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第13話 枢密院にて

「これはロベリアの裏切りと受け取って良いのではないですか?」


「まだ弓を放ったものの身元がわかっておりませぬ。ロベリアの鎧を盗み、それを着て王子の乗る舟を襲撃することで、両国の関係悪化を目論む何者かの陰謀という線も」


「ロベリアの枢密院からは、襲撃者の身元の確認を急ぐと伝達が来ています。先方の調査結果を待つのが良いのでは」


「ふん、果たしてその調査結果やらは、信用に値するものなのでしょうな」


 アリシアは、グラジオ王国枢密院の重鎮たちが集まる会議の場にちょこんと座っていた。枢密院は、王直下の役職者たちが集う国の最高意思決定議会。川下りでの暗殺未遂事件を受けて、議員たちが緊急招集されたのだ。


 王の隣に席を用意されたアリシアだが、非常に落ち着かない。第一王子のアレクサンダーはどうしているかと様子を伺えば、真剣な目で会議の行方を見守っており、今のところ発言しようとはしない。


 紛糾する枢密院議会では、戦争支持派の意見が優勢だった。


 ——ど、どどうしよう。何か、何か言ったほうがいいのかな?


「アラン王子殿下。王子の舟が襲撃され、王子は見事矢を切り払われましたが。あの時飛んできた矢は、誰を目掛けて飛んできたものでしたでしょうか」


 議員に自分の名前を呼ばれて、ぎくり、とする。


「あ、あの矢は……バーベナ姫を狙っていたように思う」


 慌てて返答したために声が裏返ってしまった。腹に力をいれ、さらなる追求に備える。


「王子ではなく、ですか?」


 疑いの目を向けられ、たじろぐ。

 本当は自分を目掛けて飛んできていたのだが、そう言ってしまえば相手の思う壺。ロベリアの兵がアランを狙っていたことになり、それはすなわち戦争の導火線に火をつけかねない発言となる。


「姫を狙っていたため、彼女を守るために立ち上がり、矢を防いだ。何らかの理由でバーベナを狙っていたのだと、私は思っている。鎧を着ていたからって、それがロベリアの反意とは取れないのではないか? バーベナに歪んだ愛を抱いた人間の個人的犯行だっていう可能性もある」


 言った。言ってやった。これで話題がロベリアの裏切りから離れてくれるといいのだが。


「アランの言うことが本当なのなら、調査は慎重に行わなければいけないね。勢いで物事を進めれば、取り返しのつかない事態になるかもしれない」


 アレクサンダーがそう発言したことで、場が静まり返った。


 ——な、なんとかなりそう……かな?


 援護をした彼はアリシアに口元だけで微笑みかけてくる。アリシアは精一杯王子らしいキリリとした笑顔を目指し、微笑み返してみた。


「皆の者、少し落ち着け。ことを急いては正しい判断ができぬ。まずはロベリアからの調査を待つことにしつつ、王子と姫の身辺の警護をかためるとしよう」


 王がそう言ったところで、この議題は終わりを迎えた。

 これで今回の件は収まったが。またこんなことが何度も起こるのかもしれないと思えば、胃がキリキリと痛んだ。



 枢密院から解放されたのは深夜。フクロウの鳴く声を聞きながら、会議場があるエメラルド塔から、自室のある宮殿へと続く廊下を歩いていく。

 緊張感のある議論の真ん中にいたアリシアの疲弊は凄まじいものだった。


「もう嫌だ……」


 途中まで護衛の騎士がついてきてくれたが、部屋の前まで来たところで彼とは別れた。

 だが、このまま休んだら悪夢を見る気がする。

 アリシアは扉にかけていた手を引っ込め、気分転換にもと来た道とは反対側の廊下へと歩き始めた。


 光沢のある赤いカーテン、磨き上げられた大窓。有名な画家が描いたらしい代々の王の肖像画が壁にはかけられている。少し前なら足を踏み入れることも叶わなかった場所で、自分が生活していることが不思議で仕方ない。


 庭にでも出て、少し外の空気を吸おうか。それとも夜食をもらいに厨房に行こうか。


 迷った挙句、厨房に行くことにした。イブを呼べば夜食を持ってきてもらうことだってできるのだが、少し歩きたい気分だった。


 ——あれ?


 目立たないように庭を突っ切って裏口から厨房に行くつもりだったのだが。庭園の隅に建てられたガゼボに人の影が見える。


 ——こんな夜更けにあんなところで何してるの?


 その場にしゃがみ込み、アリシアはできるだけ近づいて聞き耳を立てる。


「川下りの件は失敗に終わりそうだ。王子たちの発言で風向きが変わってしまった。トーナメントの方はどうなっている?」


「協力者と連携をとっています。今回は確実に仕留められるかと」


「よし、頼んだぞ」


 手短に要件を確認し、黒い服に身を包んだ若い男がその場をあとにする。ガゼボに残っているのは年配の男だ。アリシアは目を凝らし、男の姿形を確認しようとじっと見つめる。


 雲の合間から月明かりが差す。顔は見えなかったが、照らし出された衣服に見覚えがあった。なぜなら、先ほどまで枢密院で顔を合わせていた人物だったから。


 ——あれはベルモント伯爵! グラジオの枢密院議員が今回の陰謀に関わってたってこと?


 ガゼボから人影が消えたあと、アリシアはキリヤの元へと走り出した。


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