ある日の夜のこと。
「今何時ですか?」
なにをするでもなく、ただダラダラと時間を過ごしているうちに、空の主役が月の時間になっていた。
「ドラマが始まる時間ね」
「伝わるような伝わらないような……」
九時か十時辺りかな? と涼音がスマホの時間を確認する。
「うげっ」
思わず顔を顰めてしまう時間帯。明日は学校だし、早く家に帰って風呂に入らなければいけない。
だが――。
(帰りたくないなあ……)
家庭環境が悪いから帰りたくない、という訳ではなく、ただ単純に涼香と離れたくないだけの涼音。いっそこのまま泊まってしまいたい、そう思って唸り声をあげる。
「どうしたの?」
「いやあ……別に」
ローテーブル越しに座る涼香の隣に膝を着いたまま移動する。
そして、座る涼香の袖を軽く引っ張る。
「どうしたのよ、いつもなら帰る時間でしょう?」
「うぅぅぅぅ」
帰りたくない。ただそれだけの言葉を言うのに、多大なる時間がかかってしまう。もういっそのこと察してくれと、そう言う気持ちを唸り声と視線と態度に込めるが。
「変なものでも食べ……あら? 私達って夕食を食べたかしら?」
「えぇ……あっ」
そういえば食べていなかった。
帰り道に近所のスーパーで買ってきた夕食が学習机の上に置かれている。
「食べましょう!」
今日一番の素早い動きで夕食を取ってローテーブルに置く涼音。
「お腹が空いていたのなら、そう言ってくれればよかったのよ?」
「お腹は減ってますけどそういう意味じゃないです。あ、ゆっくり食べましょう」
凄まじい速度でおにぎりやサラダ、サンドイッチなどをローテーブルに並べる涼音。
「そう? 飲み物取ってくるわね」
「あ、はい。気をつけてくださいね」
涼香がいなくなった部屋で夕食を並べ終えた涼音は、スマホのメッセージアプリを開く。
『今日は先輩の家に泊まる』
まだ涼香に泊まっていいかと聞いていないが、覚悟を決めるため送信。すると、床に置かれた涼香のスマホから通知音が鳴る。
「え⁉」
母親に送ったはずなのだが、涼音は送り先を確認する。トーク相手は涼香だった。
「ああ……⁉」
涼音は慌ててメッセージの送信取り消して一息つく。危なかった、これから言うことなのだが危なかった。
涼音が力尽きていると、涼香が飲み物を入れたコップを持って戻ってきた。
「冷蔵庫を開けようとしたら指を突いてしまったわ」
そのようなことを言いながらローテーブルの上にコップを置いた涼香。そして、床に伏せてある自分のスマホを取ると――。
「それなら着替えと学校に必要なものを持って来ないといけないわよ」
となぜか答える。
「え?」
取り消しをしたはずなのにいったいなぜ?
「ほら」
涼香が待ち受け画面を見せると、『今日は先輩の家に泊まる』という涼音からのメッセージが表示されていた。
「……取り消したはずなんですけど」
「そうなの?」
トーク画面を表示させるとさっきのメッセージは消えていた。
どうやら送信を取り消しても、通知画面には残るようだった。
涼香は、やや放心状態の涼音を座らせる。
「先に夕食を食べましょうか」
「あ、はい」
なにはともあれ涼音の願いは叶えられたのだった。