レンは、状況に驚いているアオイと同じくらい混乱していた。人形の姿に閉じ込められているにもかかわらず、アオイが自分を操作するときだけ、不思議と周囲と関わることができるように感じていた。言葉が頭の中を駆け巡り、直接話すことはできないが、どこかでその思考が形となり、自分の動きとして現れている気がした。
アオイは、再び聞こえたレンの声のようなものに耳を傾け、固まった。「どうして喋れるのよ? あんた、人形でしょ!」驚きと疑念が混じった声で叫びながら、レンをじっと見つめた。その表情は、混乱から一瞬の恐れへと変わり、目の前で起こる異常な状況に戸惑っているようだった。
レンも内心では同じように混乱していた。「どうして動けるんだ? 頭の中の言葉がどうやって伝わるんだ?」と、心の中で繰り返し問い続けていた。
一瞬の沈黙が二人の間に流れた。アオイはレンを手の中で持ち続け、じっと観察していた。その瞳には不安とともに、目の前の現象を理解しようとする必死さが宿っていた。「人形が自分で何かするなんてありえないのに、喋れるなんて…もしかして、この人形には何か秘密があるのかも?」
レンも何か行動を起こさなければと感じていた。無力感を抱えたままではいけないと、再び「手」を動かす努力を始めた。ぎこちなくも、糸を引っ張りながら、一つの「手」を持ち上げ、アオイに向けて何かを伝えようとした。まるで「答えを教えてくれ」と懇願しているようだった。
アオイはその動きを目の当たりにし、再びため息をついた。「まさか…あんた、本当にただの人形じゃないの?」その声は疑念に満ちていながらも、どこか期待の色を含んでいた。
レンは、話すことができなくても、何かを試す必要があると感じていた。「動けば…関われば…この奇妙な現象の正体が分かるかもしれない。」そう心の中で決意しながら、再び「手」を動かそうと集中した。
アオイは、まだ信じられない様子でレンを見つめていたが、次第に好奇心が勝り始めていた。「なんだかよく分からないけど…どうせなら、もっと面白いことを話してみなさいよ。」と呟くと、レンを再び自分の手にしっかりと収め、操作を始めた。
レンはその瞬間、不思議な感覚に包まれた。アオイの手によって操られると、動きが滑らかになり、まるで自分自身の意思で動けているようだった。ここで試してみるしかない…と決心し、心を集中させた。そして、ついに「声」が彼の思考から形となり始めた。
「ぼくは…別の場所から来たんだ…」レンの声はかすかで、操作される人形特有の歪みがあったが、それでもアオイに伝わるだけの明瞭さを持っていた。「ただの人形じゃない…何かがおかしいんだ。でも、どうしてここにいるのか、君と一緒にいるのか、まだ分からないんだ。」
アオイはその言葉を聞いて目を見開いた。「別の場所? あんた…何者なのよ?」と呟きながら、さらにレンを凝視した。その目には混乱と興味が混ざり合い、レンの正体を知りたいという強い意志が見て取れた。
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アオイは片眉を上げ、納得していない様子でレンを見つめた。混乱の中にも、彼女の口調はまだしっかりとしていた。
「本気で私が信じるとでも思ってるの? 別の世界から来たって? そんなことあり得るわけないでしょ! あんたはただの人形、ただのぬいぐるみよ! 呪われたやつかもしれないけどね。」
レンは、人形の体に閉じ込められながらも、手を動かそうと努力した。それはまるで、アオイに自分が本気だと示そうとしているかのようだった。
「確かに、バカげてるように聞こえるかもしれないけど…本当なんだ。どう説明すればいいのか分からないけど…僕はこの形に閉じ込められていて、考えることもできるし、何かを感じることもできるんだ…理由は分からないけど。」
アオイはじっとレンを見つめ続けた。彼女の表情は典型的なツンデレそのものでありながら、どこか疑念が混じり始めているようだった。
「それで? 私にどうしろって言うのよ? あんたが喋って、まるで魔法の存在か何かで、この人形に閉じ込められているって信じさせたいわけ?」彼女の口調には嘲笑の色が混ざっていたが、その奥にはわずかな迷いも感じられた。
「運がいいわね、私があんたを拾ったの。でも、勘違いしないでよ! だからって、あんたみたいな人形を助けるつもりなんてないんだから!」
レンは「体」が緊張するのを感じた。フラストレーションが募り、まるでその勢いで立ち上がって動き出したいかのようだった。しかし、それは当然無理だった。それでも、彼はなんとか自分の必死さを伝えようと再び動きを試みた。
「アオイ…お願いだ、信じてくれ。僕はただのぬいぐるみなんかじゃない。もし君が手を貸してくれたら、この状態から抜け出す方法や…少なくとも、何が起こっているのか分かるかもしれないんだ。」
アオイは、これが冗談か何かのイタズラだと確信していたようだったが、少しだけ沈黙した。彼女のツンデレらしい態度の裏で、レンの行動には何かしら心を揺さぶるものがあったのかもしれない。
「ほんっと、バカじゃないの?」アオイは鼻で笑いながら言ったが、その声は以前ほど攻撃的ではなかった。「ありえないし、信じられないけど…でも…なんか変よね、あんた。」
彼女はため息をつきながらも、レンの言葉に耳を傾けている自分に少しイライラしているようだった。**何なのよ、これ…?**と心の中で思いながら、不快感と奇妙な興味が入り混じる感覚に襲われていた。
レンは彼女の言葉を聞いて、少しだけ安堵した。少なくとも完全に否定されたわけではない。それだけでも一歩前進だった。
「聞いてくれてありがとう。」レンは言った。その言葉はアオイを通して発せられたが、レンの思いは確かに込められていた。「どう説明すればいいのか分からないけど…少しずつお互い分かり合える気がするよ。」
アオイは少し頬を赤らめ、典型的なツンデレらしくそっぽを向いた。まるで自分が少しでも信じ始めていることを認めたくないかのようだった。
「ちっ、調子に乗らないでよね。」と彼女は目を細めながら呟いた。「でもまあ…まだ気に入ったわけじゃないけど。」
レンは彼女の言葉に少し困惑しつつも、どこか安心感を覚えた。少なくとも、完全に見捨てられたわけではなさそうだった。
「迷惑はかけたくないけど…助けてくれる? この場所のことや、どうしてここに来たのか知る必要があるんだ。」
アオイは鼻を鳴らして腕を組んだ。「だから、時間を無駄にさせるなって言ったでしょ。でもまあ、仕方ないわね…この厄介ごとを片付ける方法を考えましょうか。どうせ他にやることもないし。」
レンは心の中で微笑んだ。それは彼の「体」ではほんの小さな「腕」の動きにしか表れなかったが、
確かな一歩を踏み出した気がしていた。**まだ希望はあるのかもしれない…**彼はそう思った。
第5章 終わり