「今日は前に行ってください」
涼音が後ろに下がり、涼香の入るスペースを開ける。
「なんですって⁉」
自分の身体を抱きしめる涼香。脇腹が弱い涼香は、涼音にくすぐられるのではないかと警戒をしている。
「別にくすぐりませんよ」
別に涼香をくすぐる気のない涼音は適当に返す。
その適当さが涼香の警戒を解いたのだろう。転ばないようにゆっくりと湯船に入ってくる涼香。
ちゃぷん、と涼香が入ると、涼音の首元まで水位が上がる。
「いい湯ね」
「そですねー」
そんなことを言いながら、涼音は前にいる涼香の身体を引き寄せる。
抵抗なくもたれてくる涼香の肩に顎を乗せた涼音が目を閉じる。
「どうしたの?」
腰に手を回されないように、涼音の手を握って支えながら、涼香は優しく問いかける。
「別に……疲れただけですよ」
「そう……」
背中を涼音の鼓動が叩いているのが分かる。涼香は心地よさを感じながらただ黙って涼音に身を預ける。
涼音は、お湯の温かさとはまた違った、涼香の体温を全身で感じる。
軽く息を漏らすと、涼香の手を握り返す。抜けていった疲れの代わりに安心が入ってくる。
そうやってしばらく、互いに無言のまま、同じ時を過ごすのだった。