テスト返しがあった日の放課後。
「え、先輩どうしたんですか?」
三年生の教室へやってきた
いつもテストの点数悪いし今更真っ白になることなんてないはずなのに、なぜか真っ白な灰になっていたからだ。
「今日はずっとこんな感じだったよ」
声による空気の震えで涼香が崩れないように、ここねが声を潜めて教えてくれる。
「えぇ……」
なおさら困惑する涼音であった。
「す………………ず………ね……………」
「わ、生きてた」
今にも崩れ落ちそうな身体でなんとか声を発する涼香が、ゆっくりと手を差し出してくる。
涼音は触っていいものかと少し躊躇い、指でちょっと突っついてみた。
パラパラと涼香の腕が崩れ落ちる。重症だ。
涼音はどうしたものかと考える。
(とりあえずお礼言っとく?)
感謝を伝えられて嫌な気持ちにはならないだろう。もしかすると元に戻るかもしれない。
「先輩のおかげで地理のテスト九十三点でした。ありがとうございます――ってえぇ……」
涼香の身体は原型を留めることすら難しい状態になっていた。
「英語のテストどうでした?」
涼香の身体は崩れない。むしろちょっとマシになっている気がする。
「国語は?」
辛うじて人間の形を留めていた涼香の身体が、はっきりと人間の形を作り出す。
「あれだけ余裕こいていた地理は?」
崩れ落ちた。
「あー、なるほど……」
恐らく原因は地理のテストだ。
涼音は涼香の身体を崩さないように、机の中に手を滑り込ませる。
中から解答用紙と思しき紙の束を引っこ抜く。
数学やら生物など、他の教科の解答用紙(大体欠点)の束に紛れ込んでいるであろう地理のテストを探しだす。
「あ、あった」
涼音は地理の解答用紙を確認する。四十二点、それが涼香の、地理のテストの点数だった。
「あははっ、先輩低すぎですよ! ほら、あたしの点数見てくださいよ、九十三点」
「あ……ああ…………」
サラサラ……と、どこから吹いているのか分からない謎の風が、涼香の身体を運び去っていく。
涼香が完全に消え去ってしまう前に灰をかき集める涼音だったが、灰が指の中をすり抜けてしまう。もう二度と涼香に触れることができない。とどめを刺した涼音には許されなかった。
――やがて、涼香は跡形もなく、消え去ってしまった。
「先輩……」
「涼音が意地悪言ってくる……」
「あ、生きていたんですね」
「なにを言っているのかしら」
「いえ、少し考え事を」
「私に似てきたわね」
机に突っ伏している涼香が顔をあげる。口を尖らせた涼音が呟く。
「そうかもしれませんね」
下手に否定して、もし考えていることを当てられたら恥ずかしい。とりあえず肯定しておこう。
「ふふっ、別にいいと思うわよ」
「なにがですか」
「それを言っていいのかしら?」
「……四十二点のくせに」
「涼音が意地悪言ってくるわ」
「突っ伏してないで早く帰りますよ」
「しょうがないわね」
涼香は解答用紙を鞄に詰め込むと立ち上がる。
テストから解放され、軽くなった心、弾むような足取りで教室を後にしようとして――。
「補習はいくつあるんですか?」
ズッコケた。
「えぇ……」
生暖かい空気が教室に漂うのだった。