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21.こうして氷室羽彩は自分を変えていった

 アタシが晃生と出会ったのは中三の夏だった。


「や、やめてください……」


 街中で変な男たちに絡まれたアタシは、まともに抵抗もできず震えていた。

 当時のアタシはかなり地味で、メイクもせず髪だって染めていなかった。全然垢抜けてなくて、田舎の女子中学生って感じだった。

 そんなアタシに声をかけた男連中の目的がナンパなわけなくて。わざわざ壁際に追い詰めた大の男三人の狙いは金だった。


「だーかーらー、ちょーっとお財布見せてって言ってるだけじゃない」

「お兄さんたちお金に困ってんだよ。通行税、払ってくんない?」

「ぎゃははっ! ツーコーゼイってなんだよ?」


 中学生の、それも女子にたかって恥ずかしくないのか?

 でもその時のアタシは言い返せるだけの勇気がなくて、ただただ震えていることしかできなかった。

 助けを求めて周りを見渡してみたけれど、こんな時に限ってあまり人はいなかった。通りかかってくれたかと思えば、視線を逸らされてそそくさとどこかへと行ってしまう。


「オイ。いい加減にしろよ? 出さねえってことは俺らのこと舐めてんだろ」

「な、舐めてなんか……」

「じゃあさっさと出せよ! ブスのくせに逆らってんじゃねえぞ!」


 大声で怒鳴られて、壁をドンッ! って殴られて、それでもアタシはただ震えることしかできなかった。

 怖い……。こいつら女だからって手加減なんかしない。殴られるっ。アタシの心は恐怖で折れそうだった。

 財布を出せば許してもらえる。そう思っても身体が動かなくて、ガタガタと震えながらぎゅっと目を閉じるのがやっとだった。


「お前ら邪魔」

「ぐえっ!?」


 どうしようもないピンチ。そんな時、急にアタシを囲んでいた男の一人が吹っ飛んだ。


「な、何す──」


 文句を言おうとでもしたんだろうけど、その男の仲間の声が尻すぼみになって消えていく。

 恐る恐る目を開いて顔を上げれば、金髪の髪を逆立てた大柄な男の姿があった。その強面はアタシを囲んでいた男たち以上に恐ろしい威圧感を放っていた。


「んだよテメーら。俺に逆らうつもりか?」

「あっ、いや……さーせんっ」


 男たちはビビった様子で逃げ去っていった。アタシは呆気に取られてその場で立ち尽くすことしかできない。


「オイ」

「ヒッ!?」


 それでピンチから抜け出せたわけじゃないと思った。だってこの凶悪顔。さっきの男連中よりも、明らかに悪行を重ねてきたって顔に、アタシもビビッていた。

 ズンズンと近づいてくる。アタシは怖くて顔を俯かせて目をぎゅっとつむることしかできなかった。

 無遠慮に前髪を上げられる。何をされるのかと、極限まで達した恐怖が目を開かせることを許さなかった。


「ふーん。なかなか良いじゃねえか。お前、化粧でもした方がいいぞ」


 それだけ言って、彼は離れていく。何が起こったのかわからなくて、しばらく状況が頭に入らなかった。

 目を開けば、すでに彼の姿は遠くにあった。


「あ、ありがとう、ございます……」


 今更になって助けられたことに気づいた。か細いお礼の言葉は彼の耳に届くはずがなくて、金髪の頭が振り返ることはなかった。


「こ、怖かったぁ~~」


 胸がドキドキする。あれだけの恐怖体験をしたんだから当たり前だ。

 でも、このドキドキはそれだけじゃないんだってことを、アタシ自身はわかっていた。



  ◇ ◇ ◇



 あれから数日後。アタシは初めて化粧して、髪を金色に染めた。

 夏休みが明けて、アタシの変わり様にみんな驚いた。先生に注意されたけど、無視していたら諦めたのか何も言われなくなった。

 アタシを助けてくれたあの人みたいになりたい。本気でそう思ってしまったのだから仕方がない。

 見た目が変わったからか、それに合わせるように性格も変わってきた。我を通せるようになって、何か言われても言い返せるようになった。


「あっ。あの人だ……」


 中学を卒業して、高校に入学した。そして、高校であの時アタシを男たちから助けてくれた彼と再会したのだ。

 あの時に金髪だった頭が赤色に変わっていたけれど、あの凶悪な顔は見間違えようがない。一目見てすぐにわかったね。


「あ? 誰だよオマエ?」


 あの頃のアタシとは違いすぎて、前に助けた地味子とは思わなかったのだろう。今思えば忘れていただけなんだろうけどね。晃生だし。


「アタシは氷室羽彩っ。ねえ名前教えてよ。君と仲良くしたいな」

「ちっ。……郷田晃生だ」


 ぶっきら棒に名前を教えてくれた彼のことを、前よりは怖くなくなっていた。



  ◇ ◇ ◇



 晃生との再会を運命と思うには、彼は粗暴すぎた。

 晃生の悪いうわさはたくさんある。それがただのうわさで済んでいないことを、近くにいたからこそ知っていた。

 見た目や雰囲気の怖さよりも、晃生の乱暴な内面が一番怖かった。それでも晃生はアタシの目標で、浮いてしまったアタシの唯一の居場所だ。

 晃生にまで見放されたら、アタシはどうすればいいかわからない。だから晃生の言うことを聞くようにがんばった。彼が求める女になろうと努力した。

 怖いけど好き。晃生に対する正反対の気持ちが、アタシを突き動かした。


「バカ言うな。俺はこれからまっとうに生きるんだ。青春を取り戻すんだよ」

「セイシュン?」


 そんな根っからの悪人であるはずの晃生が、急に変わった。

 最初は頭でもぶつけたのかと思った。だってあまりにも違っていて、まるで人格でも入れ替わったのかと疑いたくなるほどだったから。

 この変化にアタシは不安になった。晃生はアタシを見捨てるつもりじゃないかと思ってしまったのだ。


「晃生がまっとうになったとして……その隣にアタシがいても、いいのかな?」

「もちろんだ。氷室は友達だからな」

「友達……」


 でもそうじゃなかった。見捨てるどころか「友達」と言われて、胸の中がぽかぽかした。

 初めて見た晃生の優しい笑顔に、アタシはものすごく安心させられたんだ。


「わかった。アタシはわかってあげられる女だからね。晃生がまっとうになりたいってんなら、尊重してあげる」

「おう、ありがとよ」


 そう言った晃生の大きな手が、アタシの頭を撫でた。

 それがとても温かくて、気持ち良くて……。表現できないくらいの幸せに包まれるのを実感した。

 晃生のことは好きだ。だけど怖くて、近くにいる間はずっとビビッていた。

 でも、今の晃生は優しくて温かくて、アタシに安心感を与えてくれる。ずっと傍にいたいって思わせてくれる。


「ずっと、一緒にいたいな……」


 できればこのまま、優しいままの晃生でいてほしい。そんなことを、強く思った。



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