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第26話 城下町

「うわあ、賑やかだねえ」


城からまっすぐ伸びたグラジオ王国首都のメインロードを進んだ先、円形の大きな広場には、さまざまな商品を扱う露店が出ていた。広場に面する家々からは、赤いロベリアの国旗と青いグラジオの旗が掲げられ、窓には色鮮やかな花籠がかけられている。

アリシアは目を丸くして、広場の端から端まで視線を巡らせる。

ガラス瓶に入った茶葉、群青色の壺に入った異国の香辛料、肌触りの良さそうな綿のスカーフ、木製のビーズを繋ぎ合わせたアクセサリーなど、さまざまな商品を扱う店が並んでいる。故郷の港町でもマーケットはあったが、ここまで規模は大きくなかった。


「すごい人と店の数……! いつもこんなに多いの?」


 アリシアが問えば、セオドアが紳士的な笑みを向ける。


「殿下とバーベナ姫との結婚式を控えていますから。見物客を狙って出店も増えているのです。普段に比べて品数も豊富ですね。せっかくですから見てみましょうか」


 腕を取るように促され、アリシアは咄嗟に身を引く。


「これだけ混雑していては、見失ってしまうやもしれません。さあ、ご遠慮せず」


「そういうのはいいから! あと私のことはアリシアでいいって、そもそもは平凡な一般市民なんだから。セオドアって伯爵家の次男なんでしょ? 仕事の時はともかく、今は普通でいいよ」


「アリシア様は勇敢で美しいレディですよ。そこらのご令嬢と比べても、段違いに輝いていらっしゃる。ですから様をつけるのは当然のことです」


「なんかやりにくいなぁ」


 護衛をつけるなら、セオドア以外にして欲しかった。だが、イブが彼を護衛につけた理由はわかっている。いい加減毎夜やってくるセオドアを追い返すのにうんざりしていたからだ。


 適度な距離をとりつつ、セオドアと共に店を見て回る。やはり部屋に商品を持ってきてもらうより、こうして自分で歩いて欲しいものを見つける方が楽しい。久しぶりの庶民としての娯楽を、アリシアは存分に楽しみながら歩く。


「わあ、この髪飾り。綺麗」


「本当ですね。あなたの瞳と同じ、アクアマリンです」


 ベロニカの花を模した金細工に、アクアマリンの宝石が嵌め込まれた華奢な髪飾り。ただ見るだけでよかったのに、セオドアは店主に断って手に取り、アリシアに差し出す。


「綺麗だけど、私には勿体無いな。髪だって短いし」


「私と結婚してくだされば、髪などいくらでも伸ばせます。それにきっとお似合いになりますよ」


「またそんなこと言って。すみません、見せてくれてありがとう。これ、お返しします」


 セオドアから受け取った髪飾りを、店主に返す。するとぐう、と間抜けな音がする。アリシアの腹の虫だ。


「そろそろ食事に行きましょう。魚料理はお好きですか? 美味しい店を知っているのです」


 恥ずかしい。とてつもなく大きな音でなってしまった。


「えっ、いやいや、私はプレゼントを買いに来ただけで……」


 下を向き、羞恥に染まった顔を隠せば、セオドアはアリシアの手をにぎる。


「せっかくあなたと過ごすために休暇を取ったのです。少しくらい私に時間をくださいませんか」


「う」


 出掛けついでに美味しいものも食べられたらいいな、とは思っていたが、セオドアと一緒では安らげない。だが、彼が貴重な休暇をアリシアのために費やしたのは、事実な訳で。


「じゃあ、ちょっとだけ……」


 うまく王子を演じられなかった当初、彼のフォローがなければ身代わり王子業は成り立たなかった。恩を仇で返すようで、拒絶するのは忍びない。


 店は円形広場の奥、メインロードから右手に枝分かれする路地の突き当たりにあるらしい。セオドアのあとに続き、案内されるがまま歩き始めた。


   ◇◇◇


 ——くっそ、会話がよく聞こえねえ。でも、これ以上近づいたらばれちまいそうだし。ってか俺、何やってんだよ……。


 キリヤは苛立ち舌打ちをした。街中では目立つ執事服は、道中で平民らしい綿のシャツと色褪せたカーキ色のズボン姿に着替え、少し遠くから二人の動向を探っている。


 ——つーかあの野郎、距離が近すぎじゃね。仮にも俺の婚約者なわけだろ? いや、違う。アリシアはアラン王子なわけで、俺は偽物だから、アリシアはバーベナ姫の婚約者で……。


「協力者がしつこい男に付き纏われて困ってそうだから、助けてやろうと尾行してるだけだ! うん、それだ。それ」


 大きな独り言に周りが振り向く。ハッとしたキリヤは、気まずさから顔を赤らめ、人の波をかき分けて小走りでその場を後にする。


 一人の女に執着し、挙句尾行までしているなど、自分がおかしなことをしている自覚はある。これまでの自分からしたらあり得ない行動だ。


 劇団にいた頃は自堕落な生活を送っていて、散々女とは遊んできた。固定の恋人は作らず、将来を誓いあうなど馬鹿馬鹿しいと笑い飛ばし、結婚を迫られそうになった瞬間、関係を終える。それが常だった。


 それなのにアリシアからは目が離せない。一緒にいて心地いい。その一方で触れて、抱きしめたくなるような衝動にもかられる。これまで女に対して抱いたことのない感情を、彼女に抱いている。


 アリシアたちは飲食店が多く集う路地に入って行った。どうやら食事をとるらしい。

まるで恋人同士のようなデートを楽しむ二人を見て、複雑な気持ちになる。


 ——男の姿で隣にいるのが、俺だったらよかったのに。


 気づけばキリヤは、そう心の中でつぶやいていた。


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