたような気がしたのだ。体が溶けるような、恥ずかしさに包まれる感覚だった。
レンは驚きと恥ずかしさで混乱し、再びぎこちなく「手」を動かした。今回も不器用に顔を隠そうとしているようだった。その動きは完全に無意識だったが、葵にとっては何か特別なものに見えた。
「ちょっと待って!本当に照れてるの?」
葵は驚きの声を上げ、人形をじっと見つめた。
「ねえ、これどういうこと!?まさか本当に感情があるの?」
レンは何とか反応しようとしたが、うまく動けないままだった。ただ、恥ずかしさが募るばかりだった。葵はそんなレンを見つめ、何かを察したような顔をした。
「ふーん…まあいいわ。もう投げたりしないであげる。」
少し優しい口調になった彼女は、ぬいぐるみをそっと抱きしめながら続けた。
「でも、信用できるかどうかはまだ分からないけどね。これからちゃんと証明してよ、レン。」
レンはその言葉を聞いて、少し安心した。少なくとも、もう壁に投げられることはなさそうだった。ただ、葵がこの状況を楽しんでいるように見えるのが、どこか心配だった。言葉が通じなくても、レ
ンには分かる。二人の間に、奇妙なつながりが生まれつつあることを。
第4章 終わり