ある日の放課後、
なぜ家庭科室のロッカーに入っているのかというと、それには涼香曰く、コラ半島深度掘削坑よりも深い理由が。涼音曰く、お皿並みの浅い理由があった。
――
勿論発案者は涼香だ。二人に呼ばれて家庭科室までやって来たにもかかわらず、家庭科室にやって来たや否や用事で五分程出ていくと言われた腹いせに驚かしてやろうと。
「先輩、荷物は置きっぱなしでいいんですか?」
「いいのよ、その方が怖さが増すわ」
「……」
怖さが増すもなにも、まったく怖くないだろうになにを言っているんだ、と思いながら涼音は涼香の肩に顔を埋めている。
身体の薄い二人だからなんとか一緒のロッカーに入ることができたが、入れただけであってかなり窮屈だ。それにこの季節、じわじわと汗が滲んでくる。
「やっぱり出ません? 暑いです」
「今更出るの? もうそろそろ二人が戻って来る時間よ」
「えぇ……」
そんなことを言っていると家庭科室のドアが開き、菜々美とここねが戻って来た。
「あれ? 涼香ちゃんと涼音ちゃんがいない」
涼香は敢えて荷物を残すことで、今さっきまでいた人間が突如消えてしまった的なことをしたかったらしいが。
「トイレじゃない?」
全く意味が無かった。
「どうして怖がらないのよ!」
ロッカーの中で涼香は小さい声で叫ぶ。
「当たり前じゃないですか。学校ですよ、ここ」
なんかもう面倒くさくなった涼音は身体を涼香に預ける。そんな涼音の腰に手を回しながら涼香がロッカーの隙間から二人の様子を覗き見る。
「遅いね」
戻ってこない二人をここねが心配すると、菜々美がスマホを取り出す。
「連絡してみる?」
「うん」
すると――。
涼香のスカートのポケットの中にあったスマホから通知音が鳴る。
「ひっ」
その音に驚いた涼音がロッカーの中で僅かに動いてしまう。ガタンと音が響いて菜々美とここねが揃ってロッカーの方に目を向ける。
「ロッカー……?」
「ここねは待ってて。私が見てくる」
立ち上がろうとするここねを手で制した菜々美がロッカーに近づく。
恐る恐る手をロッカーにかけて一気に開けると。
「あ……ああ……」
みるみるうちに菜々美の顔が茹だこのように赤くなっていく。
菜々美の目の前には、涼音が涼香に身体を預け、涼香がそんな涼音を優しく抱きとめている光景が。
「菜々美、落ち着きなさい」
「あ、あああ、ああああああ」
「先輩、まず出ましょう」
「菜々美ちゃん大丈夫⁉」
驚いたここねが駆けつけた頃には涼香と涼音はロッカーから出て離れており、涼音が火照った顔を扇いでいた。
ここねの顔を見た菜々美は、更に顔を赤くし、脱兎の勢いで家庭科室から出ていった。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「菜々美ちゃーん!」
そしてそれを追いかけるここねであった。
「作戦成功……しばらく待ちましょうか」
「成功なんですねぇ……」
諸々の元凶である涼香は、誇らしげに席に着いていた。
その後二人が戻ってきたのは最終下校時刻直前だった。
こうして、少しだけ慌ただしい一日が過ぎていく。