ある日の夕方、
「ゔゔぅぅ……じんどい……」
「すごい汗ね、水分補給しなさい」
そう言って涼香はスポーツ飲料を涼音に渡す。
今日の涼音は体調を崩して学校を休んでいたのだ。
おでこを冷やしている涼音は、少し身体を起こしてスポーツ飲料を一口飲むと、倒れるようにしてベッドに身体を預けた。涼音の茶色の髪の毛がベッドに花を咲かせる。
その様子を見て涼香は。
「看病ってどうすればいいのかしら?」
と、呑気なことを言っている。体調を崩すことなどほとんどない涼香はこういう時どうすればいいのか分からなかった。
一応スマホで調べてみて、スポーツ飲料やゼリーを買ってきたが、涼音の家にそれらは既に用意されていたのだった。
「えぇ……」
涼音の気だるげな声がポツリと落とされる。
「とりあえず涼音のお父さんかお母さんが帰ってくるまでいるわ」
「いや……うつると……ダメなんで、先輩は……帰ってくださ……い」
「こんなにしんどそうなのに放っておけないわよ」
息を切らしながら言う涼音に、涼香は冷静に返す。
「いやです……先輩にうつったら……ぐすん……」
「ああもうほら、泣かないの。安心しなさい、私は風邪をひかないから」
涼音の汗を優しく拭きながら涼香は自信に満ち溢れた声で言い切る。
その自信の通り、涼香は風邪を引いたことがない、幼い頃は人並みに体調を崩したりしていたが、小学生にもなると風邪とは無縁の生活をおくっていた。
「ほんとに……?」
「あなたは知っているではないの」
布団から潤んだ瞳を覗かせて問いかける涼音に笑みを漏らしながら優しく答える。涼香の健康っぷりを涼音が知らない筈ないのだが、いかんせん風邪で弱っているのだ、不安になっても仕方がない。
「じゃあ、ぎゅっとしてください……」
「仕方ないわね」
涼音の唐突なお願いにも涼香は動じないがしかし。
「身体起こせる?」
「むりです……」
どうしたものか、涼香は少し考えた後、ベッドに上がると涼音の上で四つん這いになる。まるでカエルみたいだった。涼香はその体勢で固まっている、病人にかぶさるのはどうなのか、そのシンプルな疑問が涼香の身体を硬直させているのだ。
「涼音、私はどうすればいいの?」
そういう時は言った本人に聞くのが一番だ。
そんな涼香に答えるように、涼音が涼香の首にゆっくりと手を回す。僅かだが、涼音が腕を引いている気がする、もっと近づけということだろう。
涼香はゆっくりと身体を下ろしていく。やがて、涼音の身体に当たったところで止まる。体幹トレーニングのようで結構辛い。
身体が崩れるのも時間の問題だ、涼香を抱きしめている涼音にも、涼香の身体がプルプルしているは伝わっているはず。涼香は頑張って涼音の耳元で囁く。
「涼音……しんどいわ……‼」
「えへへ……いっしょですね」
伝わっていなかった。
そして涼香は遂に耐え切れなくなった。崩れる瞬間、最後の力を振り絞り、涼音を押しつぶさないように身体を捻る。なんとか回避することができたのだが、捻じった拍子にわき腹を痛めてしまった。
寝息を立てていた涼音の隣で涼香はわき腹を押さえて撃沈した。
涼音の母親が帰って来るまで、二人が目覚めることは無かった。