2019年3月。
その犬が保健所に収容されたときは、毛並みはボサボサ、毛玉だらけで灰色に汚れていた。
首輪は古くボロボロで、鑑札も注射済票も付いていない。
表情は乏しく、人を見て警戒しないが、興味を示すことも無かった。
「かなり長い間、ほったらかされていたみたい」
「この子は人間に対して、何の期待もしていない」
それが、その犬を見たボランティアたちの感想。
ネグレクトされた犬が、彷徨い歩いているところを発見されて、保健所に入ることはよくある。
愛されずに育った犬は、人を見て逃げたり、無関心だったりする。
「飼い主が迎えに来ないのなら、レスキューして里親を探しますよ」
譲渡ボランティア資格をもつ僕は保健所職員に話し、申請書を提出してレスキューを実行。
愛車の後部座席を倒してブルーシートを敷いたところへ、犬を乗せて自宅へ連れ帰った。
とりあえず、身だしなみを整えてあげよう。
トリミングサロンへ連れて行き、ボサボサの毛を刈ってシャンプーしてもらった。
このときシャンプーカットしたトリミングサロンが、後にラリマーの保護施設となっている。
見違えるように可愛くなった犬に、付けた仮名は「モクレン」。
レスキューした時期に花期を迎える樹木の名前。
木蓮の花言葉は、「自然への愛」。
モクレンをレスキューして間もなく、預かりボランティア登録をした女性がいた。
譲渡ボランティアは、預かりボランティアに保健所からレスキューした犬猫を預けることができる。
これは、【ボランティア譲渡申請書】を使った場合のみできること。
一般人が保健所から犬猫を出す際に使う【個人譲渡申請書】は、自分の飼い犬飼い猫として終生飼養するための申請であり、引き出した犬猫を保護犬猫にすることはタブーとされる。
モクレンを預かってくれた女性は、犬の飼育経験がなかった。
お試しで預かってみてもらったところ、中型犬の扱いは体力的に難しいと分かり、短期間で終了。
代わりに、猫なら乳飲み子からでも育てられる経験者と聞き、ミルクボランティアをお願いした。
彼女が育てた乳飲み子が、後にラリマーのアイコンにもなった仔猫「にーくん」。
にーくんについては、【島猫たちのエピソード】冒頭に書いてあるので、そちらをどうぞ。
保健所から出て以降、モクレンは表情が明るくなった。
ボサボサの前髪(?)をカットしたから、顔がはっきり見えて明るく感じるのかもしれない。
人間に何も期待していないと言われた無表情犬は、ニコニコ笑うような表情をする可愛い保護犬に変わった。
獣医師の見立てでは、かなりの高齢と言われたモクレン。
譲渡会に参加したけれど里親希望は無く、我が家の近所にすむ人から里親希望がきた。
保護犬の名前は譲渡後に変わることが多いのだけど、里親さんはモクレンの仮名を気に入り、そのまま正式名にしている。
モクレンは3年ほど里親さんと暮らした後、2022年に老衰で永眠。
自然や生き物を大切にする里親さんは、モクレンのことも最期まで大切にしてくれたから、きっと幸せな余生だったと思う。