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第25話 お出かけ

「あの、セオドア、これって」


「王子殿下の格好のままでは出歩けないでしょう?」


「それは、そうなんだけど……」


 引きこもりの予定はいつの間にか撤回されていて、いつもの通りイブが部屋に朝食を用意しにやってきた。食事を終えてすぐに届けられたのは大きな皮のトランク。開かれた中に入っていたのは女性ものの衣服と装飾品一式。地毛に近い金色の長髪のカツラに、ペールブルーの街歩きに適した丈のワンピース、そしてヒールの高いブーツ。


 まさかもう一度女物の服に袖を通すことになるとは。

 どこか楽しげなイブによって身支度をされ、仕上げとして髪にリボンを結ばれた頃、トランクの贈り主が訪ねてきた。


「とてもよくお似合いです。こんなに美しい女性を私は見たことがありません」


「ねえ、セオドア。中身変わってない? 今までそんな感じじゃなかったよね? ちょっと気味が悪いんだけど」


「男に対してとレディに対してとで対応を変えるのは自然なことです」


 そう言って上品な微笑みを浮かべる彼に、アリシアは動揺する。これが「偽アラン王子」に嫌味を言っていた人物と同一人物であるとは思えない。

 彼に自分が女であることを知らせなかったのは賢明な判断だったとアリシアは思った。女を王子として扱えと言っても、きっと無理だっただろう。


「アラン様、お気をつけて。あと、次にまた外出されたい時は、きちんとご相談ください。お逃げになるとは思っていませんが、やはり心配ですので」


「う、ごめんイブ。まさか許可してもらえるとは思ってなくて」


 セオドアが部屋の扉を開き、恭しくアリシアに向かって手を差し出す。


「さあ、アリシア様、参りましょう」


 これでは彼の方が王子のようだ。


「……よろしくお願いします」


 キリヤの手前、セオドアの手を取るのはやめておいた。

 なぜ彼に遠慮するという考えが浮かんだのか、自分でも疑問だったが。今、他の男性の手を取るのは、何か違う気がした。



   ◇◇◇



 バーベナことキリヤは、部屋着姿でソファーに寝そべり、足を組んでいた。


「バーベナ様、その格好はあまりに……」


「ここには俺とお前しかいねえんだから、いいだろ」


 ガーネットに悪態をつき、特大のため息を吐く。


 トーナメント後、鏡を使ってアリシアの試合の妨害をしていた男は無事捕縛できた。彼は一般市民で、観戦のため闘技場に訪れていたところ、隣の席に座っていた男に買収されたらしい。金を渡してきた男はフードをかぶっており、顔は見えなかったという。フードの男は試合が始まる頃には消えていたそうだ。


 つまり、収穫なしということ。

 メンシスの上級騎士たちに盛られたらしき薬は、当日調理場に出入りしている人物をグラジオの方で調べているが、そちらも怪しい人物を見かけたという話はないようだ。コックやメイドの身元を調べ直しているが、そちらは時間を要している。


 ——アリシア、傷良くなったかな。あれから音沙汰ねえし。


 アリシアの顔を思い浮かべると同時、セオドアのキザったらしいセリフが思い起こされ、むしゃくしゃした。彼女のこれまでの苦労も知らず、ぽっと出の男が何を言い出すのかと、腹が立って仕方がない。


「あー! くっそ!」


 ソファに八つ当たりをして拳を突き立てれば、凄まじい物音にガーネットが飛び上がる。


「ど、どうされましたか? バーベナ様」


「……なんでもねえ」


 ——なんで俺、アリシアにあんな態度とっちゃったんだろ。あいつは何も悪くないのに。つーか、協力者に対してあの態度はやべえだろ、嫌われちゃったら仕事に障るのに。


 アリシアはあくまで協力者。真面目でまっすぐなところがからかいやすくて、気安く接しているだけ。仕事の目的を達成すればそれで終わりの関係なのだ。彼女のこの先について、キリヤが口を出す権利はない。自分にとっては仕事を終えて手に入る金と自由、それが一番大事。なはずなのだが。


 どうしてもモヤモヤが募る。部屋にいるとアリシアとセオドアの顔ばかりが浮かぶ。


「あーもう無理。俺外出する」


「バーベナ様。今日はこのあと宝飾店の方が出来あがった装飾具をお持ちに……」


「ああ、それね。ガーネットの方で見といて。どーせ俺には判断つかないし」


 そう言ってキリヤは奥のドレスルームに入り、執事服を一式取り出すと、手早く着替え、銀色の長い髪を茶髪のカツラの中に押し込み、小型のトランクを手に持った。この国で銀髪はそうそういない。故郷のロベリアでさえも、王族以外にこの髪色をしているものは見かけないのだ。そのため演劇で舞台に立つ時以外は、常にこうして髪を隠すのが日常になっていた。


「準備オッケ。じゃ行ってくるわ。夕方までには戻るから」


「バーベナ様!」


 堂々と部屋のドアから出ていったキリヤは、回廊をスタスタと進み、すれ違うメイドや騎士にそれぞれ適切な挨拶をしながら歩いていく。一階に降り、裏門の方へと回ったところで足が止まる。視線の先にいたのは背の高い白金色の髪の男——セオドアだった。今日は騎士服ではなく、平服を着ている。


 ——ああん? あの野郎、アリシアにあんなこと言っといて、他の女とお出かけってのはどういうつもりだよ。


 遠慮がちにセオドアの後に続くワンピースの女性。見たところ令嬢風の格好をしているが、どうにも動きがぎこちない。横顔を見て、キリヤは気がついた。


 ——アリシア?!


 変装をしていようとも、見間違えるはずはない。あれは間違いなく彼女だ。


 ——ちょっと待てよ。もしかして、早速あの野郎の親に挨拶に行くとか? いや、それには軽装すぎるか。ってことは、デート……?


 居ても立ってもいられず、キリヤは二人の後を追った。



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