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第28話 プレゼント

 店で暴れた男たちはボコボコにされた上で取り押さえられた。席に戻ってきたセオドア曰く、簀巻きにして店の裏手に置いて来たらしい。


 セオドアは、客と店の店員たちの歓待を受けた。お礼にと料理が振る舞われ、お代もタダにはなったものの。注目され過ぎて逆にいづらくなり、適当なところで店を抜け出すことにした。


「さっきの男の人はどうしたの? 戻って来たときは一緒じゃなかったけど」


 レストランを出たところでアリシアは尋ねた。セオドアと共に大暴れをした青年は、店の中には戻ってこなかったのだ。


「ちょっと目を離した隙にいなくなっていました。生意気なガキでしたが、戦い慣れていましたね。なかなか腕は立つようでした」


「ふうん……」


 ——あの声、あの動き。それに紫色の瞳。まさか、キリヤ……?


 いや、そんなはずはない。彼は自分を避けている。変装して外出していることはあったとして、同じ店のすぐ近くの席で食事などしているわけがない。


「ところで、どんなものをお探しですか?」


「え?」


「ご友人へのプレゼントです。城下町の店はだいたい把握していますので、ご案内できればと」


「……ああ! うーん、具体的には決められてなくて、散策しながらいいものがあればって」

 先ほどの青年のことに気を取られていて、本来の目的を忘れていた。

 キリヤに個人的な贈り物をする、と考えたとき。どんなものにするか、しばらく悩んだ。菓子の類は城で出されるものの方が美味しいに決まっているし、「バーベナ姫」に対してではあるが、アクセサリーはすでに豪華なものを贈っている。


「——あ」


 ふとアリシアの目に留まったのは、工房を兼ねた小さな装飾具の店。窓から中を覗けば、女性の店主が一人で切り盛りしているようだった。豪華さはないが、繊細で小洒落たデザインのアクセサリーに目を惹かれた。


「このお店、ちょっと入ってもいい?」


「もちろんですとも」


 ドアを開けると鈴の音が鳴った。よくある金属製のものではなく、ガラス製で涼しげな音がする魚の形のドアベルだ。


「いらっしゃいませ。どんなものをお探しですか」


 素朴な雰囲気の女性店主は、ふわりとアリシアに笑いかける。


「友人へのプレゼントを探していて。もうすぐ、遠くへ行ってしまう人で、何か送れればいいと思っているんですけど」


 そう自分で言って、ずきり、と胸が痛む。結婚式を迎えれば、彼とは赤の他人になる。二度と会うことは叶わないだろう。


 だからこそ仲直りしたい。くだらないやり取りで笑い合いたい。

 そのためには、どんなものなら彼の心を溶かせるのだろうか。


「それでしたら、こちらでどうでしょう。今日店頭に出したばかりなんです」


 女性がガラスケースの中から取り出したのは、シオンの花が彫られた金色の懐中時計。


「シオンの花言葉には『あなたを忘れない』という言葉がありまして。お相手に親愛の念を伝える意味で、ぴったりかと」


「わあ……素敵ですね」


 あなたを忘れない。少し重い気もするが、自分が彼を大事に思っているということを伝えるにはピッタリだと感じた。


「これにします」


「飾り石が選べるようになっておりまして、どちらの石にいたしましょう」


「紫色の石はありますか?」


「アメジストがございます」


 どうせなら瞳の色がいい。アメジストであればそこまで値も張らないしなんとか手が届きそうだ。


「ではアメジストで」


 横でやり取りを見ていたセオドアは、店主の女性が店の奥に消えたのを確認し、口をひらく。


「素敵な意匠の時計ですが、女性には大きすぎませんか?」


「いや……これはこれで大丈夫」


「……そうですか」


程なくして戻って来た店主から、アリシアは小箱に入れられた懐中時計を受け取り、代金を渡す。


リボンをかけられた箱をじっと見つめる。もうすぐ仮面舞踏会がある。そのときにこれをプレゼントしよう。そうしたら彼は、機嫌を直してくれるだろうか。


——喜んでくれるといいなあ。


アリシアが大事そうに箱を手で包み込む姿を、セオドアは注意深く観察していた。

   ◇◇◇



 円形広場のベンチに腰掛け、キリヤは伸びをしていた。

 姿を確認されてしまっては、もはや尾行はできない。一瞬だがアリシアと目が合ってしまった気もする。それにあのままずっと二人を追っていたら、セオドアにつかみかかってしまいそうだった。


 ——危なかった。ごろつきどもが暴れてくれなきゃ、セオドアをぶん殴ってるとこだったな。


 ひと暴れして気持ちがスッキリした。その点では厄介な客たちには感謝をせねばならない。


 アリシアとセオドアがどうなろうとも、自分には関係ない。仕事の協力者の幸せを願うなら、彼女を自由にしてくれるというセオドアの告白を応援してやるべきだろう。


 だがどうしようもなくイライラする。セオドアがアリシアの周りをうろつくたび、割って入って奪い去ってしまいたい衝動に駆られる。


 ——認めたくねえけど。これが恋ってやつなのかな……。


 キリヤは特大のため息をつき、ベンチから立ち上がると、トランクを肩に引っ掛け、城の裏門に続く道を歩き始めた。



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