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31.幼馴染理論

 野坂純平。特別秀でた特徴のない、ごく普通の男子だ。

 彼が一つだけ誇っているものは幼馴染の日葵だけだった。みんなに自慢できる美少女を、まるで自分が獲得したトロフィーのように扱っていた。


「私は純平くんに振り回されてきたわ。他の男子としゃべっているだけで怒るから、私も幼馴染以外の異性と話すのは良くないことなのかなって思い込んでいたわ。……そんなわけないのにね」


 というのが日葵の言である。

 日葵の行動には細かく口出しするくせに、自分は白鳥日葵という美少女を連れ回し自慢する道具にしていた。冷静になって振り返ってみれば、そういうことだったのだろうと彼女はため息をついていた。


「おい郷田」


 そんな男に、俺が悪感情を抱くのは当然だった。


「なんだよ? 俺は今忙しいんだ」


 昼休み。購買のパンを買いに行こうと廊下を歩いていたところを呼び止められた。


「大事な話がある。ちょっと来いよ」


 野坂は俺の返事も聞かずに歩き始めた。自分の意見が通るものだと、まったく疑いもしないという態度だ。


「……」


 今まで野坂に優しく接していられるようにと心掛けていたからな。寝取られ主人公で可哀そうな奴。そう思っていたからこそこいつのイラッとする行為に目をつぶっていられた。

 だが、もう俺は野坂のことを応援してやる気にはなれない。また日葵を傷つけるようなことをすれば、容赦はしないだろう。


「ったく、どこへ連れて行くつもりだ?」


 頭をがしがしとかく。悪感情はあるが、俺から突っかかっていくことはない。とりあえず今は言う通りについて行ってやることにした。

 野坂は無言のまま先を行く。見た目は気の弱そうな男子に見えるのに、けっこう態度でかいよね。


「郷田」


 人気のない階段の踊り場。急に足を止めた野坂は、振り返って俺を睨みつけてきた。


「お前……あの時俺が言ったことを日葵にしゃべったんじゃないだろうな?」

「あの時? 何のことだ?」


 一応すっとぼけてみる。野坂は目を吊り上げて怒りを露わにした。


「お、俺が日葵と……その、肉体関係を持った事実をだよっ!」


 嘘つけ。日葵が処女だったことは確認済みだ。嘘をついたのは野坂の方だと完全に証明されている。


「いや、俺は何も言ってないぞ」


 嘘は言ってない。あれは日葵がその場にいて直接聞いていただけだ。俺が教えたわけじゃない。


「じゃあ何で日葵は俺から距離を取っているんだよ!?」


 野坂が吼える。精一杯の怒号のようだが、俺は早くも面倒になっていた。

 予想はしていたが、日葵に関することだった。彼女のことでもない限り、野坂が俺に対してここまで好戦的にはならないだろうからな。


「知らねえよ。そういう気分の日もあるんじゃねえの?」

「そんなわけあるか! 日葵はいつだって俺の気持ちを尊重していたんだ。なのにあんな……、日葵に何かあったとしか思えないだろ!」


 日葵はこいつに何を言いやがったんだ? まあ好きに言いたいことを言えたのならそれで良い。俺は彼女を応援するだけだからな。


「日葵が勝手にあんなことを言うわけがないんだ……。郷田、お前が何かやったとしか思えないだろ!」


 ヤることはヤりましたけどね。わざわざそれを野坂に教えてやる義理はない。……まあ、恋人だとは胸を張って言えない関係だからってのもあるんだけどな。

 それに、野坂はあくまで日葵の元カレだ。しかも幼馴染だからという理由だけで付き合った関係だ。日葵にとってはもう終わった関係で、すでに未練もなかった。

 だから野坂に俺から言ってやれることは何もない。それでも、話をすれば少しは考えを改めるんじゃないか。この期に及んでも俺は野坂純平という男を見捨てきれなかった。


「あいつが何を言ったかは知らんが、ちゃんと話は聞いてやったのか? 本当に好きなら、それくらいのことはしたんだよな」

「そんなことはどうでもいいだろ!」

「……あ?」


 こいつ、今なんつった?


「どうでもいいわけあるか。好きな奴の気持ちを確認する。何をするにせよ、話はそれからだろうが」

「そんな話をしているんじゃないっ。幼馴染を拒絶するなんてあっていいはずがないんだ! 日葵が俺にしていい態度じゃないんだよ!!」


 野坂は俺を睨み上げる。今まで友達面をしていたのが、悪い意味で生かされてしまっていた。

 本来の郷田晃生相手ならこんな態度を取っていなかっただろう。俺を優しい奴とでも思っているのか、言いたい放題だった。


「野坂、少し黙れ」

「ヒッ」


 野坂を睨み返す。それだけでこいつは喉を引きつらせた。


「いいか? 白鳥日葵はお前の幼馴染かもしれないが、所有物じゃない。あいつを尊重できない理由が野坂のエゴなら、んなもんに価値なんか一つもねえよ」

「お、俺のエゴ? 俺は日葵のためを思って──」

「だったらまず話を聞くことだな。お前の『守る』って言葉は押しつけがましいんだよ」

「なっ……!?」


 野坂は絶句した。口をパクパクさせて、何も言い返せない。


「それにな、お前の見栄のためにあいつは犠牲になった。あんな風にネタにして、日葵がどういう目で見られるか考えていなかったのか?」

「いや、だって……。あの空気じゃ仕方がなかったし……」

「言葉にして誰かに伝えた以上、本人に伝わらないなんてことないんだ。だから口に出した言葉に責任を持たなきゃならねえ」

「ぐっ……」


 野坂は歯ぎしりをする。その目は敵意を抱いていた。

 反論できるだけの言葉を持たないくせに、まだ自分が悪くないと思っているらしい。その目は「悪いのはお前だろ!」と叫んでいた。

 納得する頭を持たない奴に何を言っても無駄か……。俺がそう諦めそうになった時だった。


「そんなところにいたのね晃生くん。探したわよ」


 下の階段からぴょこんとピンクの頭が現れた。

 ニッコリと笑うのは清楚系美少女と名高い優等生。原作のメインヒロインである白鳥日葵だった。

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