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鮮魚コーナーにて

「そう、あれは十八年前のことよ」

「え、いきなりなんですか?」


 ある日のこと。スーパーの鮮魚コーナーで立ち止まった涼香りょうかが、澄んだ目の新鮮な鯛を見ながら語り出す。


「十八年前、私は生まれたわ」

「あ、こっちの刺身美味しそう」

「聞いてよ」

「今日の晩御飯は魚の煮付けでいいですか?」

「そこはお刺身の流れでしょう?」


 刺身をカゴの中に入れようとする涼香の手を押さえた涼音すずねは、サッとカゴの中に鯛の切り身を入れる。


「あとは適当な野菜でお浸しとか作ったらいいですよね」


 野菜コーナーに行こうとする涼音の袖を掴んだ涼香が一言。


「ホタテのバター醤油焼きが食べたいわ」

「コキールフライじゃダメですか?」

「本物のホタテが食べたいのよ」

「また今度ですねー」


 そう言ってやんわりと手を払った涼音だったが、次は腕を掴まれる。


「嫌よ、今日食べたいの」


 まるで駄々をこねる子供のように、騒ぎこそしないが、その場から一歩も動くまいと確固たる意思が感じられる。


「先輩、邪魔になるのでとりあえず場所を移動しましょうか」


 当然スーパーには二人以外にも客がいる。


「……そうね」


 涼香がそそくさとその場から離れる。ホタテを手に持ちながら。


「元あった場所に戻してください」


 しかしそれを見逃す涼音ではない。


 涼香は、涼音の意地悪! とでも言いたげな目を向けるが、涼音はどこ吹く風。


 やがて、素直にホタテを元の場所に戻しに行った涼香は、涙を拭うふりをしながら戻ってきた。


「生まれた私はすくすくと元気に育って「生ものあるんで早く次行きますよ」

「意地悪ね」

「先輩が先に鮮魚コーナーに連れて来たからですよ」


 涼香を冷たくあしらった涼音は、ようやく野菜コーナーに向かうのだった。

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