中間考査が終わって打ち上げもした。これで白鳥が俺に感じていたらしい借りってやつもなくなっただろう。
「ねえ、今度郷田くんのお部屋に遊びに行ってもいい?」
……そのはずなんだが、前以上に距離を詰められている気がするんですけど?
ねだるように近づいてくるピンク頭。清楚だとか優等生だとか、大切な設定を忘れているんじゃなかろうか。
「何言ってんだ白鳥。ダメに決まってんだろ」
「だって一人暮らししているんでしょう? 親の許可ならいらないじゃない」
「だからその一人暮らししている男の家に来ようとするんじゃねえよ。女として危機感を持てよ、危機感を」
「へぇ……。郷田くんは私を女として見ているのね」
白鳥は高校生とは思えない妖艶な笑みを見せた。
笑顔がエロいだと……っ。エロ漫画ヒロインは伊達じゃない。制服姿で肌を見せているわけでもないのに心臓の鼓動が速くなってしまう。意識させられるだなんて悔しい~。
「べ、別に意識しているわけじゃ……うほぉっ!?」
肩をすぅーっと撫でられる。くすぐったい刺激に身体が跳ねた。
「ふふっ。うわさもあてにならないわね。郷田くんはこんなにも可愛いのに」
くすくすと笑う白鳥はとにかくエロかった。もうエロいしか感想が出てこねえ。
距離の詰め方おかしくない? 優等生のはずなのに、不良生徒に対する適切な距離ってやつがわかっていないのだろうか。
それとも、一緒に勉強をした仲ってことで友達認定されたとか? これが友達に対する普通の接し方なら、勘違いする男子が続出するに決まっている。
「だったら純平くんも一緒ならいいの? 女一人でなければ問題ないんでしょう?」
「野坂を付き合わせてやるなよ。俺なんかの家に連れて来られたら迷惑だろ」
「そう? 純平くんはいつも私をいろんなところに連れ回していたわよ」
野坂が白鳥を連れ回す? 今の感じを見る限り、白鳥が連れ回す側だとしても、その逆は想像できないんだが……。
ああ、もしかしたら小さい頃のことを言っているのかもしれない。幼馴染だと今と昔の思い出が混ざってしまうこともあるだろう。幼馴染がいたことないから知らないけど。
……しかし、白鳥と野坂の幼馴染関係が俺の思い描いていたものと違っていたことを、もう少し後になってから知ることになったのであった。
◇ ◇ ◇
本日の日直は俺。相方の女子は怖がって俺と目を合わせようともしないので、一人で仕事をすることにした。
放課後。あとは日誌を書いて先生に提出するだけだ。
「あっ、花瓶の水を換えなきゃな」
教室の端にぽつんと置いてある花瓶。誰が持ってきているのか、綺麗な花が飾られていた。
「それくらいもう一人の日直にやらせればいんじゃね? 日直は男女ペアでやるんだからさ」
そう氷室は言ってくれるが、俺が話しかけようと近づくだけで恐怖に震えてしまうのだ。あまりにも可哀そうで声をかけるのも躊躇ってしまう。
それに、その女子の姿はすでに教室になかった。あまりの恐怖体験で本日日直だったことを忘れていたのかもしれない。
「別にいいんだよ。今までサボってきたツケだ。今日は俺一人でやるよ」
「手伝おっか?」
「大丈夫だ。すぐ終わるしな」
郷田晃生が日直を真面目にやるはずもなく、サボった記憶しかない。……というか最初から頭にないようだった。
逆に氷室は案外真面目にやってきたらしく、日直を他人に任せるということはなかったようだ。
ずっと不真面目だった奴が、ちゃんとしてきた奴を簡単に頼っちゃいかん。郷田晃生って男子が変わったのだと知らしめるためにも、今日は全部一人でやってやる。
てなわけで、花瓶の水を換えるために教室を出た。
「で、白鳥さんとはどこまで行ったんだよ?」
廊下の曲がり角。水道の近くで男子の話し声が聞こえてきた。
知った名前が出たので、思わず足を止める。クラスメイトの誰かか?
「日葵とはその……。も、もちろん行くところまで行ったさ!」
野坂の声だ。何人か集まっているのか、「おおーっ!」とどよめきが聞こえた。
「良いよなぁ。あんな美人の幼馴染がいてさ。小さい頃から好かれてたんだろ?」
「白鳥さんを狙ってる男子多かったもんな。彼氏がいるのに告白する奴が後を絶たなかったって話だし。野坂のために全部断っていたって、すげえ良い子じゃないか」
「可愛くて巨乳で従順……。マジ最高じゃんっ。いつでもエッチし放題とか羨ましすぎ!」
男子連中は好き勝手にしゃべっている。野坂も「ま、まあな」と肯定して場を盛り上げた。
野坂はなおも続ける。白鳥の裸が良かっただとか、感じてる時の声が良かっただとか、もう最高に気持ち良かっただとか……。美少女幼馴染との初体験を自慢げに語っていた。
男子らしい会話といえば聞こえは良いが、ただの猥談だった。
「……」
野坂くーん? なんか気持ち良くしゃべっているみたいだが、お前白鳥と別れたんじゃなかったっけ?
しかも初体験が失敗したと聞きましたけど? まあ全部白鳥からの情報だから、それが全部本当のことだと言い切れはしないだろうが。
だが、真実でも嘘でも関係ない。そういう話題を学校で、しかも誰が通るかもわからない廊下でされて、良い気分がするものじゃなかった。
「オイ。そこどいてくれないか?」
「ご、郷田……」
曲がり角から姿を現して声をかけると、男子連中がざっと道を空けた。
「なあ野坂」
「な、なんだよ?」
水を換えながら野坂に話しかける。昨日の日直誰だよ。水汚いぞ。
「お前言ったよな? 白鳥のことを守るって」
「そ、それがどうした……」
蛇口を閉めて、振り返って野坂を見下ろした。
「白鳥をゴシップのネタにすることが、野坂にとって大切にするって意味だったのか?」
野坂が息を詰める。見開かれた目が「さっきの話を聞いていたのか?」と表していた。
「お前らも」
「「「は、はいぃぃぃぃぃっ」」」
野坂の友人連中を睥睨する。全員綺麗に直立不動となった。
「こんなところで話す内容じゃないってわかるよな? 女子に聞かれでもしたら、お前ら軽蔑されてモテなくなるぞ」
男子高校生が「モテない」と言われるのは堪えるだろう。その証拠に「ごめんなさい! もうしません!」と全員の声が合わさっていたからな。
まあ当事者でもない俺が怒る立場ではない。けれど同じ男として、注意してやるくらいは許してほしい。
さて、俺がいつまでもここにいては迷惑だろう。花瓶を教室に運ぶため、曲がり角を進んだ。
「郷田くん……」
「うおっ!?」
曲がり角の先にいたのは白鳥だった。これには俺もびっくり。
ていうかいつからいたんだ? もしかして今の話を聞いていたのか? 驚きながらも状況を整理しようとする。
ここは死角になっていて、野坂たちからは白鳥の姿が見えていない。どちらにしても、ここで顔を合わせたら気まずいにもほどがあるだろう。
「し、白鳥……ちょっとこっちに来い」
「あ」
とにかくここから離れなければ。俺は白鳥の腕を掴んで歩き始めた。