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家庭科室にて 3

「できまし――った!」


 息を切らした涼音すずねは、ダンッ、とテーブルにクッキーの乗ったお皿を置いた。


 とにかく急いだ。涼香りょうかがここねのクッキーを食べてしまう前に。


「あ……クッ……キー……?」


 この調子なら急ぐ必要はなかったような気もするけれど……。


 ズルズルとテーブルに這い上がってきた涼香の手が空を切る。


「涼音ちゃん……」


 ここねが眉をハの字にして涼音を見る。頷いた涼音がクッキーを一枚取ると涼香の目の前でひらひらと振る。


「せーんぱい。あたしの作ったクッキーですよー」

「あ……ああ……」


 テーブルに乗っかった涼香が餌を食べる魚のように、涼音の持つクッキーを食べようとする。傍らにクッキーの乗っている皿は見えていないようだった。


 涼香の口元にクッキーを差し出して、咥える直前に離す。涼音はなかなかの意地悪だった。


「うぅ……ぐずん……」

「えぇ……」


 やがてテーブルの上でぐったりと嗚咽を漏らす涼香に戸惑いながら、涼音は涼香にクッキーを食べさせる。


 サクッと音を立て、バターの香りが広がる。


「……美味しい」


 ツーっと涙を流しながら、クッキーを味わう涼香。


「生き返ったわ……。涼音、愛しているわよ」

「早く正気に戻ってください」


 素っ気なく答えた涼音は、手で顔を扇ぎながら食器の片付けへと向かおうとして「あ、先輩方もどうぞ」と思い出したかのように付け足す。


「え、いいの?」

「はい、せめてものお礼です」


 驚いた様子の菜々美とここねだったが、涼音の言葉に頷いた。


「ありがと」「涼音ちゃんありがとう」


 ――だがしかし。


「あげないわよ‼」


 復活した涼香が涼音の作ったクッキーのお皿を抱えて威嚇していた。


「「「えぇ……」」」


 こうしていつも通りの緩慢な放課後が過ぎていく。

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